ジャーナリストは
失われた写真の力を
VRで取り戻せるか
このVR作品が見せる物語には偏りがない。偏ることなく現実に向き合うとする。過去に戦争写真が持っていた世界に与える影響力と劇的な情報伝達能力をVRを使って取り戻そうと、あるフォトジャーナリストによる先駆的な挑戦が始まった。 by Wade Roush2018.01.25
格子状の天窓から差し込む太陽の光がギャラリーの板張りの床にチェッカー盤を描く。見上げると、細長い雲が頭上を横切っていくのが見える。数枚の大きな写真がギャラリーの壁に掛けられている。戦争で破壊された風景や、戦場で戦う男たちの写真だ。
後ろで足音がしたので振り返ると、2つの人影が部屋に入ってきて写真の前に陣取るのが見えた。2人は写真の男たちだった。
背の低い方はルワンダ解放民主軍 (FDLR)に入隊したジャン・デ・デューという子どもの兵士だとナレーションが説明する。FDLRとは、コンゴ民主共和国東部地域を活動の拠点としたフツ(アフリカ中央部のルワンダとブルンジに居住する3つの民族=フツ、ツチ、トゥワ=の中で最も大きな集団)によるルワンダの反政府武装勢力である。もう1人は、ルワンダの支配階級であるツチと連合するコンゴ軍の軍曹、ペイシェントだ。
もちろん、2人が3Dスキャンとコンピューター・グラフィックスで再現されたバーチャルキャラクターなのはわかっている。だが、今までゲームや映画の世界で見てきたどんなキャラクターよりも生き生きとして、驚くほど本物そっくりだ。
少し疲れて悲しそうな顔をしたジャン・デ・デューに近づくと、会話が始まった。ナレーターが質問する。
「あなたの敵は誰ですか?」「あなたにとって暴力とは何ですか?」「敵が残酷になるのはどんなときですか?」
ジャンがためらいながら弱い口調で答える。ジャンの話しはこうだ。11歳で強制的に難民キャンプに連れてこられ、コンゴ人民兵に両親が殺されるのを目撃した。飛び散る両親の脳みそを体に浴びたという。もちろん、ジャンはツチを憎んでいるだろう。なぜならコンゴ軍はツチと手を組んでいるからだ。
次に、ナレーターがペイシェントに質問する。ペイシェントが答える。コンゴ軍はFDLRを追跡しているという。なぜなら、FDLRの兵士はコンゴ人に対する窃盗やレイプ、殺人に関与しているからだ。「あの子に人間の価値なんてありません。考え方を変えられないのです」と、ペイシェントは敵であるFDLR兵士を軽蔑していう。「反乱軍の一員として野蛮人のように森の中で過ごしたいのです。森の中に住むなんて獣だけですよ」。
だが、ペイシェントにもジャン・デ・デューにもナレーターに話す他の話題がある。本当は近所の人たちや家族とただ平和に暮らしたいだけなのだ、と。さらに3つほど先へ部屋を進むと、別の戦闘員に出会う。エルサルバドルのギャング、イスラエルの予備兵とガザのパレスチナ人戦闘員だ。彼らの話しの中には共通した望みが見え隠れしているのがわかった。それぞれに異なるストーリーやトラウマがあり、それぞれが個別の忠誠心を持っている。だが、夢は同じだ。ガザのアブー・ハーリドは、イスラエルによる占領で23人の家族を失ったが、今でもこの地区に「平和と相互理解」が訪れることを期待しているという。
40分が過ぎると、スタートレックの転送装置に似た場所に導かれた。アシスタントにオキュラス・リフト(Oculus Rift)のVRゴーグルとリュックを取るのを手伝ってもらうと、MIT美術館の1階へと戻る。ここでは、このVRを使った展示『The Enemy(敵)』が2017年秋から米国で初めて公開されている。
この展示(「経験」と呼んだ方がふさわしいかもしれない)は、ベルギー系チュニジア人のフォトジャーナリスト、カリーム・ベン・ハリーファによって作られた。ハリーファは、兵士と面談し映像を撮影すると、MIT(マサチューセッツ工科大学)のフォックス・ハレル教授(デジタルメディアおよび人工知能)とフランス人のカメラ・ルシーダ、フランステレビのヌーヴェル・エクリチュールとエミッシブとともに、バーチャルギャラリーで兵士たちに息を吹き込んだ。
『The Enemy』が画期的だったのは、シミュレーションスペースを非常に広く取っている点だ。MIT美術館が約280平方メートルの障害物のないスペースを用意したため、オキュラスVRを装着した観客が15名までなら自由にバーチャルワールドを歩き回れる。バーチャルキャラクターたちの忠誠心とその動きも印象的だ。あごには無精ひげが生え、腕や体にはタトゥーが入っている。視標追跡センサーを使い、キャラクターたちの目線が観客の目線と合うため、兵士たちが直接話しかけてくるかのような錯覚に陥る。ジャンやペイシェント、アブーたち戦闘員と直接話したつもりになり、気持ちのつながりを感じるため、これがVR技術だと忘れてしまうほどだ。
まさにこれがベン・ハリーファ …
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