ストリート・ドラッグの「見えざる進化」追うNISTの追跡技術
米国立標準技術研究所(NIST)が開発した画期的な薬物検査技術は、袋を開けずに微量成分を検出し、24時間以内に結果を提供する。急速に変化するストリート・ドラッグの実態を追い、公衆衛生・法執行機関が連携して命を守る新たな情報戦が始まっている。 by Adam Bluestein2025.05.01
- この記事の3つのポイント
-
- 米国の違法薬物は常に変化しており、薬物過剰摂取による死者が多数出ている
- NISTが開発した残留物検査技術で違法薬物の成分をリアルタイムで特定可能に
- 危険な薬物の流通実態が明らかになり、公衆衛生の改善に役立っている
2021年、米国メリーランド州の保健局と州警察は危機に直面していた。同州で薬物過剰摂取による死亡事故件数が過去最高を記録しており、当局はその原因を把握できていなかった。一般的には、違法薬物の供給の変化、特に合成オピオイド「フェンタニル」の供給の変化と関係があると見られていた。フェンタニルによって、薬物過剰摂取による米国内での死亡事故は過去10年で約2倍に増え、年間10万人を超えている。
しかしメリーランド州当局は、このような変化をリアルタイムに近い形で把握する手段を持っておらず、対応は手探り状態だった。米麻薬取締局(DEA)から、取り締まり活動で押収されたドラッグの純度に関する報告はあったが、DEAのデータは詳細な情報が限られており、また、報告が返ってくるのは通常、押収から6~9カ月後だった。それまでに、実際に市中に出回っているドラッグは何度も姿を変えていた。捜査上の課題の1つは、フェンタニルの効力がヘロインの約50倍もあり、少量を吸い込んだだけでも死に至る可能性があることだった。そのため、パッケージの中のドラッグを直接扱う必要がある従来の分析手法は、かなり危険と言わざるを得なかった。
その課題解決のための答えを求め、メリーランド州当局は、米国立標準技術研究所(NIST)の科学者たちを頼った。同研究所は、さまざまな産業や医療・安全保障の分野で不可欠な測定標準を定義・維持している米国の国立計量機関である。
この研究所で、研究化学者であるエド・シスコ博士たちの研究チームが、微量の麻薬や爆発物、その他の危険物を検出するための手法を開発していた。そのような手法があれば、危険物のサンプルを収集しなければならない捜査関係者などの人々を守ることができる可能性がある。基本的に、シスコ博士の研究室は、DART(Direct Analysis in Real Time:リアルタイム直接分析)と呼ばれる質量分析技術を微調整する形で新たな検査手法を開発していた。この技術は、米運輸保安庁が利用する、手をさっと擦るだけで爆発物を検出する技術をさらに高度化したものであり、捜査現場から採取された微量の化学物質の痕跡さえも検出できる。つまり、誰も袋を開けたり、正体不明の粉末を扱ったりする必要がなくなり、袋の外側をさっと擦るだけで、検査に使用可能な残留物のサンプルが得られる可能性がある。
シスコ博士は、警察官や注射針交換施設で働くボランティアたちがそのような手法を用いることで、袋や薬物用品、または使用済みの試験紙から安全に残留薬物を採取できる可能性があることに気づいた。また、警察が検査用のドラッグを収集するのを待つ必要もなくなる。残留薬物のサンプルをメリーランド州にあるNISTの研究室に安全な方法で郵送すれば、わずか24時間ほどで検査結果を知ることができる。シスコ博士の研究室によるイノベーションのおかげで、報告書を完成させる時間が、10~30分からわずか1~2分に短縮されたためだ。この大幅な時間短縮の一部は、分析前にサンプル中の化合物を分離するという、時間のかかる手順をスキップできるようにするやり方によって可能になった …
- 人気の記事ランキング
-
- Phase two of military AI has arrived 米軍で導入進む「戦場のLLM」、未解決の3つの課題とは?
- The awakening of a “silent giant”: How Chinese AI models shocked the world 動き出した「静かな巨人」、中国発のAIモデルが世界に与えた驚き
- What is vibe coding, exactly? バイブコーディングとは何か? AIに「委ねる」プログラミング新手法
- A Google Gemini model now has a “dial” to adjust how much it reasons 推論モデルは「考えすぎ」、グーグルがGeminiに調整機能