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ジェイムズ・ウェッブ
宇宙望遠鏡が開く
天文学の新時代
NASA, ESA, CSA, STSCI, Webb Ero Production Team
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How the James Webb Space Telescope broke the universe

ジェイムズ・ウェッブ
宇宙望遠鏡が開く
天文学の新時代

ハッブル宇宙望遠鏡の100倍の感度を持つジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が2022年7月に本格運用を開始した。連日大量に送られてくるデータによって、おどろくべき新発見が矢継ぎ早に報告されている。 by Jonathan O'Callaghan2023.02.07

ナタリー・バタルハ教授は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope:JWST)のデータを心待ちにしていた。JWSTが最終軌道に到達した数カ月後、カリフォルニア大学サンタクルーズ校のバタルハ教授の研究チームは、いくつかの太陽系外惑星(太陽以外の恒星を周回する惑星)を観測する時間を与えられたのだ。

同研究チームの観測対象の1つに、地球から700光年彼方にある恒星を周回する「WASP-39b」という灼熱の惑星がある。この惑星が見つかったのは数年前のことだ。しかし、2022年7月中旬、バタルハ教授ら研究チームが初めてJWSTを使って地球から遠く離れたこの惑星を観測したところ、地球では一般的に存在するが、系外惑星ではこれまで観測されたことがなかった気体の明らかな特徴を検出した。二酸化炭素である。

地球では、二酸化炭素は動植物の存在を示す主要な指標だ。地球時間でわずか4日で恒星を周回するWASP-39bは、生命の存在が可能と見なされるにはあまりにも高温だ。だが、今回の発見により、今後も、気候がより穏やかな世界からのさらなる面白い発見が期待できる可能性が出てきた。しかも、この発見がなされたのは、JWSTの運用開始からわずか数日後のことだった。「興奮の瞬間でした」とバタルハ教授は話す。研究チームはこの時、観測データを初めて確認するために集まっていた。「データを見ると、二酸化炭素の特徴が見事に示されていました」。

これは決して偶然の成果ではない。米国航空宇宙局(NASA)主導で米国やカナダ、欧州が協力して開発したJWSTは、史上最も強力な宇宙望遠鏡であり、ハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope)の100倍の感度を誇る。JWSTは、2022年7月に本格的に運用が開始された直後から、宇宙の誕生から間もない頃の遥か彼方の銀河や、星が誕生する場所であるダストから成る壮大な星雲など、宇宙の驚くべき姿を届けてきた。「期待以上のパフォーマンスを発揮しています」とデンマークのコペンハーゲン大学の天文学者であるガブリエル・ブラマー准教授は言う。

JWSTによる発見のスピードは、望遠鏡の本質的な性能だけに起因しているわけではない。天文学者たちは何年もかけて観測に向けて準備し、データを迅速に有用な情報に変えるアルゴリズムを開発してきた。データの多くがオープンアクセスで公開され、天文学コミュニティは入ってくるデータをすぐに吟味できるようになっている。運用担当者らは先代のハッブル宇宙望遠鏡から得られた教訓を基に、JWSTの観測スケジュールをできるだけ詰め込んでいる。

莫大な量の驚異的なデータに驚く人もいる。「予想以上でした」と話すのは、NASAのJWST担当の学際的な科学者で、ワシントンDCの天文学研究大学協会(Association of Universities for Research in Astronomy)の科学担当副会長を務めるハイディ・ハメル博士だ。「運用モードに入ってから、完全にノンストップでした。私たちは毎時間、銀河や系外惑星や星形成を目にしていました。ホースから水が放たれるように、大量のデータが流れ込んできたのです」。

それから数カ月が経った現在も、JWSTは大量のデータを地球上に送り続け、天文学者たちはその成果に驚いている。遠い宇宙や系外惑星、惑星形成、銀河構造などに対する私たちの理解に変革をもたらすと期待されている。時には科学的プロセスよりもスピードを重視することを反映するような絶え間ない活動に全員が満足しているわけではないが、JWSTが驚くべきペースで世界中の人々を魅了していることは疑いない。水門は開かれた。当分その流れが止まることはないだろう。

パイプの開通

JWSTは地球から150万キロメートル離れた安定した軌道で太陽の周りを回っている。表面が金でコーティングされた、キリンと同じ高さの巨大な主鏡は、テニスコート大のサンシールドで太陽光から保護されており、赤外線で宇宙の姿をかつてないほど詳細にとらえることができる。

JWSTは長らく待たれていた宇宙望遠鏡だった。1980年代に最初に構想され、当初は10億ドルの費用で2007年前後に打ち上げられることが計画されていた。しかし、あまりに複雑であったため、打ち上げが大幅に延期され、多額の資金が必要となり、挙句に「天文学を喰らった望遠鏡」と評されたこともあった。2021年12月にJWSTがようやく打ち上げられた時、推定費用は100億ドル近くに膨らんでいた。

打ち上げ後も、いくつかの不安な瞬間があった。JWSTが目指す、月の軌道を超えた位置への飛行には1カ月かかり、赤外線に敏感な機器を冷えた状態に保つための巨大なサンシールドを含む、さまざまな部品を展開するのに数百カ所の可動部品が必要となった。

しかし今では、延期、予算超過、そしてほとんどの不安要素を乗り越えた。JWSTはせっせと成果を出し、その活動は米バルチモアにある宇宙望遠鏡科学研究所(Space Telescope Science Institute:STScI)によって入念に計画されている。チームは毎週、2022年7月から2023年6月までのJWSTの科学的運用の初年度に実施する数百件の認可されたプログラムの長期計画に基づいて、JWSTの次の観測の計画を立てる。

目標はJWSTをできる限り稼働させることだ。「最も避けたいのは、宇宙望遠鏡が使用されていない状況があることです」とSTScIのJWST長期計画責任者であるデーブ・アドラー博士は言う。「安い代物ではありませんから」。1990年代に運用されたハッブル宇宙望遠鏡は、観測プログラムが変更されたり、キャンセルされたりした場合、何もせず宇宙で待機することもあった。そのような問題を防ぐため、J …

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