KADOKAWA Technology Review
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特報:世界初「遺伝子編集ベビー」が 中国で誕生、その舞台裏
生命の再定義 EXCLUSIVE: Chinese scientists are creating CRISPR babies

特報:世界初「遺伝子編集ベビー」が 中国で誕生、その舞台裏

現在、遺伝子工学で編集した胚の妊娠は、ヨーロッパのほとんどで非合法とされ、米国や中国でも禁止されている。しかし、中国の南方科技大学の研究チームは、HIVに対する耐性を持たせるためと称して、遺伝子編集を施した赤ちゃんを誕生させたことを発表した。 by Antonio Regalado2018.11.28

2015年に中国の研究者が初めて実験室の培養皿でヒト胚の遺伝子を編集したとき、このテクノロジーを実際に赤ちゃんを誕生させるために、少なくともいまは使うべきではない、との激しい抗議の声が世界中の科学者たちから湧き上がった。

安価で扱いが容易なクリスパー(CRISPR)という強力な遺伝子編集ツールが発明され、体外受精(IVF)センターにおいて遺伝子を編集された人間の誕生が理論的に可能となったのだ。

そしていま、それがすでに現実となっている可能性が出てきた。

インターネット上に11月に掲載された中国の医学文書によれば(こちらおよびこちら)、南方科技大学(深セン市)の研究者グループが、世界初の遺伝子編集ベビーの誕生に協力する夫婦を募集していた。 このグループは、CCR5と呼ばれる遺伝子を削除することで、HIV、天然痘、コレラに耐性のある子孫を誕生させようと計画していた。

He Jiankui leads a team using the gene-editing technology CRISPR in an effort to prevent disease in newborns.
遺伝子編集テクノロジーのクリスパー(CRISPR)を用いて新生児の病気を防ぐための研究をするチームの統率者は、ヘ・ジャンクイ准教授だ

治験に関する文書には、CRISPRを使って編集したヒト胚を、女性の子宮に移植する研究の内容が記されている。

この研究によってすでに誕生した生命があるかどうか、研究チームを統率するヘ・ジャンクイ准教授に質問のリストを送ったが返答はなく、電話での質問にはノーコメントという返答だった。

しかし、試験項目の一部として掲載されたデータは、24週(6カ月)にまで成長した胎児たちに対して遺伝子検査が実施されたことを示している。これらの妊娠が中絶したか、満了したか、あるいは現在進行中なのかは明らかでない。

(本記事の初出後、実験に参加した一組の夫婦の間に今月、双子の女児が誕生したとするヘ准教授の発言をAP通信が報告したが、AP通信は真偽を独自に確認できていない。ヘ准教授はこの研究に関するプロモーション映像も発表した)。

へ准教授と中国にとって、遺伝子を編集した初めての人間の誕生は驚くべき医学的な実績だ。しかし、これは同時にさまざまな問題もはらんでいる。遺伝子編集ベビーの誕生に対して、遺伝性疾患を取り除く新しい医療と受け取る人がいる一方で、遺伝子改良やデザイナーベビー、新形態の優生学へと安易に進んでしまう道筋になると考える人もいる。

遺伝子編集を施した人間の誕生に向けての取り組みが、秘密裏に、明らかな医学的野心を目的に始まった。

ヘ准教授らの研究チームは昨年出した倫理声明で、「遺伝子編集の応用に関する研究の世界的な競争がこれまでになく激しくなっているいま、我々はこの分野で傑出したいと願っています」と記しており、2010年にノーベル賞を受賞した体外受精の発明者たちの業績を「超える」ような研究になるだろうと予想している。

遺伝子編集サミット

中国で遺伝子編集を受けた新生児が誕生したというニュースが伝えられたのは、遺伝子編集に関する世界の一流専門家たちが、「第2回ヒトゲノム編集国際サミット(Second International Summit on Human Genome Editing)」に出席するために香港に向かっている、まさにそのタイミングだった。

この国際会議の目的は、遺伝子編集を実施すべきかどうか、もし実施すべきなら、どのように実施するべきかの判断について議論することだった。しかし、今やこの目的は、海外の優れた人材を中国に招へいする「千人計画」の一環として米国から帰国したエリート生物学者、ヘ准教授の行為に先を越されてしまった感がある。

