米保健省副長官に抜擢、
「不老」追う規制緩和派
ジム・オニールとは何者か?
「米国を再び健康に」──。長寿科学を支持し、人間の寿命を延ばすことを掲げるジム・オニールが、保健福祉省の副長官に就任した。 by Jessica Hamzelou2025.07.10
ジム・オニールが米国保健福祉省(HHS)の副長官に指名されたとき、ディラン・リビングストンは期待に胸を膨らませた。ロビー団体「長寿イニシアチブ同盟(Alliance for Longevity Initiatives、略称A4LI)」の創設者兼最高経営責任者(CEO)であるリビングストンは、人間の寿命を延ばすことを目指すコミュニティの一員だ。6月9日のオニールの副長官就任式の直前、リビングストンは「オニールはコミュニティの一員のようなものです」と語った。「そして今回、オニールは大きな影響力を持つ地位に就くことになりました」。
ロバート・F・ケネディ・ジュニア長官の新たな右腕として、オニール副長官は生物医学的研究への資金提供や新薬規制を監督する政府機関で権力を振るうことになる。オニール副長官は既存のワクチン接種スケジュールを支持しており、最も賛否の分かれるケネディ長官の信念には賛同していないものの、それでも保健福祉省を物議を醸す新たな方向に導く可能性はある。
長官になったケネディほど有名ではないが、資金力と結束力を高めている長寿コミュニティにおいて、オニールはかなりの有名人だ。オニール副長官の知人には、著名な長寿インフルエンサーのブライアン・ジョンソン(ジョンソンはオニール副長官を「物腰柔らかで思慮深く、理路整然としている人物」と評している)や、億万長者のテック起業家ピーター・ティールらがいる。
長寿分野で働き、オニール副長官をよく知る20人以上の人々に話を聞いたところ、全員がオニールのリーダーシップに対して心から楽観的な見方を共有していることが明らかになった。オニールが今後何をするかを誰も正確に予測することはできないが、長寿コミュニティの多くの人々は、オニールが彼らの目標に注目と資金をもたらし、抗老化医薬品(アンチエイジング薬)の実験を容易にしてくれるだろうと考えている。
この考えは、オニール副長官のプライベートや仕事上での人間関係によってだけでなく、過去の発言や老化を専門とする組織で働いていた経歴によっても裏付けられている。これらすべてのことから、オニールが実際に、科学者は現在の限界を超えて人間の寿命を延ばす方法に取り組むべきだと信じており、効果が実証されていない治療法へのアクセスを容易にすべきだと考えていることがわかる。また、住民が独自のルール(特に新しい医薬品や治療法に対する寛容な規制体制を含む)に従って生活できる新たな地理的な領域を、海上などに創設するというリバタリアン(自由至上主義)的な考え方も支持している。
「過去3つの政権では、私たちの分野からそのような考えを持つ人物が権力の座に就くことはなかったと言えます」とリビングストンは指摘し、オニールの副長官就任は「間違いなく喜ばしいことです」と語った。
保健医療分野で働く誰もが、特に医薬品の検査や承認に関する変更の可能性についてはしゃいでいるわけではない。もしオニール副長官が長年支持してきた見解を現在も持っているなら「気がかりです」と語るのは、ワシントンD.C.の非営利シンクタンク、全米健康研究センター(NCHR:National Center for Health Research)の所長で保健政策アナリストのダイアナ・ザッカーマンだ。
「(効果が実証されていない初期段階の治療法が)大量に市場に出回ることほど最悪なことはありません」とザッカーマン所長は主張する。そうした製品は危険な可能性があり、人々の健康を損なうかもしれない一方で、その開発者や販売者に利益をもたらす。
「迅速な市場投入を実現するということは、誰もがモルモットになるということです」とザッカーマンは指摘する。「それは、医療の重要性を認識している私たちの考え方ではありません」
消費者擁護団体パブリック・シチズン(Public Citizen)は、オニール副長官を「トランプが選んだ最悪の人物の1人」であり、「米国の医療界を統率する機関の副長官にふさわしくない」と、はるかに露骨な表現で批判する。同組織の共同代表は声明で、オニール副長官のリバタリアン的見解は「基本的な公衆衛生に反する」と述べた。オニール副長官も保健福祉省も、本誌のコメント要請には応じなかった。
