米FDA、新型コロナワクチンを高齢者らに限定 その合理性は?
米国食品医薬品局(FDA)は、新型コロナウイルス・ワクチンの接種を高齢者や重症化リスクが高い人に制限する方針を発表した。この判断は妥当なのか? 専門家に話を聞いた。 by Jessica Hamzelou2025.05.26
- この記事の3つのポイント
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- FDAが健康な人への新型コロナワクチンの提供を制限する計画を発表した
- ワクチンの年1回接種の有効性には疑問の声があり研究が必要とされている
- リスクの高い人への接種を促し健康な人は自身で判断すべきとの意見も
米国食品医薬品局(FDA)の新たなリーダー2人が先週、米国における新型コロナウイルス・ワクチンの提供を制限する計画を発表した。健康な人が毎年接種を受けることの有用性を支持するエビデンスが乏しいというのがその理由だ。米国では今後、65歳以上の人や重症化リスクが高い持病を持つ人など、最も脆弱な層のみにワクチンが提供されることになる。
それ以外の人は、接種を受けるのを待たねばならない。今後は、高リスクとはいえない人々に対して新型コロナ・ワクチンが本当に有効であることを証明する、より厳格な臨床試験が求められることになる。
この方針には一部で懸念や怒りの声も上がっている。ただ、それほど驚くべき内容ではないとの見方もある。私が暮らす英国では、しばらく前から、新型コロナ・ワクチンの追加接種は脆弱な人々のみに提供されている。そして、話を聞いた免疫学者たちも、この方針に賛同している。つまり、新しい方針は理にかなっている。
この問題はいまだに論争の渦中にある。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はいまだに存在している。そして、多くの人はある程度の免疫を持っているとされるが、それでも感染すれば重症化する人もいる。ロング・コビッド(新型コロナウイルス感染症の後遺症)の脅威も依然として残っている。人々がウイルスにもワクチンにもさまざまな反応を示すことを考えれば、ワクチン接種をするかどうかは各人の選択に委ねるべきだろう。
まず伝えておきたいのは、新型コロナ・ワクチンは驚異的な成功を収めた事例だということだ。このワクチンは記録的な速さで開発され、ウイルスが特定されてからわずか69日で臨床試験において接種が始まった。ワクチンは全体的に見て非常に安全で、驚くほど効果的だった。何百万人もの命が救われ、多くの人々がロックダウンから解放された。
しかし、多くの人が新型コロナ・ワクチンによって大きな恩恵を受けたとはいえ、今後も毎年ブースター接種を継続することの有効性には疑問がある。それこそが、FDA長官であるマーティン・マカリーと同局生物製剤評価研究センター所長のヴィナイ・プラサードが主張していることだ。
2人ともFDAに対してもともと批判的だった。マカリー長官は、新型コロナ・ワクチンの恩恵を軽視しているとして長年非難されてきた。新型コロナについて誤った前提を立て、この病気は2021年4月までに「ほとんど消滅しているだろう」と予測していた。最近では、ウイルスが中国の研究所から流出したという説は「考えるまでもなく明白だ」と議会で証言した(しかし、最も有力なエビデンスはウイルスが武漢の市場で動物からヒトへと感染したことを示唆している)。
プラサード所長は「FDAは失敗だ」と述べ、臨床的根拠の欠如を理由として、年1回のブースター接種を「前代未聞の公衆衛生上の災害」と評した。
マカリー長官とプラサード所長の方針は5月20日付のニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌に掲載されたが、幸いにも、そこには扇動的な言葉や根拠のない主張は含まれていなかった。むしろ、2人の主張はかなり慎重な印象を受ける。今後も高リスクの人々に対しては年1回のブースター接種が承認され続けるが、それ以外の人々が接種を受けるには、その有効性が証明される必要がある。
それでもなお、懸念の声は上がっている。ここでは、特に大きな懸念事項をいくつか取り上げてみよう。
インフルエンザ・ワクチンと同様に、毎年のブースター接種を受けた方がよいのでは?
