宇宙新時代の新しい仕事
「宇宙のお天気お姉さん」
地球物理学と宇宙空間プラズマ物理学の博士号を持つスコフ博士は、太陽風や太陽フレア、地磁気嵐などについてインターネット上で説明する「宇宙のお天気お姉さん」だ。太陽活動の影響を受ける消費者向け技術が増えている現在、こうした現象をわかりやすく説明する「宇宙天気予報士」のニーズは今後、高まるかもしれない。 by Erin Winick2019.07.25
タミサ・スコフ博士は、自宅の狭苦しい部屋に籠もり、緑色のシーツを2枚つなげただけの間に合わせのグリーン・スクリーンの前で準備にかかる。コンピューター上で台本の準備を整え、録画ボタンを押す。
レンズを見下ろしながら、「先週、世界中にオーロラをもたらした複数の太陽嵐がようやく静まり、原因となったふたつのエリアが太陽の裏側に回りこみました。この情報は皆さんの役に立ちましたか? 今週は、このようなトピックを始め、いろいろな話題を取り上げていきます」と話す。
スコフ博士は、毎日電波に乗る数千人もの天気予報士のひとりかもしれない。しかし、宇宙のお天気お姉さんという別名を持つ彼女は、降雨量や気温の予報の代わりに宇宙天気を説明する、数少ない宇宙天気予報士のひとりなのだ。
宇宙天気予報は比較的新しい分野だ。スコフ博士は、太陽風、太陽フレア、地磁気嵐、太陽の外層大気から荷電粒子と磁場が放出されるコロナ質量放出などの詳細を説明する。
宇宙天気は、壮観なオーロラを作り出すこともあるが、GPSなどのサービスを提供する人工衛星を破壊したり、停止させたりする場合がある。また、送電網に影響を及ぼしたり、さらには、国際宇宙ステーション内の宇宙飛行士の生命を高レベルの放射線で脅かしたりする可能性もあるのだ。
このような太陽嵐を観測し、予測するために設立された施設は、コロラド州の宇宙天気予報センター(Space Weather Prediction Center)をはじめとして、世界中に多数存在している。研究者は、宇宙と地上の観測機を使って太陽の画像を撮影し、測定し、危険な宇宙天気の現象が近づく可能性があるときには政府や企業に警告する。たとえば政府が、警告に従って人工衛星や送電網を停止する場合もある。
こうしたセンターが提供する予報は難解だ。そのため、スコフ博士は、過去5年間にわたって、一般向けにわかりやすく説明した宇宙天気の予報を自身の ユーチューブチャンネルにアップロードしている。 スコフ博士の番組の視聴者は、人工衛星に大きく依存している団体をはじめ、農家や米軍、オーロラの写真家、パイロット、ドローン操縦士、気象学者、アマチュア無線家など、宇宙天気に起因する自然現象を知る必要のあるさまざまな人たちだ。
「アマチュア無線の世界に足を踏み入れると、いかに私たちが電離層の影響を受けているかがわかるでしょう」というのは、パイロットで長年のアマチュア無線愛好家でもあり、スコフ博士の番組を毎週観ているキース・ゴードンだ。「地球の裏側まで通信できる日があるかと思えば、80キロメートル先とさえ通信できない日もあります。言ってしまえば、地球の磁気圏は、太陽によって動きが変わる生き物なのです」。
これらの小規模なコミュニティはスコフ博士の宇宙天気予報を熱心に視聴しているが、彼女は、宇宙天気をより一般的なものにしたいと考えていると言う。「私の最終的な目標は、宇宙天気予報という放送分野を作リ出し、毎晩のニュース番組で地球上の天気と一緒に放送されるようにすることです」。
宇宙天気の観測
私たちの多くが宇宙天気に注目するのは、備えるためだ。人々は、ハリケーンによる停電やインターネットの障害が発生することを事前に知りたいのと同様に、太陽嵐がいつそういった影響を及ぼすのかを知りはずだ。1989年に地磁気嵐によってケベック市内全体が12時間にわたって停電した時には、ケベック市民はそのような警告を受け取っていなかった。2003年のスウェーデンのマルム地区の住民も同様だ。
航空会社は、太陽嵐がある場合には、飛行経路を放射線が集中する極地から離すべく変更することがある。つまり、宇宙天気予報により、フライトの時間が変更される可能性もわかるわけだ。小規模な嵐が来るとわかっていれば、グーグルマップ、ウーバーやその他のGPSに依存するサービスがしばらくの間、使い物にならなくなる可能性を知ることもできるだろう。
