「自分で調べる」患者が激増
医療従事者6人が語った
新型コロナ後の変化
ネットで「自分で調べた」患者がワクチンや治療を拒否——新型コロナ後、医療現場で何が起きているのか。医師や心理学者ら6人が、誤情報や陰謀論と向き合い、患者との信頼関係を再構築する試みを語った。 by Rhiannon Williams2025.11.20
- この記事の3つのポイント
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- COVID-19パンデミック後、患者の医療不信と誤情報への依存が顕著に増加し医療現場に深刻な影響を与えている
- ソーシャルメディアの普及により陰謀論や代替医療情報が拡散し患者と医師の信頼関係が根本的に変化した
- 医療従事者は対話重視のアプローチと情報リテラシー向上支援により患者との関係再構築を模索している
インターネットによって、自身の健康状態についての自己(誤)診断が非常に簡単にできるようになったことは、自分の症状を検索して「脳腫瘍に違いない」と思い込んだことのある人なら誰でも認めるだろう。ソーシャルメディアやネット掲示板は、診断や仲間を求める人々にとっては命綱となることがあるが、もしそこで得られる情報が誤っていれば、その人の健康、さらには命さえも危険にさらされるおそれがある。
残念ながら、この「自分で調べる」という現代的な風潮は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック中にさらに強まった。
私たちは、誤情報の蔓延や(医療機関や公的機関、エビデンス=科学的根拠などへの)信頼の低下といった社会的変化が、医療従事者の専門的な仕事にどのような影響を与えているかを尋ねた。彼らは、患者への対応の仕方を変えざるを得なくなっていると語った。その経験は多岐にわたる。ある医師は、患者が特定の治療法の有効性に懸念を抱き、より多くの情報を求めてくると話し、別の医師は、患者が権威を信頼していないと言うのを聞いたと語った。また、ネット上で見つけた代替理論を信じ、エビデンスに基づく医療を完全に拒絶する患者がいるという声もあった。
以下は、医療従事者自身の言葉による体験談である。なお、インタビューは、発言の趣旨を明確にし、長さを調整するため、編集されている。
患者と目標の共有を試みる医師
デビッド・スケールズ
ワイルコーネル医科大学内科ホスピタリスト兼医学助教授(ニューヨーク市)
私の同僚たちは皆、治療を拒否する患者や、治療に対して非常に特異な考えを持つ患者に対応した経験があります。そうした考えの動機が宗教的な理由であることもあります。しかし、私が変化を感じているのは、人々が必ずしも宗教的立場ではなくても、非常に強固な信念を持つようになった点です。そうした信念は、私たちが有するあらゆるエビデンスと照らしてみても、時に患者自身の健康目標と矛盾することがあり、非常に対応が難しい状況を生み出します。
私はかつて、エーラス・ダンロス症候群という結合組織の疾患を抱える患者を診たことがあります。この病気の存在自体に疑いの余地はありませんが、どの症状がその病気に起因するのかについては多くの疑問や不確実性が存在しています。つまり、エーラス・ダンロス症候群は、社会科学者が「論争中の病気」と呼ぶカテゴリーに入る可能性があるのです。
論争中の病気は、かつては主流から外れた運動の拠り所になる程度のものに過ぎませんでした。しかし、2010年代半ばにソーシャルメディアが台頭して以来、こうした病気をめぐる問題は非常に顕著になってきました。患者たちは、自分の経験に合致する情報を熱心に探すようになっているのです。
このエーラス・ダンロス症候群の患者は、さまざまな治療に対して非常に慎重であり、情報源として疑わしい出どころを使っていることは明らかでした。彼女は、必ずしも信頼できるとは言えない人々をネット上でフォローしていたので、私は彼女と一緒に「Quackwatch(クアックウォッチ)」という、健康に関する迷信や誤った情報をリスト化しているサイトでそれらの情報源を調べました。
彼女は治療そのものには前向きであり、非常に知識も豊富で自ら多くの調査をしていましたが、信頼できる情報とそうでないもの、そして「ある症状が他の原因によるものである」といった一部の考えを過度に強調するような偏った見解とを見分けることに苦労していました。
医師には、こうした課題に直面する患者と向き合うための手段がある。1つは「動機づけ面接(Motivational Interviewing)」と呼ばれる手法で、もともとは物質使用障害(薬物やアルコール依存など)の患者のために開発されたカウンセリング技法である。このアプローチは批判を避け、自由回答型の質問を使って患者の動機を引き出し、彼らの行動と信念との間にあるズレを探し出す。ワクチン接種に消極的な患者への対応に非常に効果的だ。
もう1つは「共同意思決定(Shared Decision-Making)」というアプローチである。まず患者の目標を明確にし、それを私たちが持つエビデンスに基づいた治療とどう整合させるかを考える。この手法は終末期医療においても活用されている。
私が懸念しているのは、患者が診断の方法、症状の治療のされ方、そして教科書に載っているような標準的な医療とはまったく異なる方法に対して、確固たる信念を持って来院するという傾向があるように見えることです。そしてこの傾向は、論争中の病気に限らず、他の疾患にも広がりつつあるように思えます。
陰謀論熱が冷めたときに寄り添うことを誓うセラピスト
ダミアン・スチュワート
心理学者(ポーランド、ワルシャワ)
新型コロナウイルス感染症のパンデミック前は、診療の場で陰謀論を持ち出すクライアントはほとんどいませんでした。しかし、パンデミックが始まると、それまで愉快だったり無害だったりした陰謀論が、危険なものへと変わっていきました。
私の経験では、クライアントの間にある種の闘争心のようなものが現れ始めたのは、ワクチンの話題においてでした。ワクチン接種を拒んだことで職を失うかもしれない状況に置かれた人々がいたのです。ある時、筋金入りの陰謀論者が私にこう言いました。「私はワクチンを接種しないという理由で、まるでホロコーストの時代のユダヤ人のように黄色い星を付けさせられている気分だ」。
私は純粋な怒りを覚え、セラピストとしての道のりの中で、想像もしていなかった境地に達しました。クライアントが踏み越えてはいけない一線が、自分の中に確かに存在することを知ったのです。私は、彼が慣れていないであろう非常に率直な口調で、その陰謀論に異議を唱えました。彼は激怒し、電話を切ってしまいました。
この出来事をきっかけに、今後同様の事態にどう対応していくかを真剣に考え、新たなアプローチを構築しました。それは、陰謀論そのものを否定するのではなく、穏やかに対話し、別の視点を提示し、問いかけを通して理解を促すという手法です。私は、私たちが交わす会話の中に治療的な価値を見出そうとしています。
私の考えでは、またエビデンスが示しているように、陰謀論を信じ …
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