現在のところ、米国では多くの人が、年に1回のインフルエンザ予防接種と同じタイミングで新型コロナワクチンを接種している。インフルエンザ・ワクチンは、例年流行が予測されるウイルス株に対応するように設計されており、インフルエンザ・シーズン(通常10月から翌年3月)に備えて毎年開発されている。
しかし、新型コロナはインフルエンザのような季節的パターンに従っていないようだと、英国オックスフォード大学で感染症を研究する臨床医スザンナ・ドナヒー教授は述べる。「新型コロナは、年間を通じて何度も波が来ているようです」。
オレゴン健康科学大学で免疫学とウイルス学を研究するフィカドゥ・タフェッセ准教授も、年1回の予防接種が最良の対策になるとは限らないと指摘する。自身の研究では、ブースター接種の間隔を1年以上空けた方が効果が高まる可能性があることが示されている。「1年という期間は、実のところ任意に決められたものに過ぎません。むしろ5年や10年の間隔の方が良いかもしれません」と言う。
「重症化リスクがあるなら、6カ月おきの接種が実際に必要かもしれません。しかし、健康な人にとっては、まったく別の話です」。
子どもはどうか? 子どもを守るべきではないのか?
小児科医の間では、一部の子どもが重症化する可能性があることから、子どもへの影響を懸念する声もある。「もし、病気を予防できる安全で有効なワクチンがあるなら、それは利用可能であるべきです」。米国小児科学会感染症委員会の副委員長ジェイムズ・キャンベルは、スタット(Stat)誌にこう語っている。
この疑問は、私の中でも長らくくすぶっていた。私の幼い2人の子どもは英国で生まれたが、ここ英国では新型コロナワクチンの接種対象には一度も該当していない。保育施設でウイルスが蔓延し始めたとき、特に当時の米国では生後6カ月の乳児にも接種がされていたことを思えば、私はとても不安を感じた。
その後、数年前に一時的に米国へ引っ越した際、ようやく彼らはワクチン接種の対象となった。しかしその頃には状況が変わっていた。子どもたちはすでに新型コロナに感染していたし、私は子どもに対するウイルスのリスクについてより正確な理解を持っていた。だから、接種の申し出を断ったのだった。
タフェッセ准教授も自身の子どもたちに対して同じ判断をしたと聞いて、私は安心した。「もちろん例外はありますが、一般的に言えば、新型コロナは子どもにとって重篤な疾患ではありません」と言う。英国のワクチン接種・免疫合同委員会(JCVI)も、ワクチンの利益は子どもにとっては成人よりもはるかに小さいことを指摘している。
「当然ながら、健康上の問題を抱えていて、確実に接種すべき子どももいます」とドナヒー教授は述べる。「しかし、健康な家庭の健康な子どもにとっては、そのメリットは非常に限定的でしょう」。
社会の中で脆弱な人々を守るために、健康な人がワクチンを接種すべきではないのか?
その主張は一理あると、タフェッセ准教授は認める。研究によれば、新型コロナ・ワクチンを接種した人は、他者への感染を広げる可能性が低くなることが示唆されている。ただし、あまり研究されていない、より感染力の強い変異株や、それに対応したワクチンの効果については、まだ明確に分かっていない。最も安全な方法は、リスクの高い人自身が接種するよう促すことだとタフェッセ准教授は指摘する。
ワクチンが安全なら、自分で接種するかどうかを選べるべきではないのか?
タフェッセ准教授はこの考えには賛同しない。「ワクチンが安全なことは分かっています。でも、たとえ安全だったとしても、なぜ私が接種しなければならないのですか?」。人は、自分が服用する薬が本当に自分にとって有益かどうかを知っておくべきだと考えている。
とはいえ、費用対効果のバランスは人によって異なるだろう。「軽症」とされる新型コロナでも、1週間寝込む人もいる。そういった人にとっては、ワクチン接種は十分に理にかなっているのかもしれない。
ドナヒー教授は、一人ひとりが自分で判断できるようにすべきだと考えている。「必要かどうかにかかわらず、追加接種を受けさせることは、安全な行為です」。
新たな計画のもとで、誰がどのようにして新型コロナ・ワクチンの接種を受けられるかは、まだ完全には明らかになっていない。マカリー長官とプラサード所長の記事では、「新型コロナの重症化リスクを高める医学的状態」のリストが示されており、そこには複数の疾患、妊娠、そして「身体活動の不足」が含まれている。これには非常に多くの人が該当する可能性がある。ある調査では、米国人の約25%が身体活動不足だとされている。
私は、ドナヒー教授の意見に同意する。確かに、どのような薬であっても、使用を裏付ける最新のエビデンスは必要だ。しかし、ワクチンを経験し、その恩恵を感じている人々からその選択肢を奪うことは、最善のやり方とは思えない。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。