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小さな探査機に、大きな夢
NASA、宇宙探査の新時代
NASA/JPL-Caltech
宇宙 Insider Online限定
Inside NASA’s bid to make spacecraft as small as possible

小さな探査機に、大きな夢
NASA、宇宙探査の新時代

コストを大幅に下げた宇宙探査への道筋を描くため、NASAの科学者たちは物理学の厳しい限界に挑んでいる。その革新と挑戦の背景を探る。 by David W. Brown2024.06.14

この記事の3つのポイント
  1. NASAはコストを抑え惑星探査頻度を高めるため小型衛星に注力
  2. 惑星探査に現実的な課題がある小型衛星は、技術的限界を克服する必要
  3. 小型衛星は地球科学で優位性を発揮、今後の惑星探査への応用に期待
summarized by Claude 3

米国航空宇宙局(NASA)の探査機は逆推進ロケットを使って、火星のアンズ色の夜空に向かって必死に進んでいた。地球上の暦では2018年11月26日のことだ。着陸船「インサイト(InSight)」が時速1万9300キロメートルから減速してあざやかに着陸する一方で、その上空を駆け巡る一対のロボットが進捗をモニタリングしていた。インサイトはグランドピアノ程度の大きさで、一対のロボット宇宙船「マーズ・キューブ・ワン(MarCO:Mars Cube One)」はシリアルの箱の大きさだが、どちらかと言えば着陸船の方が簡単な挑戦だった。1970年代以降、人類は多数の巨大な物体を火星へ送り込んできたが、これほど小さな物は2018年のミッションが初めてだった。

インサイトの小さな「旅のお供」とも言えるMarCOは無線中継局として設計されており、インサイトのテレメトリー(遠隔測定法による結果)を地球に送っていた。技術的に言えば、MarCOの機能は「あれば便利だがなくても構わない」程度のものだった。インサイトは自力で着陸可能で、着陸後は「マーズ・リコネッサンス・オービター(Mars Reconnaissance Orbiter)」を介して地球と交信できる。

しかし、そこに至るまでのプロセスは、宇宙探査の新時代の到来を告げるものだった。そして、世界規模の無線アンテナの情報網「ディープ・スペース・ネットワーク(Deep Space Network)」が、小型探査機の火星からの信号をリアルタイムで捉えたことを知った開発陣は歓喜した。MarCOは「インサイト、異常なし。パラシュートを展開」と伝えてきた。着陸船がコネクターの接続部分(バックシェル)やパラシュートから分離し、ロケットが点火されたのだ。それから1分後、着陸に成功。MarCOはインサイトの「生存」を報告した。

この小さなミッションにおいて、機関としてのNASAと惑星科学研究者のコミュニティは、長年想定されていた未来を垣間見た。それは、コストを大幅に下げた宇宙探査への道筋だ。MarCOの2つの機体は、地球・月系を超えて航行した宇宙船の中で大きさ、コストともに最小だった。2機合わせて2000万ドルを下回る費用で建造・打ち上げ・運用を実現。もし開発陣がそのような宇宙船をさらに建造し、その過程で能力を向上させることが可能ならば、20年程度の間隔でしか打ち上げられない数十億ドル規模の主力宇宙船や、10億ドル近いインサイトのような探査機に代わる、魅力的な存在になり得る。

メディアでも、そうしたビジョンに沿った報道がなされた。ウォール・ストリート・ジャーナルは、MarCOを「太陽系を航行する小型探査機群」の新たな時代の先駆けとして称えた。ニューヨーク・タイムズも「MarCOのような衛星の一団」が深宇宙を探査する可能性について報じた。

