解説:トランプ「鎮痛剤が自閉症の原因」説の科学的根拠は?
トランプ大統領が妊婦にタイレノール服用中止を求め、ワクチンと共に自閉症の原因と主張。しかし研究者らは「深い懸念」を表明し、最も厳密な研究では関連性は見出されていない。 by Cassandra Willyard2025.09.26
- この記事の3つのポイント
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- トランプ大統領が自閉症急増への対処策として妊婦のタイレノール使用中止とロイコボリン承認を発表
- 自閉症診断数増加は診断基準変更と認知度向上が主因で遺伝要因が発症リスクの大部分を占める
- 科学者らはワクチン原因説やタイレノール関連性を否定しロイコボリン治療の根拠不足を指摘
トランプ大統領は9月22日(米国時間)の記者会見で、「自閉症の急増」に対処するための措置を講じると発表した。そして、小児用ワクチンや解熱鎮痛薬「タイレノール」の有効成分であるアセトアミノフェンがその原因である可能性を指摘し、妊婦に対してタイレノールの服用を控えるよう勧告した。「タイレノールを服用しないでください」とトランプ大統領は繰り返した。「服用しないように必死に抵抗してください」。
このトランプ大統領の主張に、多くの科学者や保健当局者が当惑し、失望した。小児ワクチンが自閉症の原因であるという説はすでに何度も否定されてきた。
「非常に多くの子どもを対象とした数多くの研究によって、ワクチンが自閉症の主要な原因ではないという科学的根拠が示されてきました」。イェール大学 脳・精神健康センター(CBMH)の所長で児童心理学者のジェームズ・マクパートランド教授は述べている。
タイレノールと自閉症の関連を示唆する研究も存在するが、最も厳密な研究ではその関連性は見出されていない。
トランプ政権はまた、米国食品医薬局(FDA)が自閉症児の治療薬として「ロイコボリン」という薬を承認する方針も示した。いくつかの小規模な研究ではロイコボリンが有望である可能性が示されているが、「これはあくまで初期段階の治療研究にすぎません」と、ドレクセル大学A.J.ドレクセル自閉症研究所の心理学者マシュー・ラーナー准教授は述べている。「この薬が迅速承認に値するという証拠は現時点ではありません」。
250人以上の科学者からなる自閉症研究者連合(Coalition for Autism Researchers)は声明で、22日の記者会見は「私たちのように、自閉症の理解に生涯を捧げてきた研究者にとって、深い懸念を抱かせるものです」と述べた。
「引用されたデータは、タイレノールが自閉症の原因であり、ロイコボリンがその治療薬であるという主張を裏付けるものではありません。簡単な解決策が存在しないにもかかわらず、こうした主張は不安を煽り、誤った希望を抱かせるだけです」。
この件については、検証すべき点が数多くある。さっそく見ていこう。
自閉症は「急増」したのか?
トランプ大統領が考えているような意味での「急増」は起きていない。確かに、自閉症の有病率は1995年には約500人に1人だったのが、現在では31人に1人にまで増加している。しかし、それは主に診断方法の変化によるものだ。2013年に出版された『精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)』の最新版では、以前は別々だった5つの診断が、「自閉スペクトラム症(ASD)」という単一の診断名にまとめられた。
これによって自閉症の診断基準を満たす人が増えた。ラーナー准教授は、現在では数十年前よりも自閉症に対する認知度がはるかに高まっていることも指摘する。「自閉症に関する報道がメディアで増えています。報道機関、金融界、ビジネス界、ハリウッドには、自閉症であることを広く公表している有名人がたくさんいます」。
タイレノールは自閉症の一因か?
一部の研究では、妊娠中のアセトアミノフェン使用と子どもの自閉症との関連が見出されている。これらの研究では、研究者は妊娠中のアセトアミノフェンの使用歴について女性に質問し、アセトアミノフェンを服用した女性の子どもは、服用しなかった女性の子どもよりも自閉症を発症する可能性が高いかどうかを評価している。
こうした疫学研究はバイアスが生じやすいため、解釈が難しい。たとえば、妊娠中にアセトアミノフェンを服用する女性は、感染症、発熱、あるいは自己免疫疾患を患っている可能性がある。
「このような根底にある病状や疾患自体が、自閉症の原因となる可能性があります」と、ロンドン衛生熱帯医学大学院の疫学者イアン・ダグラスは述べている。また、自閉症の遺伝的素因が高い女性は、アセトアミノフェンを服用する可能性を高める他の疾患を抱えている可能性もある。
1回の妊娠期間中にのみアセトアミノフェンを使用した母親から生まれた兄弟姉妹を調べることで、これらの潜在的なバイアスを説明しようと試みた2つの研究がある。そのうち最大規模のものは、1995年から2019年の間にスウェーデンで生まれた約250万人の子どもを対象とした2024年の研究である。研究チームは当初、アセトアミノフェンを服用した女性の子どもに自閉症とADHDのリスクがわずかに上昇することを発見したが、兄弟姉妹の比較分析を行なったところ、その関連性は消失した。
それよりも、科学界では自閉症の主な原因は遺伝にあると長らく考えられてきた。双生児研究では、自閉症リスクの60%から90%は遺伝に起因するものであることが示されている。しかし、環境要因も何らかの影響を与えているようだ。ラーナー准教授は、「それは必ずしも環境中に存在する毒素を意味するわけではありません」と話す。実際、自閉症の最も強力な環境要因のひとつは父親の年齢である。父親が40歳を超えると、自閉症の発生率が高くなる傾向がある。
では、妊婦は念のためタイレノールを避けるべきか?
