KADOKAWA Technology Review
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X-NIHONBASHI Global Hub 22 report

米国とは一味違う、英国の宇宙ビジネス事情とは?

日英の宇宙開発関係者、そして協業を目指すスタートアップ企業が日本橋に集う「X-NIHONBASHI Global Hub’22 日英宇宙ビジネスセミナー」が2022年12月15日、開催された。米国とは一味違う宇宙ビジネスのあり方について、関係者が意見を交わした。 by Ayano Akiyama2023.02.08

「英国の宇宙活動」はこれまでESA(欧州宇宙機関)と一体で見えていたため、英国単体の宇宙開発を意識しにくかった。2018年に国内宇宙法を整備し、人工衛星の開発や長く途絶えていた英国内からのロケット打ち上げも目指すなど、独自の活動を再始動している状況にある。

X-NIHONBASHI Global Hub’22 日英宇宙ビジネスセミナー」のインプット・セッションでは、「日英の宇宙政策と宇宙セクターエコシステム」をテーマに、英国で新たな宇宙ビジネス促進の中心となっている英国宇宙庁(UKSA)のチャーリー・ヘアー氏が紹介した。

ヘアー氏は「UKSAは衛星打ち上げ、衛星地球観測、地球低軌道の能力拡大、サステナビリティ、イノベーション、ディスカバリーなどの優先事項を設け、近く南部のコーンウォールから独自のロケットによる衛星打ち上げを開始する」と話し、活発化してきた状況を紹介した。コーンウォールからの打ち上げとは、英国の実業家リチャード・ブランソンが設立したヴァージン・オービットによる航空機からの空中発射型ロケット「ランチャーワン(LauncherOne)」によるものだ。コーンウォール宇宙港によれば、すでに機体は射場に到着しており、スコットランドのスタートアップ企業クライド・スペース(Clyde Space)が開発した海洋状況監視の超小型衛星などを搭載する予定だ。今夏の予定だった同宇宙港からのランチャーワンの初飛行は遅れているものの、2022年12月中の打ち上げを目指すと説明した(編注:2023年1月9日に打ち上げは失敗)。さらに「続いてスコットランドから垂直打ち上げを行う」(ヘアー氏)という。垂直打ち上げとは、ワンチャーワンが空中発射型のいわば「水平打ち上げ」であるのに対して、地上から垂直にロケットを打ち上げる活動を指す。英国の複数拠点で小型ロケットの活動を活発化させる方針だ。

英国が推進する宇宙ビジネス最大の拠点が、オックスフォードシャー州のハーウェルに設置された宇宙クラスターだ。もともとESAやエアバス・グループの英国内の衛星製造拠点があった場所を宇宙産業の中心地として活性化し、現在は100以上の企業と1100名規模の雇用を生んでいるという。周囲のヘルスケア産業やエネルギー産業とも連携し、今後は衛星の試験設備などを整備する。宇宙産業は開発期間が長く、基盤の弱いスタートアップには環境が厳しいこともある。そうした宇宙産業のハイリスク要素をハーウェル拠点で支援していく方向性だ。

日英宇宙スタートアップによるパネルディスカッション。登壇者は左からモデレーターでSPACETIDE(スペースタイド)の森裕和CXO、アステロイド・マイニング社の ミッチ・ハンター-スカリオンCEO、インフォステラの倉原直美CEO、アストロスケールホールディングのクリス・ブラッカビー グループCOO。

 

そのハーウェルにも拠点を持つ日英2拠点のアストロスケールをはじめ、日本と英国をつなぐ宇宙産業の関係者が「日英宇宙ビジネスの海外企業の参入機会、産学官の日英協力の可能性」をテーマにパネルディスカッションを展開した。

ロンドンに本拠を置く「アステロイド・マイニング」は、名前の通り小惑星などの宇宙資源採取を目指す企業だ。東北大学をパートナーに、5年以内に宇宙資源探査の概念実証(PoC)ミッションを実施する計画で、東北大で博士号を取得した人材がいたことで繋がりが生まれ、日英のパートナーシップができたという。

代表のミッチ・ハンター-スカリオンCEOによれば、小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星の物質採取やクレーター生成に成功したように「宇宙ロボティクスの分野では日本がリードしている」という。ただし、宇宙資源採掘は法的な裏付けが立ち上げ時期にある分野だ。法律が整っていないとビジネスがしにくいことから、2023年以降は英国の大学で宇宙法に関する取り組みをスタートさせるという。

衛星地上局サービスのインフォステラは英国にもオフィスを持ち、小型衛星開発で草分け的存在であるサリー大学ともつながりがあるという。代表の倉原直美CEOは、「英国は法規関係の人材や法律事務所が非常に多く、探しやすい」と話す。2019年には、英国衛星サービス産業の支援組織「SAカタパルト」ともパートナーシップを結んでいる。衛星通信には電波の周波数調整に関連する法的な業務がつきもので、地球低軌道(LEO)コンステレーションが増加する中で「難易度は上がっている」状況だそうだ。「英国と日本でITUの調整に関するコミュニケーションがもっと活発だとよい」と法律面での支援を期待した。

