KADOKAWA Technology Review
×
研究室育ちの「培養肉」が食卓に届く日はやってくるか?
Alamy
Will lab-grown meat reach our plates?

研究室育ちの「培養肉」が食卓に届く日はやってくるか?

人工的に培養した代替肉の研究が世界中で進んでいる。ただ、解決の目処が立っていない課題は少なくない上に、人工培養肉が消費者に受け入れられるかどうかも疑問だ。 by Jessica Hamzelou2022.11.04

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

人工培養肉を食べたいと思うか?多くの企業が、タンク内で筋細胞や脂肪細胞を培養して作った食肉製品の生産に着手している。最新の集計によると、その数はおよそ80社。人工培養肉への期待は大きい。しかし、これらの企業がその期待を満たすことができるかどうかは、まったく別の問題だ。

この数週間、気になっていたことだ。その理由はいくつかある。MITテクノロジーレビューが最近開催したイベント「ClimateTech(クライメートテック)」で、同僚のジェームス・テンプルがインポッシブル・フーズのパット・ブラウン最高経営責任者(CEO)にインタビューした。インポッシブル・フーズは本物の肉に非常によく似た植物由来の代替肉を製造している。最も有名なのは「血の滴る」バーガーだ。細胞培養で作られる肉についてどう思うか?という質問に対して、ブラウンCEOはこう答えた。「競争相手とは思っていません」。

また、数週間前には、学術誌ネイチャー・フード(Nature Food)に掲載されていた、培養肉の賛否両論を詳しく調査した一連の論文を読んでいた。

私が肉の代替品について考えているもう1つの理由として、感謝祭やクリスマスのシーズンが近づいていることがある。肉を食べない者として、我が家の味にうるさい子どもたちや肉好きの父を含むすべての人が楽しめる代替品を考え出すことが私の仕事だ。インポッシブル・フーズ(不可能な食べ物)とはまさにこのことだ。

培養肉の話に戻ろう。バイオ・リアクターで肉を培養することが、理論上、素晴らしいアイデアである理由は数多くある。まず第一に、残忍で非人道的な集約的畜産を減らすことができる。窮屈な環境で動物を飼育すると、病気が蔓延する絶好の条件が整ってしまい、人間にも感染してしまう。

そして、そのような病気の発生を回避するために抗生物質を使用することも、非常に問題だ。人間の感染症治療に使われる抗生物質の約70パーセントが、家畜にも使われていると言われている。そして、家畜に抗生物質を使用した結果、抗生物質に耐性を持つようになった微生物が作物、土壌、河川、そして人の中に入り込み、治療不可能で致命的な病気を引き起こす可能性がある。たとえば、2019年には少なくとも120万人が抗生物質に耐性を示す感染症で死亡している

食肉の生産プロセスも、環境にひどい影響を与える。畜産業は、温室効果ガス排出量全体のかなりの部分を占めている。地球上の居住可能な土地の3分の1以上が、動物の飼育に使用されている。その土地は、二酸化炭素を吸収する森や林だったかもしれない。農業のために森林が破壊されると、多くの生物種(その多くは絶滅危惧種)が住む場所を失う可能性がある。その結果、生物多様性が損なわれることもある。

シンプルな解決策はもちろん、私たちの食事から肉や動物性食品全般を減らすことだ。しかし、植物由来の代替肉が急成長しているとはいえ、多くの人々にとって美味しい選択肢ではない。米国、欧州、オーストラリアの研究によると、食肉が環境に与える影響について知っていても、進んで肉食をやめようとする人はごく少数に過ぎない。そこで、注目されるのが「培養肉」だ。培養肉は、動物由来の肉製品を提供するための、残酷でない、持続可能な方法である。少なくとも、そう期待されている。

