ジャカルタ版ウーバー
世界に類を見ない
「助け合う」ギグワーカー
ジャカルタでは、配車大手のゴジェックに登録したバイクタクシーのドライバーたちが、コミュニティを形成して労働者の地位向上に挑んでいる。コミュニティは不安定な労働者同士が助け合う場にもなっており、他の国のギグワークには見られない独特の状況を作り出している。 by Nadine Freischlad2022.05.31
ジャカルタの賑やかなビジネス中心街からすぐ近くのベンドゥンガン・ヒリル(Bendungan Hilir)地区。歩道には、木造の間に合わせの屋台が窮屈に並び、地元の人がスープ麺、焼き飯、タバコなどを買い求めている。
その中でひときわ目を引く場所がある。緑のユニフォームを着たバイクのドライバーたちが集まっているのだ。ここは、インドネシア最大の配車サービス企業であるゴジェック(Gojek)のドライバーたちの非公式な「ベースキャンプ」、つまり集合場所となっている場所だ。ドライバーたちの暮らしをますます派遣アルゴリズムが支配するようになる中、このような場所を拠点とした抵抗運動が広がりを見せている。
ゴジェックは、自動車だけでなくバイクタクシーの配車も手掛けている。トレードマークとなっている緑のジャケットとヘルメットを着用したバイクのドライバーが、乗客を後部座席に乗せたり食品や荷物を運ぶ姿があちこちで見られる。依頼の隙間時間で、ドライバーは携帯電話を充電したり、食事を摂ったり、シャワーを浴びたりしなければならない。ゴジェックは、ドライバーのための休憩所をあまり多く用意していない。そこで、ドライバーのコミュニティは、自分たちで休憩所を設定した。「ベンヒル(Benhil)」の愛称で知られるベンドゥンガン・ヒリルにあるこの場所もその1つだ。
この場所の常連は、ゴジェックの食品配送の依頼者の間で人気のレストランの多くが近いということで、この場所を好んでいる。ドライバーは、ここで「オンビッド(on-bid)」状態で休憩できる。オンビッドとは、依頼を受けられる状態という意味で、この地域で使われている表現だ。一旦オンビッドになると、その後数時間にわたってオンビッド状態を維持しなければならないので、こうしてオンビッド状態のままで休憩できるのは大変ありがたいことだ。
ベースキャンプの素地となったのは、アルゴリズムベースの配車サービスがインドネシアに登場する以前から存在していた伝統だ。インドネシアでは昔から、バイクのドライバーが非公式な形で人々を乗せるという伝統があった。こうしたドライバーは、街角や食品の屋台に集まって、最新情報やゴシップ、それに安全運転のアドバイスを交換していた。マサチューセッツ工科大学(MIT)の計算機社会科学者で、ジャカルタの配車ドライバーのコミュニティについて研究しているリダ・カドリ博士は、ゴジェックなどのアプリのサービスがインドネシアで始まってもこの伝統は途切れていないという。ベースキャンプは、ジャカルタ中のドライバーが緊密にコミュニケーションを取り合うためのネットワーク拠点となった。
ジャカルタのドライバーの間では今、世界のどの場所のギグワーカーとも異なるこうしたコミュニティ意識が、その中核に形成されている。世界各地で、ギグワーカーは冷徹なアルゴリズムによってますます搾取され、窮屈な思いをするようになっている。しかし大多数は、これまで団結することができておらず、仕事を支配するプラットフォームに具体的な変化をもたらしたり、こうした労働力の不適切な扱いを可能にしてしまう政府による政策に目に見える変革を起こしたりはできていない。
その原因の1つとして、アルゴリズムによる管理の場合、労働組合の結成が直接的に阻害されてしまうという事情がある。アルゴリズムによる管理下にある労働者は、互いがライバルという関係になってしまう上に、地理的にも散り散りになってしまうからだ。そう指摘するのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)で政治経済学および都市計画学の助教授を務め、カドリ博士の研究を指導したジェイソン・ジャクソンだ。アルゴリズムによる管理ではその性格上、労働者同士が対面で人間関係を築く機会が乏しくなる。そのため、運動を起こすのに必要な連帯を作り上げることが困難になるのだ。
カリフォルニア大学ヘイスティングス・ロースクール教授で、米国のギグワーカーについて研究しながら支援もしているヴィーナ・ドゥバルは、この影響は特に米国で顕著に見られるという。というのも、ウーバーの経営陣はウーバーのドライバーに対して聞く耳を持たず、ましてやドライバーがウーバーの巧みな規制逃れ戦略に対して戦うための運動のうねりを生み出すことなど不可能な状態となっているのだ。ドゥバル教授は、「デジタルでコミュニティを形成しているとはいえ、対面でコミュニティを作るのと同じ連帯は生まれません」という。
