フルーツ・オブ・ザ・ルーム
「実在しないロゴ」の記憶は
どこから生まれたのか?
米国人の55%が、衣料ブランド「フルーツ・オブ・ザ・ルーム」のロゴに豊饒の角が描かれていたと記憶している。しかし実際には一度も描かれたことがない。こうした「マンデラ効果」と呼ばれる集合的誤記憶はなぜ生まれるのか。「実在する」と9年間主張し続ける人、心理学者、物理学者など、徹底した取材で掘り下げてみた。 by Amelia Tait2026.01.13
- この記事の3つのポイント
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- 米国人の55%がフルーツ・オブ・ザ・ルームのロゴに豊饒の角があると記憶するマンデラ効果が注目を集めている
- 人間の記憶は本質的に誤りやすく、インターネットが集合的誤記憶の伝染を加速させている背景がある
- 信奉者は量子物理学やシミュレーション仮説で説明を試みるが、専門家は記憶の仕組み解明が課題と指摘する
イーベイ(eBay)に2128.79ドルで出品されているシャツがある。ヴェルサーチやディオールがデザインしたわけでも、世界最高級のシルクで織られているわけでもない。事実、タグには「100% cotton made in Myanmar(綿100%、ミャンマー製)」と誇らしげに記載されている。しかし、この青色のボタンダウン・シャツをこれほど高価なものにしているのは、そのすぐ下の2つ目のタグだ。
「このタグを見て、『わあ、かっこいい』って思いました」とケンタッキー州在住の再販売業者、ブルック・ハーマン(30歳)は話す。彼女はこのシャツを2024年の中古品セールで1ドルで購入した。「こんなフルーツ・オブ・ザ・ルーム(Fruit of the Loom)のタグは他に目にしたことがありません」。
簡単な質問をしよう。フルーツ・オブ・ザ・ルームのロゴに「豊饒の角(コルヌコピア)」は描かれているか?
フルーツ・オブ・ザ・ルームのTシャツや下着は何十年もの間、世界中で愛用されてきた。だが、そのロゴに茶色の豊饒の角が織り込まれているかどうかが、驚くほど論争の的になっている。調査会社ユーガブ(YouGov)が2022年に実施した世論調査では、米国人の55%がロゴに豊饒の角が「描かれている」と考え、25%は「分からない」の述べ、わずか21%が「描かれていないと確信している」と回答した。答えは、3つ目の「描かれていない」が正しい。ユーガブの2023年に投稿された記事によると、フルーツ・オブ・ザ・ルームのロゴには豊饒の角は含まれていない。ファクトチェック・サイトの「スノープス(Snopes)」」によれば、過去に一度も描かれたことはない(MITテクノロジーレビューはフルーツ・オブ・ザ・ルームにコメントを求めたが、回答は得られなかった)。
インターネット・ミームを通じてこの事実に出会い、思わず息を呑んだり、肩をすくめたり、戸惑ったりしたことがあるかもしれない。この現象には名前が付けられている。かつてロゴに豊饒の角が描かれていたと信じる人たちは、集合的誤記憶とも呼ばれる「マンデラ効果」を経験している。ネルソン・マンデラが獄中死したと多くの人が記憶違いをしたことに由来する命名だ。私が2016年に書いた実在しない映画を取り上げた『ニュー・ステーツマン(New Statesman)』の記事が爆発的に拡散したことで、結果として、私はこの現象を世に広める片棒を担ぐことになった。この記事が公開されてから、マンデラ効果は今や誰もが知る一般的な言葉になっている。長寿バラエティ番組の『サタデー・ナイト・ライブ』からSFオムニバスドラマの 『ブラックミラー』、『X-ファイル』まで、さまざまなテレビ番組がマンデラ効果を取り上げた。
しかし、茶色の角を記憶しているかどうか、ダース・ベイダーが「ルーク、私がお前の父親だ」と語ったと誤って記憶しているかどうか、人気の子ども向け書籍シリーズの綴りが「The Berenstein Bears(正しくはThe Berenstain Bears)」であると信じているかどうかには関係なく、おそらくあなたはその先へと人生の歩みを進めていることだろう。「マンデラ効果」のグーグル検索数は2016年のピークから急落しており、冒頭のハーマンが2024年に掲載したあのシャツへの入札はまだゼロだ。少なくとも彼女の眼にはタグに豊饒の角が描かれているだが……。「誰からも何のオファーもありませんし、誰かが何かを言ってくることもありません」と彼女は述べた。「私には、ちょっとおかしく思えます」。
