死んだゴキブリは生きたゴキブリと磁気特性が違うと判明
生きたゴキブリと死んだゴキブリの磁気特性に大きな違いがあることが研究結果で明らかになった。新たな磁気センサーの開発に応用できる可能性がある。 by Emerging Technology from the arXiv2017.02.10
磁場を検出して方角を確認し、自分の位置を把握している生物といえば鳥類が有名だが、ゴキブリにも同様の能力があることはあまり知られていない。研究対象に選ばれたワモンゴキブリを磁場の中へ置くと、たちまち磁化してしまうのだ。
ワモンゴキブリがこの能力をどう使っているのかはまだ不明だが、生物の磁覚能力の理解が進めば、マイクロ・ロボットのナビゲーション機能等に役立つ優れたセンサーの開発につながる、と多くの研究者は考えている。
だがセンサーを開発するには、ゴキブリがどう磁場を感知し、自分の体を磁化しているのか、もっと詳しく理解する必要がある。
ワモンゴキブリの磁化に関する研究を発表したのは南洋理工大学(シンガポール)のコン・リンユン研究員のチームだ。研究チームは驚きの発見をした。生きたゴキブリの磁気特性は、死んだゴキブリと大きく違うというのだ。また、その理由として考えられる説も提示している。
実験はいたって単純だ。研究チームは、生きたゴキブリと死んだゴキブリを1.5キロガウスの磁場(冷蔵庫に貼る磁石の100倍強力)の中に入れ、20分間放置し、どれだけゴキブリが磁化したかを測定した。また、磁気がどれだけ持続したかも測定した。
結果は、なかなか興味深い。外場(external field)から取り出した直後は、ゴキブリが生きていても死んでいても磁場を簡単に測定できたが、生きたゴキブリの磁場が約50分後に消滅したのに対し、死んだゴキブリの磁場は消滅するまでに50時間近くもかかったのだ。
当然、なぜここまで違いがあるのか疑問が湧いてくる。研究チームは、答を得るために磁化に関する数学的モデルを作成した。まず、ゴキブリの体内の磁気粒子が外場と同一方向に並ぶことで、磁化が起こるのではないか、と考えた。外場から取り出されると、ブラウン運動によって磁気粒子の並び方が再び不規則になるため、磁力がなくなるというのだ。
さらに研究チームは、粒子が閉じ込められている媒質の粘度によって、磁場が消滅までの時間が変わることも調べた。媒質の粘度が高くなり、ガラス状になると、消滅までの時間が長くなるという。
つまり、ゴキブリの体内には外場と整列する何らかの磁気粒子があるので磁化できる。粒子は、生きたゴキブリの場合、粘性の低い液状の媒質に閉じ込められている。しかし、ゴキブリが死ぬと媒質が固くなって粘性が増し、磁力が消滅するまでの時間が長くなるのだ。
なかなか興味深い研究結果で、ゴキブリの体と外場との関わりについて理解が深まることが期待されるが、多くの謎も残る。
まず、ゴキブリの磁気粒子が何かわからない。アリやハチ、シロアリの体内には硫化鉄の一種であるグレイジャイトという微小な磁性鋼鉄があることは、すでにわかっている。
ゴキブリの体内にもグレイジャイト粒子があるのかもしれない。研究チームの計測結果は、50ナノメートル前後のグレイジャイト粒子が存在したとしても成り立つ(マグネタイトなど他の磁性鉱物は存在しないという)。
もうひとつの疑問は、これらの粒子がどこからやってきたかだ。ゴキブリが自分の住む環境の中から拾ってきたのか、それとも体内で作り出しているのだろうか。研究チームの成果からはわからない。
だが、ゴキブリがこの能力をどう使っているのかは、解決のヒントになる。ゴキブリの中の磁気粒子は、粘度の高い環境では動きがゆっくり過ぎて生物学的には使い物にならないのだ。「私たちのデータとモデルからは、これらの磁化粒子が磁場の感知に役立っている証拠はありませんでした」
したがって、ゴキブリに磁場探知能力があるとすれば、何か別のメカニズムを利用しているに違いないのだ。ひとつ有力な可能性として考えられるのは、磁場が化学反応の結果に影響を与えるラジカル対機構と呼ばれるメカニズムである。
ラジカル対機構は、時間的にも十分生物に影響を与えられる現実的なメカニズムであり、多くの生物物理学者もほかに考えられないとしている。ゴキブリも、ラジカル対機構を利用しているのだろうか。「私たちの実験は、ラジカル対機構など別のタイプの磁覚に関しても、可能性を提案するものです」と研究チームは記している。
生物の磁場感知能力を理解し、それを次世代のセンサー開発に役立てる上で敷石となる、興味深い研究結果だ。
参照:arxiv.org/abs/1702.00538: ワモンゴキブリの体内バイオ磁気特性
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