KADOKAWA Technology Review
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「人類を守る」ための技術
ハーバード大が精子の
遺伝子編集を進める理由
Doc. RNDr. Josef Reischig, CSc. | Wikimedia Commons
カバーストーリー Insider Online限定
Despite CRISPR baby controversy, Harvard University will begin gene-editing sperm

「人類を守る」ための技術
ハーバード大が精子の
遺伝子編集を進める理由

中国の科学者が遺伝子編集した赤ちゃんを誕生させたことへの猛烈な批判が巻き起こる中、ハーバード大学の研究者は今後数週間以内に、精子の遺伝子編集の実験を始める予定だという。将来の疾患に対する防御技術であり、ひいては種としての人類を守る技術だというのがその主張だ。 by Antonio Regalado2018.12.10

中国で実施されたある実験により、HIVから身を守るために遺伝子を改変された双子の女児が誕生した。この実験をめぐって激しい論争が起こっているいま、知っておきたい話がある。米国でもまた、次世代のヒトを改良するための研究が始まろうとしているのだ。

実際、ハーバード大学で、その研究が今まさに始まろうとしている。

ハーバード大学幹細胞研究所(Stem Cell Institute)に所属し、IVF(体外受精)を専門とする医師・科学者のヴェルナー・ノイハウサー博士は、精子の中のDNAコードを変えるために、遺伝子編集ツールのクリスパー(CRISPR)を使い始めることを計画している。将来アルツハイマー病を発症するリスクを非常に低く抑えたIVFベビーを作れるかどうかを示すのが目的だ。

誤解のないように書いておくと、この研究にはヒト胚は使わない。少なくともいまのところは、赤ちゃんを作ろうとする試みではないということだ。研究チームはその代わりに、米国内の不妊治療クリニックによるネットワークである「ボストンIVF(Boston IVF)」から集めた精子を使い、その中にあるDNAを改変する実験をしている。研究は非常に基礎的なもので、まだ論文も発表されていない。

とはいえ、その目的からすると、今回のプロジェクトは中国で実施された実験と似ている。そして、同じような根本的な疑問を提示する。社会は、疾患を防ぐために遺伝子を編集した子どもを欲しがるのだろうか?

CRISPRベビーの件が明らかになった11月25日以来、医療機関や専門家らは、責任者である中国の科学者、南方科技大学の賀建奎(フー・ジェンクイ)准教授を激しく非難している。現在は中断されているその実験は、へ准教授が研究倫理に反した、人を騙すような形で実施したもので、生まれてくる子どもたちを危険にさらしているかもしれない証拠が出されている。中国科学技術省の徐南平(ク・ナンピン)次官は、賀准教授の研究が「道徳倫理の一線を超えるものであり、衝撃的で許容しかねるものだ」と述べている。

だが、こうした非難の渦中で、この分野の主な専門家たちが主張してきたことは容易に見過ごされてしまった。遺伝する性質を変えるテクノロジーは実際に存在する。このテクノロジーは非常に速いスピードで改良されていて、安全性も高まり、子どもを作るためのより幅広い研究への使用はまもなく正当化される可能性がある。

これが、香港で開催された遺伝子編集サミットにおいて、11月28日に、ハーバード大学医科大学院のジョージ・デイリー学部長が出したメッセージであった。デイリー学部長は、賀准教授がドラマチックに壇上に姿を現す直前に、このメッセージを発した(映像の1:15:30を参照)。

ハーバード大学の医師であり、幹細胞の研究者であるデイリー学部長は賀准教授を非難する代わりに、中国での動きは正しい方向性に基づいていながら誤った行動をとっていると述べて、聴衆の一部を驚かせた(映像参照)。「初めてヒトの生殖系列細胞の編集が可能になったという事実が、道を踏み外した行動として発表されました。この事実から、私たちは決して目を背けてはなりません。臨床的利用への移行に向けて、実際にはどのような道筋を取るべきか、その概要を考え始める時が来ているのです」とデイリー学部長は述べた。

生殖系列細胞を編集するという言葉でデイリー学部長が示しているのは、精子、卵子、あるいは胚といったものを編集するということだ。生殖系列細胞のDNAを改変すれば、その変化は未来の世代へと受け継がれる可能性がある。生殖系列細胞の編集を禁止するよう求める声もある中で、デイリー学部長を含む遺伝子編集サミットの首脳部はこの実験を擁護している。彼らの最終的な声明は、IVFのペトリ皿上でヒトの遺伝子を組み替えるという、大胆で問題の多い医学プロジェクトは前に進むべきだということなのだ。

「生殖系列細胞の編集が、素晴らしい医学的用途を実現する力を持つ、革新的な科学テクノロジーであることは絶対的に明らかです」(デイリー学部長)。

ハーバード大学のプロジェクト

生殖系列細胞の編集は未来の子どもたち …

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