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齋藤 諒:生物が持つ仕組みを人類の道具に変える遺伝子工学者
齋藤 諒(理化学研究所)/提供写真
Trajectory of U35 Innovators: Makoto Saito

齋藤 諒:生物が持つ仕組みを人類の道具に変える遺伝子工学者

理化学研究所の齋藤 諒は、CRISPR-Cas9では届かない場面を埋める仕組みを自然界から探し出し、ゲノム編集の道具へと作り変えてきた。現在はAIで複雑な真核生物のゲノムを探る手法の確立に挑み、その先に生命現象そのものの制御を見据える。 by Yasuhiro Hatabe2026.09.18

生命の遺伝情報を書き換えるゲノム編集は、いまや生命科学の幅広い現場で使われている。だが、その中核を担うCRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)は万能ではない。病気を治す道具として使うには、扱いにくい場面がいくつもある。自然界には、まだ人類が知らない別の仕組みが眠っているのではないか。そう考えて探索を続けてきたのが、理化学研究所の齋藤 まことだ。

「Innovators Under 35 Japan(35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれた2023年、齋藤はMITとハーバード大学が共同運営するブロード研究所(Broad Institute)にいた。所属していたのは、CRISPRをヒトの細胞で使える技術へと押し上げた立役者の1人、フェン・チャン教授の研究室である。

そして2025年1月、齋藤は理研の開拓研究本部(現在の開拓研究所)に「齋藤生命現象エンジニアリング理研ECL研究チーム」を立ち上げ、チームリーダーに就いた。ECL(Early Career Leaders)は、若手研究者が早期に自分の研究室を持てるよう理研が設けた制度である。

「自分の母国の科学の発展に尽くしたい」。それが帰国を決めた理由だった。現在はポスドク2人とアシスタント1人、齋藤を含め4人という小さなチームで、海外からのインターンも受け入れながら研究を進めている。

CRISPR-Cas9では届かないところへ

齋藤が手がけるCAST(キャスト)とFanzor(ファンザー)は、いずれも自然界にすでにあった生物システムだ。齋藤はそれを、ゲノム編集の道具へ作り変えようとしている。CASTでは働く仕組みを解き明かし、Fanzorではそれが狙った場所のDNAを切る酵素であることを示した。

こうした生物システムは、遺伝子の文字の並びの異常に由来する病気を治す道につながる。ゲノム編集はすでにその段階に入っており、鎌状赤血球症では、血液のもとになる細胞を体外に取り出してCRISPR-Cas9で編集し、体内に戻す治療が臨床で使われている。

ここでいう生物システムとは、複数の部品がセットになって初めて働く仕組みのことだ。ゲノム編集の代名詞であるCRISPR-Cas9も、ハサミ役のCas9というタンパク質だけでは働かない。標的の場所を教えるガイドRNAとセットになって、初めて機能する。細菌では、このRNAのもとになる配列がCas9の遺伝子の隣に並んでいる。過去に感染したウイルスの断片を記録した領域だ。

Cas9はDNAを狙った位置で切断し、細胞がそれを修復しようとする働きを利用して遺伝子を書き換える。これに対しCASTは、DNAを両断して細胞の修復にゆだねるのではなく、狙った場所へ遺伝子をまるごと運び込んで貼り付ける。長いDNAでも一度に入れられるのが強みだ。一方のFanzorは、Cas9よりタンパク質が小さく、その分、遺伝子も短い。遺伝子を細胞まで運ぶ「運び屋」となるウイルスベクターには積める量に上限があるため、小ささはそのまま実用上の利点になる。

齋藤研究室のWebサイト。

さらに重要なのは、Fanzorの出自だ。RNAに案内されてDNAを切るこの種の仕組みは、細胞に核を持たない原核生物だけのものだと考えられてきた。ところがFanzorは、菌類や藻類、アメーバといった、ヒトと同じく核を持つ真核生物から見つかった。CASTもFanzorも、齋藤が帰国前に携わったTIGR-Tasも、一区切りついたテーマではない(TIGR-Tasは、原核生物とそのウイルスから見つけ出した、さらに小型のシステム)。より使いやすいツールへ改良する作業が、いまも続いている。

人類がまだ知らない機能を持つ生物システムを、自然界から見つけ出す。細菌の免疫の仕組みから生まれたゲノム編集そのものが、その一例でもある。齋藤の研究哲学は、研究室のWebサイトに掲げられた1枚の絵に表れている。さまざまな生き物から伸びた線が花束になり、女神がそれを子どもへ手渡す。女神は研究者を、子どもは人類を表す。描いたのは、齋藤の構想をもとに、同じく生物学を学んだイラストレーターだった。