宇宙天気予報は、特に、北極や南極のそば、または赤道に沿って発生するプラズマバブルや電波信号に影響を及ぼす大気変動によるGPS障害が頻繁に起こるブラジルなどの国に住んでいる場合には重要だ。事実、ブラジルは、この現象をよりよく理解し、GPSや通信サービスが操作不能になりそうな時に地元住民に知らせることができるように米国航空宇宙局 (NASA) と手を組んでキューブサットと呼ばれる小型人工衛星を打ち上げた。
スコフ博士は、宇宙天気予報士というキャリアパスを予想したり、望んでいたわけではない。地球物理学と宇宙空間プラズマ物理学の博士号を持っているスコフ博士は、自身の音楽活動を宣伝しようとツイッターを始めた。だが、実際には音楽活動の代わりに、異なるコミュニティの一員となった。太陽に関する知識に基づいて、ツイッターの初期のユーザーたちの宇宙天気に関する質問に答えるようになった。いつしか、農業用GPSの接続問題の理由から、ドローンの操作に問題があるのは天候のせいなのか、といった具体的な問題で質問攻めにあうようになり、その後、宇宙天気予報の要望を受けたのだった。
間もなくして、スコフ博士は太陽に関する質問で頼られる存在となった。「宇宙天気予報のニーズがあるだけでなく、特定のユーザーグループには特定のニーズがあるとすぐに把握しました。こうしたユーザーグループは常にその規模を拡大し続けています」(スコフ博士)。このギャップを埋めるために、スコフ博士は宇宙天気予報の動画を作成することにした。小規模ながらも熱心な2万2000人のユーチューブ登録者と、ツイッターのフォロワー3万2000人からなるコミュニティにより、スコフ博士のチャンネルの再生回数は100万回近くに達している。
宇宙天気に秘められた圧倒的な可能性
宇宙の天気について、私たちが知らないことはたくさんある。「私たちは地球の天気予報の手法を宇宙天気予報に取り入れようとしています」というのはダブリン大学トリニティ・カレッジのソフィー・マレー研究員だ。「宇宙天気予報は、地球の天気予報より数十年の後れをとっています」。
「以前は、宇宙天気に影響を受けるような消費者向けテクノロジーはありませんでした。しかし、今では、至る所に存在します」。
ギャップが生じた理由のひとつに、宇宙天気が数十年前まではあまり重要でなかったことが挙げられる。その結果、地球の気象学ほどに投資してこなかった。しかし、スマートフォンや衛星群(コンステレーション)の台頭に伴い、人工衛星が現代の生活に欠かせないものとなった。「以前は、宇宙天気に影響を受けるような消費者向けテクノロジーはありませんでした。しかし、いまでは、至る所に存在します」(スコフ博士)。
幸いにも、ここ数年は、太陽極小期と呼ばれる時期に入っているため、太陽の活動が比較的穏やかになっている。現在は、11年の太陽周期の終わりの平和な時期にあるのだ。太陽周期の真ん中あたりでは太陽の磁極が反転し、一般的に、非常に激しい太陽活動が発生する。最近では2014年に激しい太陽活動が発生したが、それ以降、目立った活動はほとんど起こっていない。「世間一般の注目を集めるほどのコロナ質量放出や太陽フレアは、このところ発生していません」というのは、ペンシルバニア州のミラーズヴィル大学の地球科学部の学部長であるリチャード・クラーク博士だ。
しかし、太陽は私たちの想像をはるかに超える事象を引き起こす可能性がある。宇宙天気の歴史の中でも最も悪名高い事象は、1859年に発生した「キャリントン・イベント」だ。キャリントン・イベントの際には、大規模な太陽嵐が多大な地磁気活動を引き起こし、キューバでさえオーロラを見ることができた。電信機の操作員は、電信装置から火花が出ていたと報告した。「人々がテクノロジーに依存するようになればなるほど、激しい太陽嵐だけでなく、中程度の太陽嵐でさえ影響を受けることになります」と言うのは、アポジー・エンジニアリング(Apogee Engineering)で宇宙天気予報の主任を務めるマイケル・クックだ。キャリントン・イベントのような大規模な事象は100年または200年ごとにしか発生しないかもしれないが、科学者はそのような規模の太陽嵐がいつ起こるかについてはっきりとは知らないのだ。
