「あなたの赤ちゃん選べます」遺伝子ベンチャーがNY地下鉄をジャック
ニューヨークの地下鉄を「身長は80%遺伝的」「IQは50%遺伝的」という広告が埋め尽くしている。これから親になるかもしれない人に向けて、「遺伝子最適化を化粧品と同じくらい利用しやすくする」と謳う、スタートアップの広告だ。 by Antonio Regalado2025.12.08
- この記事の3つのポイント
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- ニュークリアス・ゲノミクスがニューヨークの地下鉄でIVF胚の遺伝子最適化を宣伝する大規模広告キャンペーン
- 胚スコアリング技術は専門団体から信頼性を疑問視され、主要IVFクリニックも導入を拒否している現状がある
- 消費者需要による市場圧力でクリニックが技術導入を迫られる可能性と差別助長への懸念が浮上している
この秋のある日、私はマンハッタンのブロードウェイ・ラファイエット地下鉄駅の外にある電子看板が、化粧品の広告から、「ピックユアベイビー・ドットコム(Pickyourbaby.com)」というWebサイトを宣伝する広告へとシームレスに切り替わるのを見た。その広告は、これから親になるかもしれない人に向けて、遺伝子検査を使って赤ちゃんの目の色、髪の色、IQなどの特徴に影響を与える方法を約束するというものだった。
地下鉄駅の中では、より多くの広告が、あらゆる表面を覆っていた。改札口の赤ちゃん、階段の赤ちゃん、頭上のバナーの赤ちゃん。「考えてみてください。化粧品、それから、遺伝子最適化です」。この広告を展開しているスタートアップ企業、ニュークリアス・ゲノミクス(Nucleus Genomics)の26歳の創業者キアン・サデギは興奮して語った。サデギの考えでは、遺伝子最適化は化粧品と同じくらい利用しやすくなるべきなのだ。
ニュークリアスは、創業間もない、目立ちたがり屋の遺伝子ソフトウェア企業である。同社は、IVF(人工授精)胚の遺伝子検査を分析して2000種類の形質と疾患リスクをスコア化し、親が一部を選択して他を拒否できるようにすると謳っている。こうしたことが可能なのは、私たちのDNAが時として強力に私たちを形作るからだ。地下鉄のバナーの1つがニューヨークの乗客に思い出させたように、「身長の80%は遺伝」なのだ。
キャンペーンが開始された翌日、サデギと私はオンラインでちょっとした口論をした。サデギはXで、親が目の色や髪の色などの特徴をクリックして選べるスマホアプリを自慢していた。私は、「ウーバー・イーツ(Uber Eats)みたいですね。つまり、またしても起業家によって発明された、くだらない、味気ない未来です。今度は赤ちゃんをクリックして注文するつもりですか」と反論した。
その夜、「IQは50%遺伝的」と書かれた駅の広告バナーの下で、サデギと私は会うことにした。彼はパファージャケットを着て現れ、キャンペーンはまもなく1000両の電車に拡大すると私に語った。それほど遠くない昔、遺伝子最適化はシリコンバレーのディナーパーティでささやかれる秘密の技術だった。しかし今はどうだろう。「階段を見てください。地下鉄全体が遺伝子最適化です。私たちがメインストリームに引き上げたのです」とサデギは言った。「つまり、私たちはそれを普通のものにしようとしているんです。そうでしょう?」
正確には何を「普通」にするのだろうか? 予測される形質に基づいて胚を選択する能力は、より健康な人々につながる可能性がある。しかし地下鉄で言及された特徴、身長とIQは、大衆の心を美容的選択、さらには露骨な差別に向けさせる。「人々はこれを読んで気づき始めると思います。わあ、今や私が選べる選択肢なのだと。私は、より背が高く、より賢く、より健康な赤ちゃんを持つことができるんだ、と」(サデギ)。

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ニュークリアスは、「逆張り」を好むことで知られる投資会社ファウンダーズ・ファンド(Founders Fund)からシード資金を得た。そして胚スコアリングはまさにそれに適合する。胚スコアリングは不人気な概念であり、専門団体は遺伝的予測の信頼性は低いと述べている。これまでのところ、主要なIVFクリニックはまだこれらの検査の提供を拒否している。医師たちは、とりわけ、これらが親に非現実的な期待を与えることを心配している。もし、自分たちの子どもが、胚スコアで予測されたほどの得点をSAT(大学進学適性試験)で取れなかったらどうなるのか?
今回の広告攻勢は、こうした門番を迂回する手段である。クリニックがこの検査を導入しなければ、親になりたい人は別のところに依頼すればいい。別の胚検査会社であるオーキッド(Orchid)は、高い消費者需要がウーバーの規制されたタクシー市場への初期の進出を大胆にしたと指摘している。「医師たちは本質的にそれを使用する方向に押し込まれています。そうしたいからではなく、そうしなければ患者を失うからです」と、オーキッドの創業者ヌール・シディキは2025年8月のオンライン・イベントで述べた。
サデギは自分のスタートアップをエアビーアンドビー(Airbnb)と比較することを好む。サデギは、自社が顧客をクリニックに結びつけ、すべての人により良い体験を提供するデジタルな「ファネル(ろうと)」になることを望んでいる。サデギは、ニュークリアスの広告ではDNAやスコアリング技術がどのように機能するか、詳細について言及していないことを指摘した。それがポイントではないのだ。広告では、ステーキ肉ではなくシズルを売る。そしてニュークリアスの広告コピーにおけるシズルとは、身長、知性、そして明るい色の目である。
これらの広告が許可されるべきかどうかには疑問がある。実際、私はサデギから、ニューヨーク州都市交通局(MTA)がキャンペーンの一部に異議を唱えたことを知った。例えばMTAは、遺伝子検査を使って胚の性別を特定することは非常に簡単であるにもかかわらず、ニュークリアスが「女の子を持とう」「男の子を持とう」という広告を掲載することを許可しなかった。その理由は、人種、宗教、生物学的性別を含む保護された層に対する「不当な差別」を促進するために政府所有のインフラを使用することを禁止するMTAの方針だった。
2023年以来、ニューヨーク市は身長と体重も反差別法に含めている。住宅や公共スペースでの体型に関連する「偏見を根絶する」という考え方である。だから私は、なぜMTAがニュークリアスに身長は80%遺伝的だと宣言させたのかわからない(MTAの広告部門は本誌の問い合わせ応答しなかった)。おそらくそれは、その声明が事実の主張であり、明示的な行動への呼びかけではないからかもしれない。しかし私たちは皆、何をすべきかを知っている。背の高い方の胚を選び、背の低い方の胚をIVF冷凍庫に残し、決して生まれることのないようにするのだ。
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- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
