KADOKAWA Technology Review
×
「初づくし」のキャリア歩んだジャクソン博士のイノベーション論
Mark McCarty / RPI
ビジネス・インパクト Insider Online限定
True innovation requires big tech, academia and government to work together

「初づくし」のキャリア歩んだジャクソン博士のイノベーション論

著名な物理学者であるシャーリー・アン・ジャクソン博士(レンセラー工科大学学長)は、MITで博士号を取得した最初のアフリカ系米国人女性だ。重要な公職を歴任してきた同博士は、「本当に大きな問題に取り組むためには、政府が学術界と産業界を動かすエンジンの役割を果たす必要がある」と主張する。 by Shirley Ann Jackson2022.05.10

私は社会人になってからずっと、新しいテクノロジーの基礎研究に深く関わってきました。AT&Tベル研究所(Bell Laboratories)では現在、多くの機器に搭載されるようになった半導体レーザーに使われる電子や光電子の材料の理解に貢献する研究をしました。ラトガース大学では物理学の教授として学部生や大学院生を教えました。画期的な研究によって世界で最も切迫した課題に対する解決策を見つけ出す、博士号候補者を指導する機会にも恵まれました。

クリントン大統領に任命されて原子力規制委員会の委員長も務め、原子力規制委員会をより能率的にする基盤造りのために戦略的評価を始めました。バラク・オバマ政権時代には大統領科学技術諮問委員会(PCAST)のメンバーとして、科学、テクノロジー、イノベーションの多くの分野における政策についてホワイトハウスに助言しました。2014年から2017年までは、大統領情報活動諮問会議(PIAB)で共同議長も務めました。

こうした経験から、フェデックス(FeDex)、IBM、医療機器メーカーのメドトロニック(Medtronic)、ITサービスのキンドリル(Kyndryl)、マサチューセッツ工科大学(MIT)理事会、自然保護団体のネイチャー・コンサーバンシー(Nature Conservancy)、大統領情報活動諮問会議、国務省の国際安全保障諮問委員会(ISAB)、米国エネルギー省長官諮問委員会(SEAB)など、さまざまな企業や非営利団体、諮問委員会で、深い学識に基く視点を提供しました。そして、1999年からレンセラー工科大学の学長も務めています。

テクノロジー業界、学界、政府にわたって指導的役割を担ったことで、私は独自の視点と識見を得ることができました。この3分野すべてをイノベーションのエコシステムに結集し、協調して行動することによってのみ、現在および将来の最大の課題に対処できることを学んだのです。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンが迅速に開発・配布されたことは、危機に際して動員された米国のイノベーション・エコシステムの力を実証しました。極めて効果的なワクチンの資金調達、開発、臨床試験、認可、製造、配布が通常の数分の1の期間で実行されたのです。しかし、ワクチンは突然生まれたわけではありません。ワクチンは、MITやペンシルベニア大学、米国立衛生研究所などにおける数十年にもおよぶ科学と工学の基礎研究に基づくものです。

さらに周知の通り、ワクチンだけでは新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な流行)を克服することはできませんでした。新型コロナウイルス感染症は複雑な問題に対して首尾一貫した対応をとるべき、米国の医療システムやサプライチェーン、労働市場、社会的セーフティネット(失業者の生活保障など)、さらには政治制度の弱点も露呈しました。その結果、この記事の執筆時点で88万9000人以上の米国人の命が失われ、米国の社会的・経済的構造の多くが深刻な打撃を受けています。

今回のパンデミックでは、特定の引き金となる出来事によって私たち全員が交錯する脆弱性にさらされ、結果として連鎖的に影響を受けるという深刻な事実も露見しました。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の出現と蔓延は、明らかに引き金となる出来事です。その他にも最近の例としては、カリフォルニア州で致命的な山火事を引き起こした、米電力大手パシフィック・ガス&エレクトリック・カンパニー(PG&E)の管理が不十分なために発生した設備の不具合が挙げられます。また、2021年2月、テキサス州に出現した大寒波は送電網の故障の原因となり、世界最大の石油化学コンビナートが操業を停止し、さまざまな製品に使用される化学化合物が不足する事態となりました。気候変動、不十分なサイバーセキュリティ、非国家主体の悪意ある行為者、あらゆる種類の地政学的緊張などの不安定要素が内在し、相互に深く結びついた世界では、積極的な防止策に取り組まなければ、こうした出来事がより頻繁に発生する可能性が高いのです。

そのリスクは単に知識とテクノロジーを集約した経済に悪影響をおよぼすという経済的リスクだけではなく、国内および世界の安全保障を脅かす戦略的リスクでもあります。このようなリスクに立ち向かうために、強力なイノベーション・エコシステムをより機敏かつ堅牢にする必要があります。

この点で、連邦政府のみが果たせる重要な役割が存在します。連邦政府レベルでのリスク評価は、ある脅威が別の脅威におよぼす影響を調査し、より包括的かつ統合的なものにする必要があります。政府の調整機関は大学や産業界と連携して、別の危険を引き起こす可能性のある危険に備えて計画を立てる必要があります。そして、全体的なイノベーション政策の一環として、そのような危険に対応し、その軽減を目的とした発見とイノベーションに戦略的な焦点を合わせ、資金を提供する必要があるのです。

危機が発生した場合、連邦政府にはリソースを集め、研究から製造、流通にいたるまで、イノベーション・エコシステムのあらゆる側面を迅速に動員して被害を食い止める能力が必要です。

現在の危機は、将来の前例となります。パンデミックが激化する中、レンセラー工科大学、MIT、IBM、米国エネルギー省の国立研究所などが迅速に連携して、20 …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
日本発「世界を変える」35歳未満のイノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を発信する。

記事一覧を見る
MITテクノロジーレビュー[日本版] Vol.6
MITテクノロジーレビュー[日本版] Vol.6世界を変えるイノベーター50人

mRNAがん治療の事業化を目指す起業家、日本発の量子コンピューター技術を提唱する研究者、グーグルが採用した人工音声を開発した技術者、中国の次世代人工太陽の理論モデルを確立した科学者——。
MITテクノロジーレビューが選んだ、世界のイノベーター35人と日本発のイノベーター15人を一挙紹介。

詳細を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る