誇張された「新材料発見」、
AI自律型ラボは
材料科学の停滞を打破するか
「数百万もの新材料を発見」という2023年のグーグル・ディープマインドの発表は明らかに誇張されたものだった。潤沢な資金を持つスタートアップは、AIを活用したラボを作ってはるかに迅速かつ低コストで材料を発見しようとしているが、まだ大きな成果を生むにはまだ至っていない。 by David Rotman2025.12.22
- この記事の3つのポイント
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- ライラ・サイエンシズなどAI企業が数億ドル調達し自律型ラボで新材料発見を目指している
- バッテリーや触媒など新材料への需要が高まる中材料科学は数十年間大きな商業的成功を収めていない
- AIによる材料発見は初期段階でありシミュレーションと実験の隔たりや商業化への課題が残る
米マサチューセッツ州ケンブリッジにあるライラ・サイエンシズ(Lila Sciences)の電子レンジほどの大きさの装置は、最先端の材料研究所で私がこれまで見てきたものと大差ない。真空チャンバー内で、この装置はさまざまな元素を照射して気化粒子を作り出す。それがチャンバー内を飛びながら着地し、スパッタリングという技術を用いて薄膜を形成する。この装置が特異なのは、実験の実行を人工知能(AI)が担っている点である。膨大な科学文献とデータで訓練されたAIエージェントがレシピを決定し、元素の組み合わせを変化させている。
その後、人間の研究者が、複数の触媒候補を含むサンプルをラボ内の別の場所へ運び、そこで試験が実施される。別のAIエージェントがそのデータをスキャンし、解釈したうえで、新たな実験を提案し、材料の性能をさらに最適化しようとする。
現時点では、AIの提案と試験結果に基づいて次のステップを承認する役割として、人間の科学者が実験を注意深く見守っている。しかし、このスタートアップは、このAI制御マシンが、材料発見の未来、すなわち、自律型ラボによって新規で有用な化合物を、より安価かつ迅速に発見できる時代の到来を示していると確信している。
数億ドルの新たな資金を獲得したライラ・サイエンシズは、AI分野における最新のユニコーン企業の1つである。同社は、AIが運営する自律型ラボを科学的発見に活用するという大きな使命を掲げており、それを「科学的超知能」と呼んでいる。しかし私が今朝ここを訪れたのは、より具体的に、新材料の発見がどのように行なわれているのかを学ぶためだ。
私たち人類は、さまざまな課題を解決するために、より優れた材料を切実に必要としている。より強力なバッテリーには、改良された電極や他の部品が必要であり、大気中の二酸化炭素をより安価に除去する化合物、グリーン水素などのクリーンな燃料や化学物質の製造に適した触媒も必要だ。また、量子コンピューティングや核融合発電、AIハードウェアといった次世代のブレークスルーには、高温超伝導体、改良型磁石、さまざまな種類の半導体といった革新的な材料が不可欠となる。
しかしここ数十年、材料科学は大きな商業的成功を収めてこなかった。その複雑さと成果の乏しさから、材料科学は革新の中心から外れ、より華やかで収益性の高い新薬開発や生物学的発見の影に隠れる存在となっている。
材料発見へのAI活用というアイデア自体は目新しいものではないが、2020年にディープマインド(DeepMind)が「AlphaFold(アルファフォールド)2」モデルでタンパク質の3次元構造を正確に予測できることを示したことが、大きな弾みになった。その後の2022年にはChatGPT(チャットGPT)が登場し、深層学習ベースのAIモデルが科学研究に活用できるという期待がテクノロジー業界に広がった。生成AIの新たな能力を駆使して広大な化学領域を探索し、原子構造をシミュレートすることで、優れた物性を持つ新材料の発見につなげようという発想が生まれた。
研究者たちは、「何百万もの新材料」を発見したとされるAIモデルを大々的に宣伝した。資金が流れ込み始め、多くのスタートアップが資金調達に成功した。しかし、今のところ「世紀の大発見」という瞬間もChatGPTのようなブレークスルーもなく、奇跡的な新材料どころか、わずかに優れた材料すら発見されていない。
新たに有用な化合物の発見を目指すスタートアップは、共通のボトルネックに直面している。材料発見において最も時間と費用がかかるのは、新しい構造を思いつくことではなく、それを現実世界で合成する工程である。実際に合成を試みるまでは、それが本当に作れるのか、安定しているのかはわからない。そして、多くの物性は、ラボで試験してみるまで不明のままである。
