KADOKAWA Technology Review
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米国防省が脳モデム開発に投資、「電脳化」実現へ前進
Mina Hanna and Abdul Obaid | Stanford University
U.S. to Fund Advanced Brain-Computer Interfaces

米国防省が脳モデム開発に投資、「電脳化」実現へ前進

攻殻機動隊の「電脳化」のような技術の実現を目指す動きが加速している。脳コンピューター・インタフェースを実現するには、多数の神経細胞からの信号を記録することが欠かせない。米国の民間企業が、米国防総省の資金提供を受けて、100万個の神経細胞と双方向に信号をやり取りする技術の開発に着手した。 by Adam Piore2017.08.23

カリフォルニア州サンホセに本社を置く小さな企業、パラドロミクス(Paradromics Inc.)のマット・アングルCEO(最高経営責任者)は、長年にわたって、神経科学の最も困難な課題の1つを解く鍵は、モルドバの小国で発明された1960年代のテクノロジーにあると主張してきた。これまで、アングルCEOの考えは風変りだと考えられていた。

しかし、アングルのアプローチを退けることはかなり難しくなってきた。2017年7月10日、米国国防総省(Department of Defense:DoD)は、人間の脳内の100万個の神経細胞からの信号を同時に記録できるテクノロジーの開発に6500万ドルを投じることを発表。6つのコンソーシアムのうちの1つを主導する組織としてパラドロミクスを選んだのだ。

失われた感覚を回復することをはじめ、人間の脳とコンピューターの間にシームレスな高スループットのデータ接続を実現するには、多数の神経細胞からの信号を記録することが不可欠だ。

脳とコンピューターのシームレスな接続については、最近のニュースでもよく取り上げられている。2017年4月、電気自動車とロケットの起業家として知られるイーロン・マスクは、脳コンピューター・インターフェイスを開発している企業ニューラリンク(Neuralink)を支援していることを発表したフェイスブックも、声を出さずに電子メールや投稿を作成できるように、考えたことをテキストに変換するデバイスの開発に着手したとしている。

2つの発表は世界中でニュースになったが、疑念も湧いている。マスクも、フェイスブックも、どのようにして成果を出すのかを公表していないのだ(「イーロン・マスクとフェイスブックはテレパシーを実現できるか?」を参照)。

今回、アメリカ国防先端研究計画局(DARPA)が資金提供する連邦政府の契約では、最先端テクノロジーにより「脳モデム」を本当に実現できるかどうかについての洞察を提供する。契約には、脳に被せられる柔軟な電子回路、砂粒のような大きさの無線機器「ニューログレイン」、一度に何千もの神経細胞を観察できるホログラフィック顕微鏡の開発が含まれている。他の2つのプロジェクトでは、脳の視覚野を覆う発光ダイオードを用いた視力回復を目指している。

Brain-computer interfaces convey information out of the brain using electronics. Here, a close-up shows how miniature wires are bonded together to create an electrical contact. This is the end that stays outside the brain.
脳コンピューター・インターフェイスは、電子を使用して脳から情報を伝達する。この拡大図は、脳外にある端点で、ミニチュアのワイヤーをどのように結合して電気接点を形成しているかを示すものだ。
Mina Hanna and Abdul Obaid | Stanford University

パラドロミクスへの助成金は1800万ドルにのぼるが、膨大な要件リストが付属している。インプラント(埋め込む器具)は5セント硬貨程のサイズで、100万個の神経細胞からの信号を記録し、しかも脳に信号を送り返さなければならない。

「私たちは、最も効果的な着地点を見い出そうとしてきました。そしてようやく、先端技術を用いて一度にできるだけ多くの情報を取り出すことと、実装からさほど遠くないことの兼ね合いを見つけたと考えています」と、アングルCEOはいう。

1世紀前、科学者たちは、金属電極を使って1つの神経細胞の電気的なざわめきを聞くことを学んだ。それ以来、生きた人間の脳の中の全部で約800億個の神経細胞のうち、数百の神経細胞からの信号を同時に記録するのに成功しただけだ。

32才のアングルCEOは、大学院生のときに問題に遭遇したという。鼻の後ろに位置する脳の一部である嗅球に臭いが現れる様子を研究したかったが、一度に一握りの神経細胞からの信号しか記録できなかったので行き詰ってしまった。

その時、アングルCEOの大学時代の旧友の父親であるハワード大学の教授が、あまり知られていないモルドバの会社の話をした。熱い金属を引き伸ばして厚さ20ミクロンの非常に細い絶縁線のコイルを大量生産する方法を開発した会社だ。

手法自体は、光ファイバーのより線を作るのと似ており、アンテナを作成したり、宿泊客による盗難を防ぐためにホテルのタオルに縫い込める電磁ワイヤーを作るのに使われている。しかし、アングルCEOと、共同研究者であるフランシス・クリック研究所(Francis Crick Institute)のアンドレアス・シェーファー博士、スタンフォード大学のニック・メロッシュ准教授は、これらの材料を使えば、多数の脳細胞と同時に接触できる電気接点が作れると気づいた。

現在、アングルCEOのチームは、多量のワイヤーを注文し、1万本分の太さのコードに束ねているという。束ねたワイヤーの一端を鋭くし、針のように脳に入り込むブラシ状の表面を作り出すのだ。アングルCEOは、ワイヤーの太さは、脳に押し込まれたときに曲がらない程度に強いが、脳にあまり損傷を引き起こさないように十分に細く調整されていると語る。

ワイヤーのもう一端は、まとめて接着され、磨かれた後に、ランダムな間隔でおかれた数万個の「ランディング・パッド」を持つマイクロプロセッサに押し付けられる。ランディング・パッドの中にはワイヤーに結合されているものもある。これらのパッドが、ワイヤーを介して脳から伝達された電気信号を検出し、集計・分析できるようにする。非常に多くのワイヤーを「コネクタ接続」することが障壁となって、こうした考えがこれまで日の目を見なかったのだとアングルCEOはいう。

パラドロミクスのゆくゆくの目標は、脳の言語中枢への高密度接続を実現して、人が何を言おうとしているかを探れるようにすることだ。しかし、パラドロミクスの技術がうまく行けば、神経科学者の可能性も大きく拡大する。大規模な神経細胞が複雑な行動を起こしたり、感覚の刺激を合わせたり、さらには、意識そのものを創り出す様子さえも聞き取れるようになるだろう。

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