確認できない信念を手放すのは簡単だと多くの人が考える一方、ほぼこの10年間、答えと正当性を求め続けてきた人たちもいる。マンデラ効果のサブレディット(レディット=Redditのコミュニティ)は毎週17万人以上が訪れ、1日あたり1000件以上のコメントが書き込まれている。コメント投稿者のかなりの割合が懐疑的な人たちだが、それ以上に多くの人たちが熱心な信奉者である。人間の記憶は誤りやすいという広く通用する説明に満足せず、代わりの真実が何であるにしても、真実を明らかにすることに時間を費やしている。
「9年前に(豊穣の角があった)と主張し始めて以来、家族から少し疎んじられています」と、マサチューセッツ州在住のフルーツ・オブ・ザ・ルームの真実追究者は話す。彼はAJと呼ばれることを希望するAJ・ブーラス(51歳)だ。「たとえ私が最後の1人になっても、この現象がよくある中途半端なまま忘れ去られてしまうのは、どうしても納得できないのです」 。
ネットには、比較的単純な陰謀論を信じる人たちがいる。彼らはフルーツ・オブ・ザ・ルームが顧客を「ガスライティング(心理的な操作を加えることで現実認識を狂わせる心理的虐待の一種)」していること、かつてはタグに豊饒の角が描かれていたことを認めさせようとしているのだ。答えは量子物理学にあると推測する人たちもいる。天体物理学者ニール・ドグラース・タイソンが語ったように、私たちがシミュレーションの中に生きている「可能性が五分五分より高い」のであれば、ある種の不具合、遅延、ソフトウェア更新の失敗が起こり、一部の人たちが他の人たちとは異なる世界(パラレルワールド)を見て記憶している可能性があるのではないだろうか。
「科学界はこの問題(マンデラ効果)を真剣に調べていません。調べた場合でも、常に記憶の問題という枠組みにはめ込みます」とAJは言う。「これが大きな障壁となり、前に進むことができません」。だからこそ、彼はこの現象の研究に「夢中」になってしまったという。「これは正当性を勝ち取るための個人的な探求なんです」。
AJのようなこれらの信奉者を信じる人はいるだろうか? フルーツ・オブ・ザ・ルームのロゴにかつて豊饒の角が描かれていたと考える人たちには選択肢が2つある。自分の記憶が間違っていることを受け入れるか、世界の方が間違っていると考えるかである。一部の人たちが簡単な説明で満足し、他の人たちがより複雑な説明を追い求めることにこだわる理由は何だろうか?
「知覚と記憶の架け橋」
記憶と現実が矛盾するときほど当惑することはない。結局のところ、現実(少なくとも、自分にとっての現実)が、自分の記憶ではないとしたら、それは一体何だろうか? だからこそ、自分が反論の余地なく正しいという具体的な証拠を見つけると、大いに満足するケースがある。例えば、ここに父親が2009年にフロリダ旅行に確かに参加していた証拠となる古い写真があるから、父親が旅行に行っていないと主張する妹は愚かで間違っている。
マンデラ効果のコミュニティでは、世界がかつて異なっていたことを示す証拠を「残留物」と呼んでいる。フルーツ・オブ・ザ・ルームのロゴに、かつて豊饒の角が描かれていたことを示唆する残留物は大量に存在している。
2006年に公開されたアニメ映画『アントブリー』では、パロディである「フルーツ・オブ・ザ・ロイン(あなたの身から生まれるもの)」という下着のタグに豊饒の角が描かれていた。2012年の風刺コメディのTVアニメ『サウスパーク』のエピソードにも同じようなギャグがあり、「豊饒の角」という偽の衣料品ブランドが登場する。1973年にジャズフルート奏者フランク・ウェスがリリースしたアルバム『Flute of the Loom』のジャケットに、豊饒の角の形をしたフルートから果物があふれ出る様子が描かれていた。レディットのユーザーが突き止めたといわれるこのジャケットのイラストを描いたイラストレーターは、デザインのインスピレーションを衣料品のロゴから得たと話したと伝えられている。「他に何の理由があって、私が豊饒の角を使うというのでしょうか?」
その他にも、1970年代から2000年代初めにかけて数多くの新聞や雑誌の記事に豊饒の角が言及されている。1968年初演の短編劇や、1992年に出版された小説『The Brothers K(Kの兄弟)』(未邦訳)にも登場する。新たな残留物が今も発見されている。2025年4月にあるティックトック(TikTok)ユーザーが、1990年代の古い雑学クイズゲームのカードに、いろいろなブランドを当てるためのヒントが記されているとして、このゲームを共有した。「フルーツ・オブ・ザ・ルーム」のカードには、「下着」「リンゴとブドウ」という言葉に並んで、はっきりと「豊饒の角」という言葉が記されていた。
