「風邪はしょうがない」覆せるか、民間主導の呼吸器ウイルス根絶計画
ストライプ、アンソロピック、オープンAI財団、ビル・ゲイツ——。豪華な顔ぶれが5億ドルを出し合い、風邪とインフルエンザの根絶を目指す非営利団体が動き出す。「技術的には可能でも商業的動機がない」領域に、慈善資金で挑む。 by Antonio Regalado2026.06.25
- この記事の3つのポイント
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- ストライプ創業者らが主導し5億ドル規模の非営利団体「インターセプト」を設立、風邪・インフルエンザの根絶を目指す
- 200種超のウイルスの多様性ゆえ製薬企業に商業的インセンティブが生まれず、民間慈善資本が空白を埋める構図となっている
- RNA医薬品や空気清浄技術など現代ツールで多種ウイルスに横断対処できるかが鍵となる
風邪は誰でもかかるものだ。年に一度以上かかることも珍しくない。そして、風邪を完全に予防する方法はない。できることといえば、ビタミンCを摂取し、鼻をすすっている人から距離を取ることくらいだろう。
そんな中、パトリック・コリソンとジョン・コリソンの兄弟が創業した決済会社ストライプ(Stripe)が、風邪とインフルエンザの両方を予防することを目的に、新たな非営利団体の設立に5億ドル規模の資金を提供すると発表した。最終的な目標は、呼吸器系ウイルスを完全に排除することだ。
「インターセプト(Intercept)」と名付けられたこの新組織は、ワクチン接種をはじめとする予防アプローチや、学校・オフィス・その他の公共空間向けの大規模な空気清浄システムを支援するため、助成金と投資を活用する。
インターセプトの広報担当者によると、ストライプのほかに、アンソロピック(Anthropic)、フルー・ラボ(Flu Lab)、オープンAI財団(OpenAI Foundation)、ビル・ゲイツ、クオンツ(定量分析)ファンドのジェーン・ストリート・キャピタル(Jane Street Capital)の複数のトレーダーが出資者に名を連ねている。
「私たちは呼吸器感染症を些細な厄介事として扱っていますが、それが社会に与える負担を実際には大幅に過小評価していると思います」。こう語るのは、ストライプ幹部のナン・ランソホフだ。ランソホフは、ストライプに今年入社したベンチャー・キャピタリストであるチャーリー・ペティとともにこのイニシアチブを率いている。ランソホフによると、人は生涯の平均5%を風邪やインフルエンザとの闘いに費やしているという。
それにもかかわらず、製薬会社は風邪の予防にほとんど力を入れていない。米国肺協会によると、鼻水症状を引き起こすウイルスが200種類以上存在し、その中でもライノウイルスが最も一般的な原因だという。ウイルスの種類があまりにも多いため、特定の一種をワクチンで防ごうとしても、通常は採算が合わない。「製薬会社の目線で見ると、取り組める他の分野と比べて魅力的ではないのです。だから、十分なリソースが集まってこなかったのです」(ランソホフ)。
ストライプは以前、気候変動対策として炭素除去技術の開発を促進するため、「フロンティア(Frontier)」と呼ばれる18億ドルのプログラムを主導した。ランソホフは、大気中から炭素を除去することと呼吸器系ウイルスを排除することは、どちらも「技術的には可能」でありながら「商業的なインセンティブが欠如している」という点で共通していると述べる。
インターセプトの構想は、ワシントン大学の構造生物学者でワクチン設計者のデビッド・フェスラー教授とランソホフが対話を始めたことで具体化した。フェスラーは、多くのウイルスに対して同時に効果を発揮する広範な対抗手段を開発することは可能だと主張した。
「彼は私をいわゆる『ナード・スナイプ』してしまいました」とランソホフはフェスラー教授について語る(日本版注:ナード・スナイプとは、知的好奇心が強い人におもしろい問題を見せられると他のすべてを投げ出し、解決に没頭してしまうこと)。「これが技術的に可能だと彼に納得させられました。また、これまで実現されてこなかった理由の1つが、インセンティブの問題にあることも理解させてもらいました」。
フェスラー教授によると、科学者が利用できるツールキットは拡大しており、RNA医薬品、抗体、計算タンパク質設計などが含まれるという。例えば、ウイルスを捕捉するタンパク質を設計し、感染が起こる前にウイルスを捕まえるために鼻腔内にスプレーするというアイデアもある。
「ほとんどの人はこれらのウイルスを当たり前のものとして受け入れていますが、そのことが私たちに疑問を抱かせました。本当に受け入れなければならないのだろうか? と」とフェスラー教授は言う。「考えれば考えるほど、これらの問題の多くが現代の技術で取り組まれてこなかったことに気づきました」。
このプロジェクトは、新型コロナウイルス(COVID-19)との闘いから着想を得ている。フェスラー教授のグループは、ワクチン、抗ウイルス薬、抗体の迅速な開発に携わった研究グループの1つだ。
ランソホフによると、インターセプトの顧問には、FDA元高官のピーター・マークスや、米国のワクチン推進プログラム「ワープ・スピード作戦(Operation Warp Speed)」を率いた製薬業界幹部のモンセフ・スラウイが名を連ねる予定だという。
インターセプトにとっての重要な課題は、多くのウイルスに同時に対抗する方法を見つけることだ。そのため、強力な紫外線を用いてウイルスを不活化するなど、空気清浄技術への関心が高まっている。同グループによると、その発想は、自治体が水道水を家庭に届ける前に不純物を除去するのと同じように、空気中からウイルスを取り除くというものだ。
米国は国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)を通じて、年間約65億ドルをウイルス研究に充てている。しかし同機関の予算は近年増加しておらず、民間の慈善活動が入り込む余地が広がっている。
そして、ストライプのコリソン兄弟はウイルス研究における最も信頼できる慈善家の一角となっている。新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、研究室を支援するため、「緊急助成金」を提供した後、他の寄付者とともに6億5000万ドルを拠出し、カリフォルニア州パロアルトにアーク研究所(Arc Institute)を設立した。同研究所は生物学研究向けのAIモデルを開発している。
「ウイルスの多様性はあまりにも大きく、手に負えないように見えるため、誰も挑戦しようとしません」とフェスラー教授は言う。「現状を受け入れず、新しいことに挑戦しようとしている科学者を支援する人が現れたことをうれしく思います」。
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- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