「シミュレーションは、問題の枠組みを整理したり、ラボで何を検証すべきかを見極めたりするうえで非常に有効です」と、ライラ・サイエンシズで最高自律科学責任者(CASO)を務めるジョン・グレゴワールは語る。
「しかし、現実世界で、シミュレーションだけで解決できる問題は一つもありません」。
ライラ・サイエンシズをはじめとするスタートアップは、AIによって実験のあり方を変革する戦略に賭けており、AIエージェントを活用して実験を計画・実行・解析し、新材料を合成するためのラボを構築している。ラボの自動化自体はすでに存在するが、彼らの構想はさらに一歩進んでおり、AIエージェントが自律型ラボを指揮し、実験の設計から、サンプル搬送に使うロボットの制御まで担うという。中でも最も重要なのは、こうした実験から生じる膨大なデータをAIが収集・解析し、より優れた材料を見つけるための手がかりを得ようとしている点である。
これが成功すれば、企業は材料発見にかかっていた数十年の時間を数年、あるいはそれ以下にまで短縮し、新材料の発見や既存材料の最適化を実現できるかもしれない。しかし、これはあくまで賭けだ。AIはすでに、ラボにおける多くの雑務や作業をこなしているとはいえ、有用な新材料をAIだけで見つけ出すというのは、まったく別の話になってくる。
イノベーションの停滞
私は記者として40年近く材料発見について取材してきたが、正直に言えば、その間に商業的に記憶に残るようなブレークスルーは、リチウムイオン電池などごくわずかしかなかった。ペロブスカイト型太陽電池やグラフェントランジスター、金属有機構造体(MOF)など、記事にすべき科学的進展は数多くあった。MOFは興味深い分子構造に基づく材料であり、その発明者は最近ノーベル賞を受賞している。しかしMOFを含め、これらの進歩の多くが研究室の外に出ることはなかった。量子ドットのように商業的応用が進んだものも一部にはあるが、全体としては、ここ数十年に登場した発明で、私たちの生活を根本的に変えたものは少ない。
新材料を開発・試験・最適化・製造するには、通常20年以上の年月と数億ドル規模の資金が必要である。加えて、産業界が利益率の低いコモディティ市場にそれだけの時間と資金を投じる意欲を欠いていることが、進展を阻む要因となっているのだろう。あるいは単純に、材料開発のアイデアが枯渇してしまったのかもしれない。
こうしたプロセスの加速と新たなアイデアの発掘こそが、研究者たちがAIに注目する理由である。科学者たちは何十年にもわたり、安定し予測可能な物性を持つ構造を形成するために、原子をどこに配置すべきかを計算する手法を用いて、有望な材料を設計してきた。こうした計算はある程度は機能してきたが、限界も多かった。AIの進展により、このような計算モデリングは飛躍的に高速化し、膨大な数の構造を迅速に探索する可能性が生まれている。グーグル・ディープマインド、メタ(Meta)、マイクロソフトといった企業はいずれも、新材料設計の課題にAIを適用する取り組みを開始している。
しかし、新材料の計算モデリングを長年悩ませてきた制約は、今なお存在する。結晶のような多くの材料では、原子構造の計算だけでは有用な物性を正確に予測することが難しいのだ。
こうした物性を発見・最適化するためには、実際に材料を合成する必要がある。ライラの共同創業者であり、マサチューセッツ工科大学(MIT)材料科学教授であるラファエル・ゴメス=ボンバレリは、「構造は問題を考える手がかりにはなりますが、現実の材料に関する問題においては、必要条件でも十分条件でもありません」と述べている。
おそらく、2023年末にディープマインドが発表した研究ほど、バーチャル空間と現実世界との間にあるギャップを象徴する事例はないかもしれない。同社は深層学習を用いて「数百万もの新材料」を発見し、その中には「最も安定しており、実験的合成に有望な候補」とされた38万種類の結晶が含まれているとした。専門的に言えば、それらの原子配列は最小エネルギー状態にあり、原子がその場にとどまる条件を満たしていた。この成果に対して、ディープマインドの研究者たちは、「人類が知る安定な材料を桁違いに拡張するものだ」と宣言した。
AI分野の関係者にとって、それは誰もが待ち望んでいたブレークスルーに見えた。このディープマインドの研究は、将来の材料発見の可能性を秘めた「金鉱」であると同時に、大量の構造を予測するための強力な新たな計算手法も提供した。
しかし、材料科学の一部の研究者はまったく異なる見方を示した。カリフォルニア大学サンタバーバラ校の研究チームは、詳細な検証の結果、「新規性・信頼性・有用性の三拍子がそろった化合物の証拠は …
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