遺伝子編集テクノロジーは倫理的な問題も含んでいる。胚を編集すると、その変更は後の世代にも引き継がれ、遺伝子プール全体に影響を与える可能性があるからだ。今回のサミットの議長であり、カリフォルニア工科大学の前学長も務めた生物学者のデビッド・ボルチモア教授は11月27日のサミット開会に先立ち、「我々はこれまで、人類の遺伝子を変える行為をしたことは一切なく、将来の世代にわたって影響を与えるような行為も一切したことはありません」と録音されたメッセージで 語っていた。

ヘ准教授の計画はサミット主催者にとっても晴天の霹靂だったのだ。

後悔と憂慮

小さなヒト胚の遺伝子編集には、望ましくない突然変異や、編集された細胞と編集されない細胞の両方を持つ新生児の誕生など重大なリスクを伴う。中国でのこの実験についてのWebサイトのデータでは、異なる方法で編集された細胞が「モザイクのように」入り組んだ胎児の例が示されている。

シアトル市の非営利団体、アルティウス生医学研究所(Altius Institute for Biomedical Sciences)で遺伝子編集の研究に携わる科学者であるフョードル・ウルノフ副所長は、この中国の文書をレビューし、まだ不完全ではあるが、遺伝子を組み換えた「人間の誕生を目的としている研究」であることがまさしく示されていると述べた。

ウルノフ副所長は、強力で有用な遺伝子編集技術であるCRISPRが必要とされない状況にもかかわらず、あえて使われたことを理由に、この実験が「後悔と憂慮」を招くだろうと語る。確かに、HIVに感染した成人の同じ遺伝子を編集する研究はすでに始まっている。「ヒトの生殖細胞に対する遺伝子工学の適用は、成人や小児の既存症状を治療するための遺伝子編集の数十年にわたる進歩を一般の人々から覆い隠してしまうため、非常に大きな打撃を与えます」とウルノフ副所長は指摘する。

大きなプロジェクト

2017年にコールド・スプリング・ハーバー研究所(Cold Spring Harbor Laboratory)で実施された科学発表がYouTubeで紹介されているが、ヘ准教授はその映像でマウスやサル、300以上のヒト胚を使った大規模な事前研究について説明している。CRISPRのリスクの1つは、事故、あるいは標的とした遺伝子以外に突然変異が起こるオフターゲット効果の可能性だが、ヘ准教授の実験に使った胚では望ましくない変異はほとんど見られなかったと主張している。

ヘ准教授はまた、DNAシーケンシング会社であるダイレクト・ジェノミクス(Direct Genomics)の創業者兼会長でもある。子どもの健康を守る新たな方法が広く使われるようになれば、新興のバイオテック企業は巨額の富を得る可能性がある。

The first International Summit on Human Gene Editing, held in December 2015 in Washington, DC. The second is taking place in Hong Kong on November 27-29, 2018.
2015年12月、第1回ヒト遺伝子編集国際サミットがワシントンD.C.で実施された。第2回目の同サミットが、2018年11月27日~29日に香港で開催される

治験の計画によれば、胚の遺伝子処置後、胎児の状態をチェックするため、妊娠期間中を通して遺伝子を検査する。2017年のプレゼンテーションでヘ准教授は、最初のCRISPRべビーの健康に何らかの問題が出れば、大変なことになるだろうと認めている。

「わずか1つの失敗がこの分野全体をダメにしてしまう可能性があります。実験は時間をかけて慎重に実施しなくてはなりません」とヘ准教授は述べている。

あるリストでは、ヘ准教授の研究は2018年11月に掲載されたと記載されているが、2017年3月の日付が付けられた実験文書もある。この日付は、米国科学アカデミーが、遺伝子編集ベビーについて、安全で厳重な管理のもとで実施される場合に限った慎重な賛成を明らかにした日からわずか1カ月後だ。

現在、遺伝子工学を用いた胚の妊娠は、ヨーロッパのほとんどで非合法とされ、米国では禁止されている。中国でも2003年の体外受精クリニックに対する政府ガイドラインで禁止されている。ヘ准教授が特別な許可を得たのか、法制度上の拘束力を持たないこのガイドラインを無視したのかは定かでない。

世論

ここ数週間にわたってヘ准教授は、活発な対外キャンペーンを実施し、倫理アドバイザーに対して説明し、中国での世論調査を委託し、米国の広報プロフェッショナルのライアン・ファレルを雇った。

香港の遺伝子編集サミットに参加予定の生命倫理学者ベンジャミン・ハールバット准教授(アリゾナ州立大学)は、「(ヘ准教授は)将来の自己正当化のための準備を進めているのだと思います」と語る。