NASAは、小型の太陽系探査機という概念に向かって密かに突き進んでいた。MarCOにゴーサインを出すとともに、他の小型惑星探査機の開発プログラムを立ち上げた。MarCOが火星へ疾走しながら、大型の探査機のように軌道を描き、地球と交信していた時、NASA科学ミッション総局のトーマス・ザーバチェン副管理者は、NASAの科学プログラムで打ち上げられるすべてのロケットに、小型探査機のためのペイロード・アダプターを搭載すると宣言した。「その必要性は問いません。必要がないと言うのなら、その理由に関して我々を納得させなくてはなりません」と同副管理者は述べた。

だが、そこには落とし穴があり、NASAは間もなく対処を余儀なくされる。小型化を推し進めていくと、物理学の根本的な法則にぶつかり、立ち止まらざるを得なくなるのだ。

「『ウィキッド・プロブレム(厄介な問題)』について聞いたことはありますか?」。アルフレッド・ナッシュ博士はこう尋ねてきた。

インサイトの着陸から5年後、私たちは、NASAの多彩な研究開発施設の1つであるジェット推進研究所(JPL)のビルの3階にあるナッシュ博士のオフィスにいた。部屋の装飾は簡素だった。同博士は職場を移ったばかりで、その傍らには箱に入ったままの荷物が大量にあった。

ナッシュ博士が説明するように、1973年にカリフォルニア大学バークレー校の2人の教授が論文を発表し、2種類の問題があると主張した。一方の「つまらない」問題は、科学と力づくのエンジニアリングで解決できる。だが、もう1つの問題は数学や物理学での解決が困難だった。その複雑な問題において、異なる価値観を持つ利害関係者がおり、それぞれがしばしば相反する独自の結果を求めている。これこそが「厄介な」問題なのだ。

ナッシュ博士いわく、宇宙ミッションを立案する(ノートに書いたアイデアを物理的なカタチにする)際、通常は宇宙船のシステム・レベルでの設計しか想定されていないという。「『どのバルブを使うことになるのか』といったレベルです。しかし、問題はそれよりもはるかに複雑なのです」。まさに厄介な問題であり、科学者、エンジニア、プロジェクト・マネージャーがそれぞれ相反する方向にプロジェクトを引っ張ろうとする。

ナッシュ博士はミッションの設計支援で生計を立てている。NASAの惑星科学者や学術界が、難しい課題を研究するために未知の場所へロボットを送る際、同博士やJPLのイノベーション・ファウンドリー(Innovation Foundry)の少数精鋭のチームに掛け合う。目的は宇宙船の開発だけでなく、重量と予算によって機材の掲載量が制限される中で、科学的観測が実際にどの程度可能なのかを見極めるためでもある。また、そうした観測データがNASAのポートフォリオに適合するかどうかも知る必要がある。

ナッシュ博士は、現在のJPLの打ち上げプロジェクトの約半数に何らかの形で関与している。説明のため、同博士はマーカーを手に取り、オフィスのホワイトボードに3つの円のベン図を描いた。そして、それぞれの円の中に「理想像」「実現可能性」「実行可能性」と書き、円が重なった部分に「可能」と書き込んだ。「ロケット科学は、この仕事において困難な部分ではありません」と同博士は言う。宇宙船を飛ばすには3つの条件を満たす必要がある。科学者が必要とするデータが収集できること、エンジニアがそれを建造できること、NASAがそのコストを負担する意思があることだ。ミッション開発の各段階において、これら3つの条件が同時に強化されていくが、全員の希望がすべてかなえられるわけではない。ここで「誰かの利益は常に他のプレイヤーの犠牲の上に成り立つ」というゲーム理論、「ゼロサム」の原則が適用される。「つまり、ミッション設計とはそのようなものなのです」と同博士は言う。