アニメーター、イラストレーター、ジャーナリスト、作家などの多くの人たちが全員同じ間違いをした理由とは何だろうか?『The Brothers K』の著者デイビット・ジェームズ・ダンカンに連絡すると、彼は間違いはないと譲らなかった。「当時所有していたフルーツ・オブ・ザ・ルームのトランクスからインスピレーションを得ました」とメールで答えた。「トランクスの描写は何も変えていません。トランクスの後ろにあるラベルには、確かにフルーツ・オブ・ザ・ルームの豊饒の角が描かれていました」。
一方、1994年の『フロリダトゥディ』の記事で豊饒の角に言及したジャーナリストのビリー・コックスに尋ねたときは、あまり自信をもっていないようだった。「豊饒の角について最初に思い浮かんだきっかけは、まったく分かりません。ええ、ゼロです。ゼロ。何もありません」と、コックスはメールで回答した。ただし、不注意な記事だった可能性を認める心の準備は整っていて、「当時、インターネットが利用できたとしても、ロゴの歴史を再確認したかどうかは疑わしいです」とも述べている。
興味深い着目点がある。豊饒の角に言及している記事のほとんどはある期間、すなわち1970年代から1990年代にかけてのものである。当時、ジャーナリストはすぐにロゴをグーグル検索することができなかった。しかし、全員がまったく同じように記憶違いをした理由は何だろうか?
シカゴ大学の心理学准教授ウィルマ・ベインブリッジは、「知覚と記憶の架け橋(the bridge between perception and memory)」と自らが命名した分野を研究している。同准教授は、2016年にマサチューセッツ工科大学(MIT)で脳認知科学の博士号を取得している。
ベインブリッジ准教授自身がマンデラ効果に初めて出会ったのはソーシャルメディアだった。彼女は米国の有名な児童書シリーズに登場する「Berenstain Bears」の正しい綴りを目の当たりにして驚嘆した(日本版注:多くの人はBerenstein Bearsと記憶していた)。2022年に視覚的なマンデラ効果に関する科学的研究を発表し、最終的に人々の記憶違いに一貫性があることを発見した。「人間の記憶は驚くほど予測可能です」と語っている。
視覚的なマンデラ効果に関する研究における実験で、ある画像についてよく知らない人たちが、よく知っていると主張する人たちと同じ誤った記憶を示すことが明らかになった。例えば、マンデラ効果の経験者たちの一部は、ボードゲームの『モノポリー』のパッケージなどに描かれている「モノポリーおじさん」が片眼鏡をかけていたと信じている。ベインブリッジ准教授の研究では、モノポリーおじさんを見せた後にこのキャラクターを描くよう求めたところ、モノポリーおじさんをよく知らない人たちであっても片眼鏡を描くことが時々見受けられた。つまり、その誤りは「再認(recognition)」ではなく「再生(recall)」に基づいていることを意味し、特定の画像には記憶の誤りを誘発する何かが内在する可能性を示している。
科学者は長年にわたって、人間の記憶が本質的に誤りやすいことを実証してきた。1996年にある心理学者が、1992年にオランダ・アムステルダム郊外で起きたエル・アル航空1862便墜落事故(ベイルマー事故)のニュース映像を見たことがあるかを質問した。尋ねられた参加者たちの60%以上が「見た」と回答した。しかし、実際には墜落事故の録画映像は存在していない。他の研究では、私たちの記憶が周囲の人々によって汚染される可能性があること、誤った記憶が伝染する可能性があることが示されている。マンデラ効果に関しては、インターネットが記憶の伝染を引き起こしてきたことはほぼ間違いない。2004〜2017年にかけて「フルーツ・オブ・ザ・ルームの豊饒の角」をグーグル検索した人は比較的少なかった。しかし、2016年にあるレディットユーザーが最初の「残留物」とされるものを指摘した後に検索数が増加した(また、2023年にこの現象に関する動画がティックトック(TikTok)に投稿されると再び急増し、現在までの再生回数は500万回を超えている)。
「信じたいから拡散させる人たちもいます」と米国人のドン(61歳)は語る。彼は2017年から、マンデラ効果のサブレディットのモデレーターを務めて …
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