「長寿コミュニティの一員」
保健福祉省の副長官として、オニールは多数の機関を監督することになる。その中には、世界最大の生物医学的研究資金提供機関である米国立衛生研究所(NIH)、米国の公衆衛生機関である米国疾病予防管理センター(CDC)、そして医薬品と医療機器の安全性と有効性を確保するために設立された米国食品医薬局(FDA)が含まれる。
「これは大きな権力を持つ地位になり得ます」と、オハイオ州立大学で医薬品規制とFDAを専門とする法学者のパトリシア・ゼトラー教授は指摘する。
副長官は最も上級の役職となるが、オニールが保健福祉省で役職を得るのはこれが初めてではない。リンクトイン(LinkedIn)のプロフィールによると、オニール副長官は2000年代初頭の5年間、同省でさまざまな役職を歴任している。しかし、オニール副長官が長寿推進派の味方という評判を築くのに役立ったのは、その後の活動だ。
オニール副長官は、遅くとも2000年代後半からティールと親密な関係を築いていたようだ。ティールは長寿研究に多額の投資を行っており、死は避けられないものだとは考えていないと発言している。2011年、オニール副長官はティールを「友人でありパトロン」と呼んでいた(ティールの代理人はコメント要請に応じなかった)。
オニール副長官はまた、2009年から2012年までティール財団(Thiel Foundation)のCEOを務め、ティール・フェローシップを共同設立した。同フェローシップは、大学を中退して新しいことを志す有望な若者に20万ドルを提供するものだ。そして、リンクトインによると、オニールはティールが設立した「長期ベンチャーキャピタル・ファンド」のグループであるミスリル・キャピタル・マネジメント(Mithril Capital Managemen)の社長を7年間務めた。
また、老化治療法の発見に取り組む組織で、ティールが多額の寄付をしていたSENS研究財団(SRF)の理事として10年以上にわたりティールの利益を代表し、長寿分野との関わりをさらに深めた。
オニールは2019年から2021年までSENS研究財団のCEOも務めた。これは、長寿分野の著名人で、同財団創設者のオーブリー・デ・グレイがセクシャル・ハラスメントの告発を受けて同団体の職務を解任された後のことである。同財団の年次報告書によると、CEOとしてオニールは、学生教育プログラムと、老化のさまざまな側面に着目した複数の科学研究プロジェクトを監督した。また、同財団の2020年の年次報告書でオニールは、当時保健福祉省副長官だったエリック・ハーガンがSENS研究財団の会議に出席し、「規制改革」について議論したと記している。
「老化は不条理だと考える影響力をもつ人々が増えています」と同報告書の中でオニールは述べている。「今こそ、その考えを現実のものに変える必要があります」。
デ・グレイはオニールを「悪魔の化身」と呼んでいる(おそらく、オニールが2人の女性を「そそのかして」デ・グレイに対するセクシャル・ハラスメントの告発をさせたと考えているためだろう)が、MITテクノロジーレビューが取材した多くの科学者、バイオテクノロジー企業のCEO、その他の長寿研究分野の関係者は、オニールに対してより肯定的な意見を持っており、この新副長官の長年の友人や知人であると主張する人も多かった(ただし同時に、オニールの過去の実績について具体的な見解を語ることには消極的な人も多かった)。
長寿科学は、不老不死という非現実的な約束や、エビデンス(科学的根拠)に裏打ちされていないクリーム、錠剤、点滴、その他いわゆるアンチエイジング(抗老化)療法の継続的なマーケティングによって、長い間物議を醸してきた分野である。しかし、このコミュニティには(人々の健康寿命を数年延ばすことを目標とする人々から、不死を目標とする人々まで)さまざまな信念を持つ人々がおり、真摯な医師や科学者がこの分野の正当性を確立しようと努力している。
私が話を聞いた長寿推進分野のほぼ全員が、就任が承認されたオニールの今後の行動に期待を寄せているようだ。 …
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