中山大学(広州市)が実施した新しい意見調査によれば、調査サンプルとなった4700人の中国人(HIV患者を含む)からは遺伝子編集に対して広範な支持が見られた。 60%を超える回答者が、疾病の予防や治療目的に限った子どもの遺伝子編集の合法化に賛成したという(米国における遺伝子編集に関するピュー研究所(Pew Research Center)の世論調査でも、同様の結果になった)。

CCR5と呼ばれる遺伝子を編集したヘ准教授の選択は、議論を引き起こす可能性がある。この遺伝子のワーキングコピーがない人々はHIVに対する免疫があるか、強い耐性があると考えられている。ヘ准教授らは、同じ効果を胚に模倣させるために、CRIPRを用いて健常の胚のCCR5遺伝子にダメ―ジを与えているからだ。

HIVから子どもたちを守ろうとする試み自体も、治療と改良の間の倫理的なグレーゾーンに当たる。こうした手続きは、胚におけるなんらかの疾病や障がいを治癒するものではなく、むしろ水疱瘡予防ワクチンのように、健康的優位性を確立することを目的としているからである。

医師たちやAIDSグループは、このHIV研究のために、夫がHIVに感染している夫婦を募集した。中国ではAIDSの拡がりが問題となっている。

これまで専門家たちは、肉体的な外観やパーソナリティを変えられた「デザイナーベビー」を誕生させるために遺伝子編集を用いるべきではないという点について、大枠で合意してきた。

ヘ准教授は、自分の研究がもたらす懸念についてすでに予想していたようだ。11月に入ってからソーシャルメディアのウィーチャット(WeChat)に、「私は、社会の利益とならない改良やIQを高める目的ではなく、病気の治療や予防を目的とした遺伝子編集を支持します」と書き込んでいる。

しかし、CCR5遺伝子を取り除いてHIVに耐性を持たせようとすることが、対象となったベビーの遺伝性質を変える強力な理由になるとは言い難い。より簡単で安価にHIV感染を防ぐ手段が存在するからだ。 HIVが蔓延している世界の多くの貧しい地域では、高額かつ高度なテクノロジーを要するIVFの手続きの一部として胚を編集することは受け入れがたいだろう。

へ准教授を知る人物は、科学に対する同准教授の野心は、中国全体を覆う社会的な態度と一致していると言う。 その態度は、共同社会におけるより大きな利益が、個別の倫理はもとより、国際ガイドラインにさえ優先するという考えも含んでいる。

中国で実施されているこの実験の背後には、進化を科学によって形成する、という傲慢な考えも存在する。CCR5を無効化する自然突然変異は、北ヨーロッパにおいては比較的普通に見られるが、中国では見られない。あるグループには見られるものが他のグループでは見られないという世界中の遺伝子特性の分布からは、長い間の異なる地域での進化の中から最も有用な遺伝的特性を遺伝子工学を使って選択し、それらを組み合わせて将来の子どもたちに取り入れるという方法を思いつく。

こういった考えからは、最も幸運に恵まれた遺伝子だけを持ち、アルツハイマー病、心臓病や、ある種の感染症などに決してかからない人々が将来生まれてくる可能性がある。

南方科技学大学のヘ准教授のWebサイトの文章からは、同准教授がテクノロジーを、歴史や変革と同じ見地から見ていることがうかがわれる。そこには、「ダーウィンの進化論によれば、生命は何十億年もの間進化を続けてきた」が、最近の産業化で急激に環境が変わったことに起因する 「大きな困難」に、人類は「進化を制御するツール」で対応できると書かれている。

ヘ准教授の文章は、「疾病の遺伝子を矯正することで(中略)、人類は環境の急速な変化の中でもより良い生活が送れるのです」と締めくくられている。

(注:本記事は初出後、この実験で双子の赤ちゃんが誕生したというヘ・ジャンクイ准教授の発言を反映して更新されました)

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アントニオ レガラード [Antonio Regalado]米国版 医学生物学担当上級編集者
MIT Technology Reviewの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるかについて追いかけ、記事を書いています。2011年7月にMIT Technology Reviewに参画する以前はブラジルのサンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス誌や他の刊行物向けに記事を書いていました。2000年から2009年にかけては、ウォールストリートジャーナルで科学記者を務め、後半は海外特派員を務めていました。
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