消えた古代ラテン語碑文を復元、グーグルが歴史学者向けAIツール
グーグル・ディープマインドが古代ラテン語碑文を解読するAIツール「アイネアス(Aeneas)」を発表した。15万件の碑文データベースを活用し、風化で欠損した文字を補完、年代や起源地も推定する。 by Peter Hall2025.07.24
- この記事の3つのポイント
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- グーグル・ディープマインドが古代ラテン語碑文を復元するAI「アエネアス」を発表した
- アイネアスは風化した石の文字を分析し年代や起源地を特定し欠損テキストを補完する
- 23人の歴史学者による検証で90%の碑文において研究者の発想促進に成功した
グーグル・ディープマインド(Google DeepMind)は、歴史学者が古代ラテン語の碑文の意味と文脈を復元するのに役立つ可能性のある新しい人工知能(AI)ソフトウェアを発表した。
「アエネアス(Aeneas)」は、風雨にさらされた石に刻まれた文字を分析し、それらがいつどこで刻まれたのかを特定できるソフトウェアだ。古代ギリシャ語のテキストを深層学習によって復元・文脈化していた、グーグルの先行ツール「イタカ(Ithaca)」の後継にあたる。アエネアスとイタカはが類似のシステムを使用している一方で、アエネアスは研究者にさらなる分析の出発点を提供することも可能としている。
アエネアスは碑文の部分的な転写とそのスキャン画像を取り込む。これらをもとに、彫刻の年代や起源地の推定に加え、欠落したテキストの補完候補も提示する。たとえば、冒頭が損傷し「…us populusque Romanus」と続く石板があれば、アエネアスはその前に「Senat」が入って「Senatus populusque Romanus(ローマの元老院と市民)」という句になると推測する可能性が高い。
これはイタカの動作方法と似ている。しかしアエネアスは、現代の英国からイラクに至るまでの地域に起源を持つ、約15万件の碑文データベースとテキストを照合し、類似の語句や比喩を含む他のラテン語彫刻を参照例として提示する。
このデータベースと数千枚に及ぶ碑文画像が、アエネアスの深層ニューラルネットワークの訓練セットを構成している。一見すると十分な大きさのサンプルに見えるが、グーグルのジェミニ(Gemini)のような汎用大規模言語モデルの訓練に使われる数十億件の文書と比べると大きく劣る。このようなタスクを学習させるには、高品質な碑文のスキャンが圧倒的に不足しているため、アエネアスのような専門的なソリューションが必要とされるのだ。
プロジェクトに関わったグーグル・ディープマインドの研究者、ヤニス・アサエルによれば、アエネアスは研究者が「過去とつながる」手助けとなり得るという。碑文学(銘文の解読と理解を扱う研究分野)を自動化するのではなく、「歴史学者の作業フローに組み込めるツールの構築」を目指していると、記者説明会で語った。
彼らの目標は、特定の碑文を分析しようとする研究者に対し、数多くの仮説を提供し、手作業による記録調査の負担を軽減することである。チームはこのシステムの検証のため、年代がすでに特定されている碑文を23人の歴史学者に提示し、アエネアスを用いた場合と用いない場合で作業フローを比較した。本日『ネイチャー(Nature)』誌に発表された研究結果によれば、アエネアスは90%の碑文において研究者の発想を促し、碑文の起源の場所や年代をより正確に特定する助けとなった。
この研究に加えて、研究者らはトルコ・アンカラの神殿の壁に刻まれた有名な碑文「アンキュラ記念碑(Monumentum Ancyranum)」でアエネアスを試験した。ここでも、アエネアスは既存の歴史分析と一致する推定や類似例を提示することに成功し、その細部への注意は、訓練を受けた歴史学者の思考過程と密接に一致していたと、論文は主張している。「あれには本当に驚かされました」。アエネアスの開発にも関わったノッティンガム大学の碑文学者テア・ゾマーシールドは記者会見で述べた。
ただし、現実の環境におけるアエネアスの性能には、まだ不明な点が多い。アエネアスはテキストの意味を推測しないため、新たに発見された碑文を自律的に解釈することはできず、長期的に見て歴史学者の作業フローにどれほど役立つかは未知であると、ハーバード大学古典学教授のキャスリーン・コールマンは指摘する。アンキュラ記念碑は碑文学で最もよく知られ、最も研究が進んだ碑文の一つとされており、アエネアスがより不明瞭な資料にどのように対応するかには疑問が残る。
グーグル・ディープマインドは現在、アエネアスをオープンソース化しており、そのインターフェースは教師、学生、博物館職員、研究者などが自由に利用できる。同チームはベルギーの学校と協力して、アエネアスを中等歴史教育に導入する取り組みも進めている。
「博物館にいるときや、新しい碑文が発見されたばかりの考古学遺跡にいるときに、アエネアスがそばにいる――それが私たちの理想的なシナリオです」とゾマーシールドは述べた。
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- ピーター・ホール [Peter Hall]米国版 編集フェロー
- MITテクノロジーレビューの編集フェロー。ニューヨーク大学の博士課程で理論暗号を研究している。