残念ながら、それほど単純な話ではない。まず、動物細胞を培養して、ハンバーガーやステーキ、ナゲットに似たものを作ることは決して安上がりではない。2013年に研究室で作られた最初のハンバーガーにかかった費用は、約33万ドルだった。それ以来、価格は低下しているが、現在入手可能なファーストフードと競合できるレベルではない。昨年発表された分析結果によると、既存のテクノロジーを使って価格競争力のある製品を開発することは不可能だという。

バイオ・リアクターで培養された肉が食卓に届く前に、規制当局の認可を受ける必要がある。数年前、シンガポールの規制当局は、カリフォルニア州に本拠を置くイート・ジャスト(Eat Just)が開発した培養肉のチキンナゲットを認可した。しかし、他の国で承認されるのはまだまだ先のことだと多くの人は考えている。

この2つのハードルを乗り越えて、安価な培養肉製品を市場に送り出したと仮定する。果たして、それを食べる人はいるのだろうか? 個人的には、培養肉には魅力を感じない。私は人生の大半を肉類を避けて生きてきたし、たとえバイオ・リアクターで培養されたものであっても、動物の筋繊維を食べるという発想に我慢がならないのだ。しかし、私のような人は培養肉市場のターゲットではない。私にとっては結局のところ、レンズ豆の方が研究室で作られた培養肉よりも安く、健康的で、持続可能な選択肢であることに変わらない。最初の培養肉バーガーの開発を率いたマーク・ポストは、次のように述べている。「率直に言って、ベジタリアンはベジタリアンのままでいるべきで、その方が培養牛肉よりも環境に良いのです」。

培養肉は、筋金入りの肉食者の心を変えることを目的としている。問題の1つは、肉を食べる人の多くは、おそらく健康のためにも食べる肉の量を減らすべきであり、培養肉が本物の肉よりも健康的であるという明確な理由は1つもないことだ。技術的に脂肪を取り除くこともできるが、そうすると肉っぽさがなくなる。それは目的に反する。

もう1つの問題は、単純に多くの人が肉を食べるのをやめたいと思わないことだ。2016年の米国での調査によると、約3分の1の人が、「おそらく」または「確実に」畜産肉をあきらめて、研究室で育てられた培養肉を購入する意思があると答えている。しかし、約3分の1の人はそうしないと答えた。多くの人は、培養肉の方が味が悪く、魅力がなく、高価になると思い込んでいた。

培養肉を試した人がほとんどいないことを考えると、培養肉がどれほどおいしいかどうかについて結論を出すのは時期尚早だ。もしかしたら状況は変わらないかもしれない。近い将来、培養された七面鳥肉が祝日の夕食の食卓に並ぶとは思えない。

培養肉についてもっと読む

自他共に認める食通で肉好きの同僚、ニアル・ファースは、研究室で培養されたステーキの開発競争について2019年に記事を書いている

2020年にはシンガポールで培養肉のチキンナゲットが承認されたことについても取り上げた

その後の別の記事では、コストを抑えるために、培養肉と植物性の原料がブレンドされるようになる可能性についても追求した

インポッシブル・フーズは、最近開催されたイベント「ClimateTech」でブラウンCEOが明らかにしたように、植物由来の「かなりおいしい」フィレステーキを開発中だ。

世界の食肉消費量は新記録を樹立する勢いだが、畜産が環境に与える影響を軽減する方法はある、とダン・ブロースタイン=レジョとアレックス・スミスは昨年書いている

人気の記事ランキング
  1. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  2. Hydrogen could be used for nearly everything. It probably shouldn’t be.  水素は万能か? 脱炭素のための現実的な利用法
  3. Job titles of the future: AI prompt engineer 未来の職種:LLMを操る「プロンプト・エンジニア」は生き残るか
ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  2. Hydrogen could be used for nearly everything. It probably shouldn’t be.  水素は万能か? 脱炭素のための現実的な利用法
  3. Job titles of the future: AI prompt engineer 未来の職種:LLMを操る「プロンプト・エンジニア」は生き残るか
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る