2017年に人々は、宇宙天気がもたらす影響を少し経験した。ハリケーンがカリブ海を襲った際に、緊急無線通信に障害が発生したのだ。多くの人々は、ハリケーンが人工衛星の障害を引き起こしたのだと考えていたが、実際には太陽が原因だった。
「巨大で見苦しい黒点が、太陽周期全体の中でも最大のフレアと大規模な嵐の原因となっており、衛星電話やアマチュア無線の通信障害を引き起こしました」(スコフ博士)。
スペースギャングの仲間になろう
スコフ博士には、マスコミからのインタビューや、GPSの障害の原因を知りたい人からの質問など、絶え間ない依頼がある。スコフ博士は、国際パネルでの講演から、アマチュア無線愛好家のためのコンベンションである「デイトン・ハムベンション(Dayton Hamvention)」でのウクレレを演奏しながらの「ヒア・カムズ・ザ・サン」の替え歌の披露まで、ありとあらゆることをしている。
特に、身近な家族に健康問題がある現在は、スコフ博士は宇宙天気予報に関する活動と、エアロスペース・コーポレーション(Aerospace Corporation、スコフ博士が毎週1日働いている団体)との業務のバランスを保つのに苦心している。「今年は本当に大変な1年です。そこで、ペースを落とさないと、宇宙天気予報の楽しみ自体が永遠になくなってしまうと気づいたのです」とスコフ博士は言う。「しかし宇宙天気予報には巨大なニーズがあると思うので、止めたくはありません。今になってようやくそのニーズが何なのかがわかり始めたところなのです」。
スコフ博士は、自分ひとりの力ですべてには対応できないことがわかっている。そこで、宇宙天気予報放送局のネットワークを新たに作るべく、パイプラインを築いている。今年の冬からは、アポジー・エンジニアリングのクックやミラーズヴィル大学と一緒に作成に携わった大学院レベルのプログラム「宇宙天気と環境:科学、政策と通信(Space Weather and Environment: Science, Policy, and Communication)」の受講者登録を開始する。このプログラムは、宇宙天気の基礎、現代社会に宇宙天気がもたらす影響、情報の共有に最適な方法などをとりあげる。宇宙天気に影響される分野での業務に従事する人々や、テレビの気象予報士に向けて考案されたものだ。
スコフ博士とクックは二人とも、各地の天気キャスターが宇宙天気情報の報道に最適だと考えている。「ミネソタ州の宇宙天気は、フロリダの宇宙天気とは全く違うのです」とスコフ博士は言う。「各地域の宇宙天気を予報する各地の宇宙天気予報士が必要になります」。
「私たちは宇宙の一員であり、宇宙の影響を受けているのです」。
ウェザーネイション(WeatherNation)気象予報部のケリン・ジェロミン部長は、すでにオンラインの宇宙天気の基礎コース研修を見つけ出している。「テレビ局で唯一の科学者である気象予報士は、地上外の天気の様々な科学関連トピックについてお呼びがかかることも多く、情報を一般の視聴者にわかりやすく説明する必要があるのです」(ジェロミン部長)。
宇宙天気の分野に対する一般の意識が高まれば、太陽嵐への備え以上の効果を発揮するだろう。スコフ博士は、人類と宇宙とのつながりをよりよく理解できるようになると考えているという。「私たちは宇宙の一員であり、宇宙の影響を受けているのです」。
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- エリン・ウィニック [Erin Winick]米国版 准編集者
- MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。機械工学のバックグラウンドがあり、宇宙探査を実現するテクノロジー、特に宇宙基盤の製造技術に関心があります。宇宙への新しい入り口となる米国版ニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」も発行しています。以前はMITテクノロジーレビューで「仕事の未来(The Future of Work)」を担当する准編集者でした。それ以前はフリーランスのサイエンス・ライターとして働き、3Dプリント企業であるSci Chicを起業しました。英エコノミスト誌でのインターン経験もあります。