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鳥インフルエンザ、「次のパンデミック」を心配する必要はあるか?
Press Association via AP Images
We don't need to panic about a bird flu pandemic—yet

鳥インフルエンザ、「次のパンデミック」を心配する必要はあるか?

鳥インフルエンザによる被害が広がっている。鳥だけでなく、哺乳類の間でも流行し始めている。ヒトの間でも大流行が発生する可能性はあるのだろうか。 by Jessica Hamzelou2023.02.17

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

鳥インフルエンザはどの程度心配すべきものなのだろう? 次に来る致命的なパンデミックは鳥インフルエンザだと警告する人もいる。一方で、数年前のものとリスクは変わらないと言う人もいる。

ここ数カ月、ウイルスの大規模感染が鳥類に大きな影響を与えていること、そして今回の流行が過去のものに比べかなり深刻であることに否定の余地はない。鳥インフルエンザは、ネコ、キツネ、カワウソ、アザラシ、アシカなど、さまざまな哺乳類でも見つかっており、スペインのミンク飼育場でも感染が広がっているようだ。そして、少数ながら人間への感染も確認されている。

確かに懸念される事態ではある。しかし、今のところはパニックを起こす必要はない。

命にかかわる鳥インフルエンザの発生は、少なくともある程度は我々人間の責任である。鳥インフルエンザに最初にかかったのは人に飼われている家禽類だ。狭い小屋やケージに動物が詰め込まれている状態は、ウイルスが繁殖するのに理想的な環境と言える。英国リーズ大学の野生生物学者であるアラスター・ウォード准教授はこう述べる。「現在流行している系統の鳥インフルエンザは、家禽類から発生したと思って間違いないでしょう」。

しかしその後、野鳥と家禽の間をウイルスがどのように移動して広がっていくのかについては、あまりよく分かっていない。おそらくは、渡り鳥が国境を越えて移動する際に、ある地域から別の地域へとウイルスを運び、また持ち帰ってくることによって毎年拡散しているのだろう。

しかし昨年は違っていた。「流行シーズンにウイルスが急増したのではなく、長期にわたって流行がずっと続いたのです」とウォード准教授は語る。おそらくウイルスは、周囲の環境や鳥の体内をうろついていたのだろう。

これ自体、非常に衝撃的なニュースだ。何百万羽もの鳥が命を落とした。米国では、昨年の初めから5800万羽以上の鳥がウイルスに感染した。ウイルス検査で陽性となった鳥もいれば感染した群れの中の一羽だったという鳥もいる。感染した鳥の大半は商業用に飼育されている家禽類であるが、野鳥も大きな被害を受けている。準絶滅危惧種であるダルメシアン・ペリカンの例を見てみよう。2022年中に、世界のダルメシアン・ペリカンのうち10%が鳥インフルエンザ・ウイルスによって死亡した

懸念される事態はほかにもある。ウイルスは、すでにある種の変異を起こしているようで、鳥への感染力が高まっている、とウォード准教授は言う。今後出てくる株がヒトからヒトに感染するようになったらどうすればいいのだろうか。

ヒト以外の哺乳類の間での感染は、鳥ー鳥感染とヒトーヒト感染の中間段階である可能性がある。だから、先月のスペインのミンク飼育場での発生の報告は警戒警報なのだ。米国ではクマ、スカンク、アライグマ、アザラシ、ヤマネコ、アカギツネ、 英国ではキツネ、カワウソ、アザラシなど、他の多くの哺乳類も鳥インフルエンザに感染していると報告されている。

ウイルスの種と種の間の「ジャンプ 」には2つの方法がある、とウォード准教授は言う。例えば最近報告の報告によれば、感染した鳥の死骸からウイルスをもらっている哺乳類がいるようだ。鳥インフルエンザで死んだ鳥の群れの死骸は、ウォード准教授が言うように「ウイルスであふれかえっている」状態だろう。キツネがこんな鳥の死骸を食べたら、ウイルスで免疫システムがやられてしまうこともあり得る。そうなると、そのキツネは死んでしまうかもしれない。しかし、別のキツネにウイルスを感染させるとは限らない。