しかし、ジャカルタでは事情は異なる経緯をたどっている。ドライバーはベースキャンプで情報交換をすることに加えて、互いを支援し、ゴジェックのシステムをドライバーにとって有利な方向に変える取り組みを続けているのだ。ベースキャンプのおかげで、ゴジェックとの新たなコミュニケーション手段が誕生し、永続的な政策の変化を実現する素地も生まれている。
ここ数年で、ますます多くの労働者がアルゴリズムの管理下に入っていった。その中で、プラットフォーム企業による労働者の扱いには、植民地時代の帝国のやり口に似ている節があるとの指摘が、ますます多くの専門家から上がるようになっている。管理のためのツールを用いて、安くて潤沢な労働力を搾取するという構図が似ているというのだ。しかし、ジャカルタのドライバーたちの取り組みからは、それに抵抗するための新たなモデルが浮かび上がってくる。労働者が団結して力を持ち、ある程度ではあれど自分たちの生活を守りながら、他の誰も助けてくれないと思われる状況下でもお互いを助け合うことができるモデルだ。
ジャカルタ首都圏には、3000万人を超える人々が暮らしている。1970年代および80年代から急速な発展を遂げて、巨大な都市圏が形成されている。その大通りには高層ビル、モール、そして5つ星ホテルが並んでいる。しかし、そこからブロック1つ分離れると、トタン屋根の小さな家屋が窮屈に並び、自動車では入れないような細い路地がクネクネと広がっている。
ジャカルタでは、市内の移動が常に問題となってきた。初めて現代的な地下鉄が通ったのは、2019年のことだった。日々の通勤通学の際には、一帯が渋滞する中、自動車やバスで何時間も進んでいくか、乗客ですし詰め状態の古い電車に乗るしかない。
特にラッシュアワーの際には、ジャカルタ市内をスイスイと移動するなど到底不可能だった。そのため、ゴジェックのようなアプリが登場するはるか以前から、非公式なバイクタクシー経済が生まれていた。このバイクタクシー経済には、何の規制の手も届いていなかった。(ほとんどが男性の)ドライバーは、インドネシア語でオジェック(ojeks)というバイクタクシーで市内各所の街角で客待ちをし、他に移動手段がなくて困っている人々の足となってきた。
乗る側にとっては、時にはフラストレーションを伴うこともあった。ドライバーは主に居住地区別にグループを作っており、長距離の移動を断ることもあったからだ。電車の駅のような通勤通学客で混雑しているエリアでは、手を振って客寄せをしてくる多数のオジェックのドライバーの間をかき分けて値段交渉をするというのも、時としてストレスの原因となっていた。
この混沌とした状況にビジネスチャンスを見出したのが、ゴジェックの創業者であるナディム・マカリムだ。比較的裕福なインドネシア人家庭に育ったマカリムは2010年、乗客に対して信頼できるバイクのドライバーを紹介するコールセンターを立ち上げた。こうして、オジェックが第三者に管理されて派遣されるという仕組みが誕生した。その1年後、マカリムは電子商取引のスタートアップ企業のザロラ(Zalora)に加わり、この仕組みを拡張して、ザロラが商品を購入者に届けるラストマイル配送のバイクが隙間時間に乗客を乗せられるようにした。
2014年8月には、ウーバー(Uber)がアルゴリズムによる最新鋭のマッチングシステムを武器にインドネシアに上陸した。するとゴジェックは、数カ月後に独自のモバイルアプリを公開し、既存のオジェックの中央管理化と、問題になっていた地区別モデルの統合化を、一連のアルゴリズムのもとで推し進めた。
事前設定された料金でオジェックをアプリ経由で配車できるという機能は、乗客の間でヒットとなった。ゴジェックに最も初期から投資しているファンドの1つであるシンガポールのオープンスペース・ベンチャーズ(Openspace Ventures)でパートナーを務めるヒアン・ゴは、投資家にとっても魅力的な投資先に感じられたという。ウーバーのビジネスモデルが急成長を遂げていたのでゴジェックにも爆発的なポテンシャルが感じられたことに加え、開拓の遅れていたインドネシアのテック業界に海外投資を呼び込むにあたって、マカリムの創業者としてのプロフィールが完璧なものだったのだ。マカリムは、ジャカルタでエリート教育を受けた後、米国のアイビーリーグ(名門8大学)、そしてハーバード大学ビジネススクールで学んだ。その後、トップレベルの経営コンサルティング企業であるマッキンゼーに就職した。
投資家からどんどんと資金が集まってくる中、ウーバーが直面し始めていた労働関連の問題のいずれかにゴジェックも直面するのではないかという懸念はほとんどなかった。米国では、タクシー運転業は福利厚生付きで安定した収入の得られる正規の職だったものが、ウーバ …
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