スペースデブリ除去や衛星の推進剤補給など軌道上サービスを目指すアストロスケールは、ハーウェルに拠点を持ち、日英両拠点で活動している。クリス・ブラッカビーCOOによると、宇宙ビジネスの環境として「米国は大きすぎ、軍隊との結びつきが強すぎる」と独特の参入障壁について触れた。英国は「商業宇宙活動を積極的にサポートし、資金も得やすかった」と良好なビジネス環境を紹介している。一方で、英国が加盟するESAには「ジオリターンという考え方があり、利益を地元(欧州)のサプライチェーンに還元しなくてはならない。政府が自国のセクターに利益を還元させたいという目標は理解できるが、非効率を生むことがある。財務が厳しいスタートアップがどう対応するかは難しい」といった規制にも触れた。

また、日英で協力する場合に今でも「言語の壁」が存在するという。日本語・英語の壁が技術的な誤解を生まないよう、「フルタイムの通訳者を採用して常にミーティングに入ってもらっている」とコストをかけてでも言語の壁を乗り越える努力について触れた。日英同時通訳ができ、衛星の技術用語がわかる人材はそう簡単には見つからない。アストロスケールのチーフエンジニアは、通訳者からの質問には優先的に回答するルールになっているといい、常に教育を続けて社内コミュニケーションをサポートしている。

今後3~5年の宇宙ビジネス界の見通しについて、「楽観的に見てはいるが、道のりは険しく脱落する会社もあれば、企業の統合も起きるはずだ。参入者は非常に多く、成功しているスペースXでも見通せない部分がある。スタートアップは未来を楽観的に見ていなければならないが、見通しのレベルを現実的にしておかないといけない」と語った。

衛星データの販売から資源採掘まで多彩な英国のスタートアップ企業

後半では英国の宇宙スタートアップ7社が計画中の事業についてピッチを行った。ロンドンの衛星通信企業のアーケンジェル・ライトワークス(Archangel Lightworks)は、小型衛星による光通信で海底ケーブルの障害や周波数調整など通信インフラの脆弱性解決を目指している。キューブサット向け光通信装置を開発し、ビルの屋上にフラットパネル型光通信装置(高さ1.09メートルのR2-D2程度の大きさだという)を設置して光通信回線を敷設する計画だ。

パネルディスカッションにも登場した小惑星資源採掘のアステロイド・マイニング社は、東北大学と協力して2024年までに探査ロボットを開発し、2024年以降に探査機を打ち上げる計画だ。小惑星資源採掘は、2010年代半ばに米国を中心に2、3社あったものの、ほとんど活動実績がないまま消えていった。一方で「はやぶさ2」「オサイリス・レックス(OSIRIS-Rex)」といった探査機が大きな成果を上げ、小型衛星による探査も実現しつつある。資源となる物質が存在する小惑星の発見などの課題は多いが、小惑星資源をビジネス化するには現在のほうが、状況が整ってきている可能性はある。

ブルー・スカイ・スペース(Blue Skies Space)は、衛星ベースの科学データを販売する企業だ。研究機関や大学向けの衛星データ販売には200億ドルの市場があるという。2024年には紫外線による観測衛星を打ち上げ、系外惑星の観測データなどを提供するという。

メトリア・ミッション・データ(Metrea Mission Data)は、増大する衛星で混み合う地球低軌道のモニタリングを行う企業だ。宇宙空間認識(Space Domain Awareness :SDA)と呼ばれる軌道上監視のために専用衛星を打ち上げるのではなく、既存の地球観測衛星などが持つカメラなどを軌道上監視に活用することで、低コストなモニタリングが可能になるという。またオックスフォード・スペース・システム(Oxford Space Systems)は、小型衛星向けの展開アンテナを開発製造する企業。150kg級の衛星に傘状の展開アンテナを提供でき、将来はKaバンドやQ、Vバンドなど高周波にも対応する計画だ。

サテライト・ビュー(Satellite Vu)は熱赤外の波長による地球観測衛星企業。熱赤外による人間活動の観測データは、これまで米国の地球観測衛星ランドサット(Landsat)のデータにも含まれていた。しかしランドサットでは分解能100mとかなり大掛かりな活動でなければとらえられなかったところ、サテライト・ビューは分解能を3.5mと大幅に向上させるという。最初の衛星を2023年6月ごろまでに打ち上げる計画で、1日20回の高頻度撮影や動画も撮影可能になる。都市で建築物の遮熱性能を調査するといった環境分野での応用から、核開発施設のモニタリングといった安全保障分野、サプライチェーン監視など経済活動のモニタリングも可能になり、日本では日本スペースイメージングがデータを販売する予定だ。

最後には、小型衛星開発企業として幅広い経験を持つサリー・サテライト・テクノロジー(Surrey Satellite Technology)が登場。1985年の設立以来、すでに従業員は400名を数えるといい、スタートアップの域を脱した存在だ。2025年には月通信衛星「ルナ・パスファインダー」を打ち上げる予定で、現在開発中だ。

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秋山文野 [Ayano Akiyama]日本版 寄稿者
フリーランスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経て宇宙開発中心のフリーランスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。
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