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超伝導量子ビットの生みの親が語る、量子コンピューター研究の未来
中村センター長とRQCの量子コンピューター実験装置。超伝導状態を維持するため絶対零度(-273.15度)近くまで冷却できる白い筒状の冷凍機の最下部に64量子ビットのチップが設置されている。写真:是枝右恭
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Interview with Yasunobu Nakamura

超伝導量子ビットの生みの親が語る、量子コンピューター研究の未来

「まだ本当の量子コンピューターのパワーは見えていない」理研量子コンピュータ研究センター(RQC)でセンター長を務める中村泰信は、穏やかなトーンで、しかしながら、はっきりと語った。量子コンピューターが本当に真価を発揮できる問題はどんなものなのか。量子力学という共通言語によって多分野の人材を集め、エンジニアリングの進歩と、それによって生まれる新しい物理が互いを加速させる量子情報分野の今後、そしてRQCが生み出したい世界について話を伺った。 by Kazumichi Moriyama2022.12.13

量子コンピューターの分野において現在、日本は米国や欧州、中国の後塵を拝している。他国が多額の政府資金を投入して研究開発を進める中、日本政府は2020年1月に「量子技術イノベーション戦略」を策定した。この動きを受けて理化学研究所は2021年4月、日本の量子コンピューティング研究の中核拠点として「理研量子コンピュータ研究センター(Riken Centerfor Quantum Computing:RQC)」を開設。政府は量子技術を社会経済システムに取り込み、従来の技術との融合を図りながら、日本の成長機会の創出に取り組んでいる。RQCは、量子技術によって産業・社会全体をトランスフォーメーション(Quantum Transformation:QX)を推し進めるための中心的役割を担う。

量子時代のコンピューティング
この記事はマガジン「量子時代のコンピューティング」に収録されています。 マガジンの紹介

RQCの初代センター長に就任した中村泰信は、1999年に世界で初めて超伝導量子ビット素子を開発し、世界の量子コンピューター開発に大きく貢献した人物で、現在も研究者として第一線で活躍し続けている。現在、日本の量子コンピューターの、まさに最前線で現場を取り仕切っている一人だ。そんな中村センター長はRQCの存在意義について、次のように語る。

「ハードウェアからソフトウェア、基礎科学から応用までさまざまな技術階層をすべてカバーできるように考えています。量子コンピューターにはいろいろなアプローチがあり、まだ主流が決まっているわけでもありませんので、我々のセンターでは複数のアプローチを並行して進めています。お互いに学び合うことも多く、シナジーがあるからです」研究チームは全部で15。そのうち実験系が10チーム、理論系が5チームで構成されている。実験の中では超伝導、光、半導体が主に研究対象だが、原子や単独の電子を使った量子系の研究にも取り組んでいる。理論系ではアルゴリズムや情報理論のほか、量子力学のより基礎的部分など幅広く研究対象としている。

また富士通とも連携センターを作って、超伝導量子コンピューターを1000量子ビット級へ大規模化するための量子ビットの製造におけるばらつきの改善や、周辺部品および配線部の小型化と低ノイズ化、パッケージやチップの低温実装、量子化学計算アルゴリズム、そしてアプリケーションの研究開発を進めている。

今後は「コンピューター・サイエンスの人も増やしたい」という。「量子コンピューターの研究開発は本当に幅広い分野です。物理やエンジニアリングだけではなく、情報科学の人たちも重要な役割を担います。特にコンピューター・サイエンス方面では物理の研究者とは思考がまったく異なる人が大勢います。情報科学の考え方から量子コンピューターにアプローチするのも全体を考えるためには重要な要素です」

さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが参入しているため「最初は言葉が通じない」ことも多いそうだ。しかし、しばらく研究を進めていると、共通認識が生まれる。量子力学という共通言語があるからだ。

「この分野では量子力学と、それに基づく量子情報科学が共通言語です。新しい共通言語を元にさまざまな分野の人がコミュニケーションし、アイデアを持ち寄ると、また新しいアイデアが生み出されるんですね。それがここ20年くらい、量子情報分野が発展してきた理由です」

量子ビットの物理系をエネルギースケールで見る

量子情報の最小単位である量子ビットを実現するための物理系には超伝導やイオン、光などいくつかの方式があるが、それぞれ一長一短がある。そのため各方式の研究者がそれぞれのアプローチで研究を進めている。中村センター長が分かりやすく解説してくれた。

「エネルギーのスケールで大きく区分すると、マイクロ波のエネルギー領域なのか、その1万倍くらいエネルギーが高い光の領域なのかに分けられます。マイクロ波領域の主な実験系は超伝導や半導体です。マイクロ波の量子はエネルギーが小さいので室温環境だと熱ゆらぎに負けてしまいます。だから冷やさないといけない。ただし、相対的に量子ビット同士の相互作用が強く、制御しやすいので研究が進んでいます。一方、光の領域ではエネルギーが非常に高いので室温においても量子の性質が利用可能です。そのため、わざわざ実験系を冷やさなくてもいいことが光の利点です。しかも光は環境に乱されにくく、基本的にまっすぐ飛んで行きます。しかしながらフォトン(光子)同士はほとんど相互作用しません。計算させるためには何らかの方法で相互作用させないといけないので、そこが課題です。我々は光も超伝導も研究しており、それぞれの長所短所を理解したうえで、どうお互いに伸ばしていくかを研究しています」

センター長としてはさまざまな階層全体を考える必要があるが、中村センター長自身は、電気抵抗がゼロになる超伝導体から構成される超伝導電気回路を用いた量子系の研究に今も取り組んでいる。

「超伝導ではマイクロ波を使って量子ビットを制御するのが標準的な方法です。デバイスレベルの物理と、制御のためのエンジニアリングの研究が中心です」

光も超伝導もそれぞれ異なるアプローチであり、それぞれの方式で量子コンピューターを作ることができる。一方、将来は複数の量子コンピューターを繋いでネットワークを作ることも重要になる。たとえば、光ネットワークを介して超伝導量子コンピューター間で量子情報をやりとりするときにはエネルギー・スケールの違いが課題になる。「光とマイクロ波で1万倍くらいエネルギーが違いますので、両者の間で量子情報を受け渡しするのは物理プロセスとして容易ではない。それをどう解決するのかは、今ホットな研究課題です。ただし、量子コンピューター同士をつなぐのは将来の課題なので、RQCでは今は各々のアプローチに注力しています」

量子コンピューターが得意な領域はあくまで量子の世界の問題

今後のコンピューティング全体の中では、量子コンピューターはどれくらいの可能性を秘めているのだろうか。

「量子コンピューターがすべてを置き換えるものではありません。世代交代してもすべてが量子コンピューターになるということはまずありません。そもそも動作原理からして、何でも量子コンピューターのほうが有利というわけではないのです。普通のコンピューターのほうが効率的なところはたくさんあります。しかし一部の計算問題について、量子コンピューターのほうが力を発揮できる部分があることは明らかなので、将来的にはそういった分野に導入されていくのだろうと思います」

量子コンピューターは人工の量子系そのものだ。そのため量子力学に従う系統のシミュレーション、たと …

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