もう1つのタイプのジャンプは、より心配なものだ。今のところ、鳥インフルエンザがヒトに感染することはほとんどない。しかし、ウイルスは急速に変異することがある。それぞれ異なる種類のウイルス株は、お互いの遺伝子配列をやり取りすることができ、それが生き残りや拡散を促す可能性がある。新たな変異型が人間を含む哺乳類への高い感染力を獲得すれば、哺乳類から別の哺乳類へと広がっていくこともあり得るのだ。

これは憂慮すべき事態であり、次のパンデミックにつながる可能性も十分ある。ただ、このようなジャンプが起こったという決定的な証拠はまだない。

ミンク飼育場での大発生も、大量のウイルスによって個々の動物が病気になる、というよくある例の1つに過ぎないかもしれない、とウォード准教授は言う。この飼育場では、5万2000匹近くのミンクを何列にも並ぶ金属製ケージに入れて飼育していた。この地域では最近、野鳥が鳥インフルエンザで死んでいた。ウイルスがどのように農場に入り込み、どのようにミンクの間に広まったかは分かっていない。

ミンクはすべて殺処分された。この光景に既視感を感じるならそれは2020年にも数百万匹のミンクが殺されているからかもしれない。これは、新型コロナウイルスの一種がミンクの間で広がり、ヒトにも感染する可能性があることを科学者たちが発見したことを受けての殺処分だった。当時から今までの間に、私たちは何らかの教訓を得てきたはずだと思われるかもしれない。悲しいかな、そうではない。

ともかく、人間の話に戻ろう。スペインのミンク飼育場で働いていた人たちは、誰もウイルスに感染しなかったようだ。一人だけ鼻水の症状が出た人がいたが、検査の結果陰性だった。

だからといって鳥インフルエンザがヒトに感染しないわけではない。1990年代には香港で大規模な流行が発生し、その際には何百人が命を落とした。そして昨年は、自宅でアヒル20羽を飼っていた英国在住の男性や、ウイルス感染が疑われた家禽の殺処分に関わった米国在住の人物など、少数ではあるが、検査で陽性が判明した人がいた。

しかし、少なくとも人間に関しては、昨年はあまり大きな変化はなかった。鳥インフルエンザが人間の間で大流行する可能性がここ数年より高くなっていることを示す説得力のある新たな証拠はない。

この数年で私たちが何かを学んだとするなら、警戒するのに越したことはないということだ。動物の間にウイルスが広まる様子をよく観察し、ヒトへの感染を阻止するためにしっかり備えておかねばならない。しかし、今のところはパニックになる必要はない。

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振り返ってみると2000年代、科学者たちは鳥インフルエンザがどのようにヒトに感染するかを解き明かそうとしていた。2006年の記事でエミリー・シンガーが報告している。

絶えず変化するウイルスのゲノムを注意深く監視することで、我々は新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより上手く対処できた。昨年、リンダ・ノルドリングが書いたように、このような監視は今後の公衆衛生上の脅威への対処にも不可欠なものだろう。

インフルエンザ・ワクチンの製造には長い時間がかかる。だが先日お伝えしたように、インフルエンザだけでなくその他多くのウイルスへの感染も予防する次世代型mRNAワクチンは、既存のワクチンの数分の一の時間で製造できる。

動物からヒトへの感染を可能にする新たな突然変異は、いつでもどこでも起こりうる現象だ。それなのに、変異ウイルスを科学者が実験室で作っていると主張する人がいる。武漢ウイルス研究所で長年コウモリのコロナウイルスを研究してきた石正麗氏は、パンデミックの期間中にこうした批判と戦わなければならなかった。ジェーン・チウが取材している。

MITテクノロジーレビューは1956年以降、さまざまなパンデミックを取り上げてきた。どうやら当時は、 「世界の人々は恐ろしい伝染病のエピデミック(局地的な流行)に幾度となく苦しめられてきた」と書いても問題もなかったようだ。

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生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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