KADOKAWA Technology Review
×
Engineering a Safer Snow Jump

科学的にケガをしにくいスノージャンプ競技場の設計方法

未実証だったが、スキーヤーやスノーボーダーの安全性に配慮してジャンプ台を設計するのは簡単とわかった。 by Emerging Technology from the arXiv2016.11.29

スキーヤーやスノーボーダーがアクロバティックな技を競い合うテレインパークは、カリフォルニア州で1990年代に初登場して以降、人気が高まっている。

しかし、人気が高まるにつれて、技やジャンプによるケガも増えている。特に、スキーヤーやスノーボーダーが首や頭から落下して起きる脊椎損傷(着地時の大きな衝撃が背骨にダメージを与える)は深刻だ。

プロテクターの着用や安全技術の実践を競技者に促すことも、この問題の対処方法のひとつだ。だが、もっと優れたやり方がある。テレインパーク自体を安全に設計すればいいのだ。

もちろん、テレインパークの工学的設計によってケガを減らそうとする発想を採用するスキーリゾートは少ない。(安全に配慮することで利用者だけの責任ではなくなるため)損害賠償リスクを恐れているともいえるが、もっと現実的な疑問もある。そもそも、ジャンプの安全性は、本当に工学的に高められるのだろうか?

11月28日、パドバ大学(イタリア)のニコラ・パトローネ博士の研究チームにより、答えが得られた。研究チームは、競技者がどれだけ遠くまでジャンプしても、その人にかかる着地の衝撃が同じジャンプ台を設計したのだ。

「競技者が着地に失敗して、危険な目に会うことはわかりきっている。それでも、工学的手法によって、失敗が大惨事につながらないようなジャンプ台は作成可能だ」

研究チームは、ジャンパーにかかる着地の衝撃を、水平な地面に向かって垂直に落下した場合の衝撃に相当する高さである「落下相当高度」に換算し、ジャンプ台を比較した。一般的に、人の脚は1.5mまでの高さからの落下の衝撃なら吸収できる。しかし、スキーヤーやスノーボーダーが脊椎に深刻な損傷を負った場所の落下相当高度は、最大10mに達することがわかった。

当然のことだが、落下相当高度は、着地地点の地面の傾斜の設計によって、どれだけ遠くまでジャンプしても同じにできる。研究チームは「落下相当高度を低くするには、一般的に、雪面の傾斜をジャンプする人の着地時の速度ベクトルとなるべく平行にさせればよい」と述べている。

しかし、そのようなジャンプ台を実際に作って、大々的に実験したことはなかった。そこで研究チームは、落下相当高度を同じにできるジャンプ台を設計し、サン・ビート・ディ・カドーレ(イタリア)にあるサン・ボート・スキーリゾートに設置した。

研究チームは、着地スロープの特別な設計に加えて、ジャンプ中の体の回転(「バックエッジ・キャッチ」によって空中で体が回転すると着地に失敗しやすい)を抑えるように、踏切エリアを平らにした。

この結果、踏切角度は約10度、着地エリアは長さ約14mとなり、落下相当高度は着地エリアのどこでも0.5mになった。着地スロープの端の斜面は水平面に対して約30度になった。

建設は順調に進んだ。研究チームは雪上車を使い、雪に刺したポールを目印に、雪を設計通りの形に押し固めた。リゾートの従業員がプリノート(Prinoth)の圧雪車を約12往復させ、基本的なジャンプ台の着地スロープをつくった。研究チームによれば「ジャンプ台全体は完成までに約3時間かかり、もとの雪面の上に集めた雪の量は約100立方mだった」という。

shutterstock_392277430
プリノートの圧雪車

次に研究チームは、スキー板やボード、スキーヤーやスノーボーダーの体に加速度計をとりつけ、助走距離を徐々に伸ばしながらジャンプしてもらった。すべてのジャンプはカメラで1秒間に50フレーム撮影した。

続く2日間、研究チームは助走距離を10mから40mまで徐々に伸ばし、20回以上のジャンプのデータを収集した。

結果は明白だった。ジャンパーが体験した落下相当高度はどの人でも約0.5mだとデータが示したのだ。ただし、傾斜の構築は完全には設計通りではなかったので、着地スロープ内の位置によって多少のばらつきはあった。

「加速度計がはじき出した落下相当高度と、ジャンプ台の形状から予測された理論上の落下相当高度は、ジャンプの距離の長短にかかわらず非常によく一致した」と研究チームはいう。

こうして手法の妥当性がわかった。「ジャンプ台を建設し計測した研究によって、着地の衝撃は着地面の形状の設計によって抑制できることが明白に示された」と研究チームはいう。

この方法は、助走距離の制限など、すぐに思いつくような他の方法とも簡単に組み合わせられる。安全に配慮したジャンプ台の設計と建設は簡単だ、と研究チームが実証した以上、過剰な落下相当高度のあるジャンプ台を設置するテレインパークに、もはや弁解の余地はない。

参照:arxiv.org/abs/1611.04448:テレインパークにおける落下相当高度が一定のジャンプ台の設計、構築、計測、実証

人気の記事ランキング
  1. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. Researchers taught robots to run. Now they’re teaching them to walk 走るから歩くへ、強化学習AIで地道に進化する人型ロボット
エマージングテクノロジー フロム アーカイブ [Emerging Technology from the arXiv]米国版 寄稿者
Emerging Technology from the arXivは、最新の研究成果とPhysics arXivプリプリントサーバーに掲載されるテクノロジーを取り上げるコーネル大学図書館のサービスです。Physics arXiv Blogの一部として提供されています。 メールアドレス:KentuckyFC@arxivblog.com RSSフィード:Physics arXiv Blog RSS Feed
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. Researchers taught robots to run. Now they’re teaching them to walk 走るから歩くへ、強化学習AIで地道に進化する人型ロボット
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る