あなたが食べたいのは
代替肉?それとも培養肉?
次世代「肉」競争の行方
大量の温室効果ガスを排出し、多くの土地と水の消費を伴う食肉産業はいま、大きな変革期を迎えている。植物由来の「代替肉」や、細胞農業技術で作られた「培養肉」は、本物の肉に取って代わるのだろうか? by Niall Firth2019.07.09
2013年、とある華やかな記者会見で、世界初の「人工肉ハンバーガー」の試食が行なわれた。このハンバーガーのパテは、研究室で生産された肉からできており、バターで調理されたものだった。このハンバーガーを作るには21万5000ポンド(当時の為替で33万ドル)もの大金がかかり、マスコミでも騒がれたが、試食した人たちの反応はイマイチだった。ある料理評論家は、「肉に近い味ですが、旨味が足りません」とコメントした。
- この記事はマガジン「SDGs Issue」に収録されています。 マガジンの紹介
それでも、グーグルの共同設立者であるセルゲイ・ブリンが資金提供したこのハンバーガーは、動物を殺さずにゼロから食用肉を生産する「細胞農業」技術の最初の応用例だ。細胞農業で作られる肉は「培養肉」と呼ばれ、動物から採取された一握りの細胞をもとに作られた筋肉組織である。採取された細胞は、バイオ・リアクターの中の足場に付着し、特別な培養液を栄養源にしながら育つ。
あれから5年ほど経った現在、世界中のスタートアップ企業が、従来の肉と同じおいしさ、同じ価格の培養肉を作ろうと競争している。
それぞれのスタートアップ企業はすでに理想を現実にしつつある。植物由来の原料を組み合わせて肉の味と食感を再現する「代替肉」は、すでに市場に出回っている。この分野で最も有名な企業は、インポッシブル・フーズ(Impossible Foods)だ。インポッシブル・フーズが提供する代替肉は、米国およびアジアの5,000以上のレストランやファストフード店で使用されており、2019年の後半にはスーパーマーケットでも販売されるはずだ。100人以上の科学者とエンジニアで構成されるインポッシブル・フーズの研究チームは、本物の肉が調理されたときに出てくる揮発性分子を特定するために、ガスクロマトグラフィーや質量分析などの技術を用いている。
代替肉の配合の鍵となるのは、酸素を運搬する分子である「ヘム」だ。ヘムには鉄が含まれており、肉の赤色と金属的な匂いの原因となっている。インポッシブル・フーズは、肉の代わりに、遺伝子組み換えをした酵母を使って、ある植物の根に見られるヘムの一種を作り出している。
インポッシブル・フーズには競合となる企業がいくつかある。特に、ビヨンド・ミート(Beyond Meat)は、ひき肉を再現するために材料の一部にエンドウ豆のタンパク質を使っている。ビヨンド・ミートの代替肉は、英国のテスコ(Tesco)や米国のホール・フーズ(Whole Foods)などのスーパーマーケットチェーンにて、本物の肉や鶏肉と並んで販売されている。2019年1月半ば、インポッシブル・フーズとビヨンド・ミートは共に、改良された新バージョンのハンバーガーを発表した。
一方で、培養肉のスタートアップ企業はいずれも、商品の販売予定を発表していない。しかし、市販されるようになれば(早ければ2019年末だと言う人もいる)、培養肉は従来の食肉産業を激変させるかもしれない。
「培養肉のタンパク質は、風味や栄養、生産性において、植物性タンパク質を超えられると考えています」。細胞農業研究に資金提供をした非営利組織ニュー・ハーヴェスト(New Harvest)のイーシャ・ダタール事務局長だ。細胞生物学者でありMITメディアラボの特別研究員でもあるダタール事務局長は、植物由来の代替肉よりも培養肉のほうが、栄養面や機能面で本物の肉に近づくだろうと考えている。(筆者のような)食肉愛好家でも、本物の肉を食べるのをやめることに抵抗を感じずに済むかもしれない。
世界的なリスク
なぜ培養肉が必要なのか?と、あなたは疑問に思うかもしれない。その答えは、現在の食肉習慣が、文字通りの意味で持続不可能だからだ。
食用の家畜はすでに、世界の温室効果ガスの約15パーセントを排出している(聞いたことがあるかもしれないが、もし世界中の牛を1つの国家だとみなせば、世界第3位の排出国となる)。地球上の不凍地の4分の1は家畜の放牧のために、全耕作地の3分の1は家畜用飼料を育てるために、それぞれ使われている。人口増加も事態を悪化させている。2050年までに、人口が100億人を超え、人類は現在より70パーセントも多くの肉を食べることになると予想されている。食品生産から排出される温室効果ガスは、現在よりも約92パーセントも増える見込みだ。
2019年1月に、37人の科学者からなる委員会がランセット誌(The Lancet)にて発表したレポートによれば、肉が環境だけでなく私たちの健康にも与えている害は「人類と地球にとってのグローバルリスク」だという。2018年10月のネイチャー誌(Nature)の論文では、地球の天然資源を取り返しのつかないところまで破壊しないためには、私たちの食事を大きく変えなければならないと報告されている。
「もっと植物中心の食事に変えない限り、気候変動が危険なレベルに達することは避けられません」。環境持続可能性の研究者で、先のネイチャー誌の筆頭著者である、オックスフォード大学のマルコ・スプリングマン博士はそう話す。
良いニュースとしては、食べ物に対する考え方を見直す人が増えていることが挙げられる。マーケティング調査企業であるニールセン(Nielsen)の最近のレポートによれば、2018年は前年よりも、動物性食品の代替となる植物性食品の売り上げが20%増加したという。肉だけでなく、温室効果ガスを排出する家畜からできた食品を食べない厳格な菜食主義(ヴィーガン)も、現在では比較的主流だと考えられている。
これは、必ずしもヴィーガンが増えたということではない。最近のギャラップ世論調査によれば、米国において自分がヴィーガンだと言う人の数は2012年以降ほとんど変化せず、わずか3パーセント程度である。それでも米国人は、完全に食肉をやめるわけではないにしろ、食べる肉の量が減っているのだ。
そして現在、訴訟へ
投資家たちは、食肉産業の変化の波が続くと考え、大金を投資している。冒頭で述べた33万ドルのハンバーガーの研究者であるマーク・ポスト教授らが共同設立したモーサ・ミート(MosaMeat)、メンフィス・ミート(Memphis Meats)、スーパーミート(Supermeat)、ジャスト(Just)、フィンレス・フーズ(Finl …
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