数学から分子生物学へ

高校時代、最も好きな科目は数学だった。教師に勧められて大学の教科書を先取りし、数学オリンピックの予選も突破した。だが同世代の才能に触れ、数学とは違う道を選ぶ。代わりに関心が向いたのは生物で、きっかけは教科書で読んだ分子モーターに関する記述だった。細胞の中で分子が動き、何かをしている。「自分の体の中で、こんなに複雑なことが起きているのか」。その驚きが、齋藤を早稲田大学の生命医科学科へと進ませた。

修士課程ではがんを研究し、博士課程はスイスのバーゼル大学へ。分子生物学を学ぶほどに、病気を治すことへ関心が向いた。分子で起きている異常なら、分子で直せるはずだ。そう考えて次に選んだのが、フェン・チャン教授の研究室だった。チャン教授は、ゲノム編集で確たる地位を築きながら、細胞そのものを設計する生物工学へと踏み出そうとしていた。齋藤はその転回に惹かれた。

面識はなかった。齋藤は応募書類の代わりに、研究提案書を送りつけた。件名は「ポスドク応募」ではなく提案そのもののタイトル。「給料はいりません。自分で奨学金を得て行くから働かせてください」と書いた提案は、チャン教授が実際に温めていた構想と偶然一致していた。航空券の手配が遅れるトラブルに見舞われながらも、自費で先に現地入りして面接に臨む。チャン教授は、その熱意を歓迎したという。そこで過ごした5年で、CASTとFanzorが生まれた。「学ぶことは学んだ」。やがて、自ら研究室を率いる立場を意識するようになる。

複雑なゲノムを、AIで探索する

ブロード研究所では原核生物を探すのが基本方針であり、真核生物から出てきたFanzorはむしろ例外的な成果だった。齋藤がいま向かうのは、真核生物のゲノムを対象とした探索だ。

難しさは、ゲノムの構造にある。原核生物のゲノムでは、1つの働きを成す遺伝子が1カ所にまとまって並んでいることが多い。まとめて一度に読み出し、まとめてスイッチを入れられるからだ。ところが真核生物では、機能的に結びついた遺伝子が、ゲノムのあちこちに散らばって配置されている。片方を見つけても、それと組んで働く相手が近くにいるとは限らない。離れているぶん、新しい組み合わせが生まれやすい。生物にとっては巧みなつくりだが、探す側には厄介極まりない。

齋藤は、この難題を人工知能(AI)で乗り越えようとしている。「生物学はもう、AIなしには語れないところまで来ています」。タンパク質の構造予測AIが典型だ。実験でタンパク質の構造を決めるのに2、3年かかっていたものが、数秒で予測できる。「研究の速度は格段に上がりました。その分、研究者はAIにできない部分を考えなければなりません」。いま最も注力しているのは、複雑なゲノムから有用な情報を引き出す手法そのものの確立である。時間はかかるが、一度確立できれば、そこから先の探索の準備が整う。

制御できない生命現象を、制御する

研究する上で大切にしている考え方を尋ねると、齋藤は「楽観性」と即答した。「楽しんでやらなければ、いい結果は出ません」。研究室のメンバーを迎えるときも、明るく自律的に研究を進められる人かどうかを重視する。

研究室での様子。/提供写真

もう1つ大切にしているのが、人の挑戦を頭ごなしに否定しないことだ。これはフェン・チャン教授から学んだ姿勢でもある。「彼は『それはうまくいかないからやめろ』とは絶対に言わない人でした」。結果が出なかったときに原因を一緒に考えることはあっても、始める前に止めることはない。「できないことをできるようにするのが、科学者の仕事なのですから」。

課題として挙げたのは、日本の科学をどう盛り上げるかということだ。AIは学習のためのデータを必要とし、そのデータを作るには相応の投資が要る。規模の差がそのまま能力の差になりかねない時代に、どう戦うか。「相当に頭を使わなければ難しいです」。それでも齋藤は、自分の周りから始めるつもりだ。学生に科学の楽しさを伝え、人を育てる。

齋藤の夢は、「生命現象エンジニアリング」という研究室の名に表れている。「人類が制御できないと思っている生命現象を、制御できるようにしたい」。がんや神経変性疾患、老化といった応用先も見えてはいる。だがその先はもっと広い。ゲノムやRNAは編集できるようになった。ならばタンパク質同士を組み替えることは? 細胞が分裂するタイミングを操ることは? そのヒントは自然界のどこかにあるはずだ、と齋藤は考えている。

この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら

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フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。
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