NASAの科学ミッションは、「指令型(ディレクテッド)」と「競争型(コンピテッド)」という2つの種類に大別される。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は指令型ミッションだった。NASA本部が、何をどのような予算で建造するのか、ゴダード宇宙飛行センター(Goddard Space Flight Center)に指示した。指令型ミッションはコストや規模が膨張する傾向がある。一方、2023年10月に始まった小惑星ミッション「サイキ(Psyche)」は、競争型ミッションとして具体化した。NASA本部は2014年に企画公募を発表し、4億5000万ドル未満の深宇宙ロボット・ミッションを提案するよう各機関に呼びかけた。政府や業界、学術界の研究者たちは、制限に見合うミッションを立案した。28件のミッション案が第三者によって審査され、NASAはJPLが考案した「サイキ」と、コロラド州ボルダーのサウスウェスト・リサーチ研究所(Southwest Research Institute)が考案したミッション「ルーシー(Lucy)」を選んだ。サイキはすでに打ち上げられ、木星の軌道を共有する小惑星の探査を予定している。

イノベーション・ファウンドリーで特に目立った活躍をしているのは、そうした競争型ミッションに取り組む2つのグループだ。漠としたアイデアを、NASAが打ち上げに選ぶほど成熟した概念に発展させるべく奮闘している。ナッシュ博士が率いる「Aチーム(Aは「アーキテクチャー」の意)」は、宇宙ミッションを単なる概念から、厳密に定義された科学目標や目標の達成計画を伴った詳細な研究へと変えていく能力を持つ。その後、ミッション計画を用いて実際の宇宙船を設計する「チームX」と呼ばれるグループが引き継ぐ。

JPLは1995年にチームXを立ち上げた。当時のNASAは、いわゆる「より速く、より良く、より安く」の時代で、「ディスカバリー(Discovery)」と呼ぶ惑星プログラムを立ち上げたばかりだった。プログラムは当初、厳格に制限された低コストのミッションを、12~18カ月ごとに打ち上げることを目的としていた。そうした積極的なペースに合わせるため、JPLにはミッションのコンセプトを迅速に設計・分析・評価する方法が必要だった。チームXは最終的に、経験豊かなエンジニアが、宇宙船コンポーネントの広範なデータベースや、1958年以降のほぼすべてのミッションから得られた教訓を活用し、完全かつ信頼性の高い科学ミッションを数日のうちに同時に設計するシステムを開発した。特定の場所で、特定のコストで、特定の観測を実施できるように設計されている、観測機材を搭載した宇宙船の計画である。

2012年、JPLはAチームを立ち上げた。チームXの厳しい目にさらされる前に、ミッションの科学と構造について科学者が理解を深められるようにするためだ。「良いアイデアが生まれる場所だから」という理由で、レフト・フィールドと呼ばれる部屋で会議をするAチームは、科学者が検証可能な仮説を組み立て、仮説の評価に必要な観測や科学機器を選定し、最適なミッションのタイプを考案するのを助ける。それはオービター(軌道飛行)やフライバイ(接近通過)の場合もあるだろうし、原子力を動力とする6輪車かもしれない。ナッシュ博士のベン図で言えば、Aチームは3つの円が交わる理想的なバランスを目指す。つまり、科学者が求めるデータを提供し、技術者が建造可能で、NASAが打ち上げを許可するミッションなのだ。

科学者はレフト・フィールドを出ると、ミッション案をチームXのプロジェクト設計センターに持っていく。それから2〜3日の間、彼らはワークステーションがずらりと並んだ、コンピューター科学教室のような部屋でエンジニアの傍らに陣取る。それぞれのコンソールの上には、「推進」「コスト」「機械」「通信」といった文字が刻まれたラベルが掲示されている。ここでは「可能性は無限大」ではななく、とても難しい選択を迫られる。NASAのすべての宇宙船が、高価な妥協の産物なのだ。部屋のある場所には、悲しみを5つの段階で表したサインが掲げられている。

探査機の設計者が下す1つ1つの決定は連鎖的な影響を及ぼす。科学的な目標は、ミッション成功のために必要な機材のペイロードに影響を与える。ペイロードは、指令やデータのサブシステム(地球から送られる信号や地球に返すデータを扱う)に影響する。それは、探査機の通信ハードウェア(実際のデータ伝 …

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