避けるべきではない。アセトアミノフェンは、妊娠中に服用しても安全とされている唯一の市販の鎮痛剤であり、女性は必要に応じて服用すべきである。米国産科婦人科学会(ACOG)は「必要に応じて、適量を、医師に相談した後に服用する場合」において、妊娠中のアセトアミノフェン使用を支持している。
「服用しないことにデメリットはありません」とトランプ大統領は記者会見で述べた。しかし、妊娠中の高熱は危険な場合がある。「妊娠中にアセトアミノフェンを使用する状況の多くは、理論上のリスクよりもはるかに危険です。妊婦と胎児に重篤な病状や死をもたらす可能性があります」。米国産科婦人科学会のスティーブン・フライシュマン会長は声明で述べた。
新しい自閉症治療法、その効果は?
「ロイコボリン」という商品名で知られるこの薬は、「フォリン酸」とも呼ばれている。葉酸と同様に、フォリン酸は葉物野菜や豆類に含まれるビタミンB群の一種である。この薬は長年、一部の抗がん剤の副作用を抑える効果や貧血の治療薬として使用されてきた。
研究者の間では数十年前から、葉酸が胎児の脳や脊髄の発達に重要な役割を果たすことが知られていた。妊娠中に十分な葉酸を摂取できない女性は、「二分脊椎」などの神経管閉鎖障害を持つ赤ちゃんを出産するリスクが高くなる。そのため、多くの食品に葉酸が添加されており、米国疾病予防管理センター(CDC)は妊婦に葉酸サプリメントの摂取を推奨している。「もしあなたが妊娠中で、妊婦用ビタミン剤を服用しているなら、すでに葉酸が含まれている可能性が高いです」とラーナー准教授は語る。
「自閉症の多くは、葉酸代謝に関連する問題によって引き起こされている」という考えについて、マクパートランド教授は、「そのような前提には確立された科学的根拠がなく、広く受け入れられているわけでもありません」と述べている。
しかし、2000年代初頭に、ドイツの研究チームは、葉酸の不足が原因で神経発達に問題が生じた少数の子どもたちを特定した。「これらの子どもたちは出生時はごく普通に生まれます」。ニューヨーク州立大学ダウンステート・ヘルスサイエンス大学の生物学者、エドワード・クアドロスは説明する。だが、1、2年後には「自閉症に非常によく似た神経学的症状を現れ始めます」。研究者がこれらの子どもたちにフォリン酸を投与したところ、特に6歳未満の子どもたちで、いくつかの症状が改善したという。
これらの子どもたちは、脊髄と脳を囲む体液中の葉酸レベルは低かったものの、血液中の葉酸レベルは正常であったため、研究者たちは、問題は血液からその体液への葉酸の輸送にあると仮定した。クアドロスらの研究は、この欠乏が自己免疫反応の結果であることを示唆している。子どもたちは葉酸の輸送を助ける受容体に対する抗体を生成し、その抗体が葉酸が血液脳関門を通過するのを妨げるのだ。しかし、高用量のフォリン酸を投与すれば、第二の輸送体が活性化され、葉酸が体内に取り込まれるようになるとクアドロスは説明する。
ロイコボリンが効果的だったという、個人的な証言や事例は豊富に存在する。しかし、これまでロイコボリンが自閉症治療薬として試験されているのは、異なる用量で異なる結果を測定した4件の小規模試験だけだ。自閉症研究者連合によると、ロイコボリンが自閉症の症状を改善できるというエビデンス(科学的根拠)は「弱い」。同連合は声明で、「ロイコボリンが自閉症に効果的かつ安全な治療薬であるかどうかを判断するには、はるかに高い水準の科学的根拠が必要になるでしょう」と述べている。
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- cassandra.willyard [Cassandra Willyard]米国版
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