「日本では、むしろ仕事を人工知能に奪ってもらわないといけない」
ゲームAI開発者の三宅陽一郎氏は、11月30日に開催されたイベントEmerging Technology Meetupの講演でそう話した。
いまなぜ人工知能なのか。日本は少子高齢化により働き手が減少しており、人工知能やロボットの活躍がなければ現在と同じ水準の社会を維持できなくなる、と三宅氏はいう。
人工知能を巡る議論にはいくつかの階層があるが、よく聞かれるのは「シンギュラリティ」をどう迎えるかだ。人工知能に支配されるのではないかと敵視したり「人間の生業が奪われるのではないか」という不安に焦点が当たる。
同イベントで三宅氏と対談をしたMITテクノロジーレビューの中野克平編集長は「シンギュラリティを不安視するのは、現代の末法思想」とした上で、「そのような議論に巻き込まれると、これから人工知能をどう使えば、より人間の可能性を広げられるのかといった、より重要な議論ができなくなる」と危惧する。
これに対して三宅氏は「シンギュラリティの本来の意味は、人工知能が人間を超えること自体の話ではなく、超えた先に人間と人工知能の関係が次の次元にどう進むかの話だ」と応じた。
人間の知能(自然知能)と人工知能には決定的な違いがある。AIは、たとえば将棋を指す、料理をする、目的地にモノを運ぶなど、人間が与えた何かひとつのタスクしかできない、専門的知能なのだ。一方、人間はメタファを扱う能力があり、ひとつのことを学べば、ほかにも応用できる総合的知能がある。
三宅氏は「人間は『概念』を扱うのが得意で、機械は『情報』を扱うのが得意。機械は、人間が苦手なことが得意で、機械は人間が得意なことは苦手です。人工知能と人間の知能は、互いに補完する関係にあります。今後、人工知能と人間がペアを組むようになれば、その『組み方』が研究の対象になるでしょう」という。
現在の「第三次AIブーム」に火を着けたのは「ディープ・ラーニング(深層学習)」の急激な発展だ。従来から、データを元に知能を構築するアイデアはあったが、インターネットの普及で実際に膨大な量のデータが生まれ、人工知能を本当に育てられるようになった。これが、今回のブームに通底しているポリシーだ。具体的成果は翻訳や画像認識など、「人間ができること」の範囲にとどまるともいえるが、人工知能は、人間には到底処理しきれないような巨大なデータから、人間には気づけない特徴を見いだして学習し、人間のような判断が可能になった。
そうした人工知能は、人間を取り巻き、人間の活動を支える社会的なインフラに導入されようとしている。特に「スマートシティ構想」はAIが組み込まれたインフラの分かりやすい形だろう。もともとスマートシティ構想は省エネが目的で、ガスや電気などのエネルギー供給を、再利用なども含めて街の中で最適化するアイデアだったが、現在は、情報を流通させることで、街全体をインテリジェントにする構想を指すようになった。
AIは人間の内面に向かう
「ただ、これらはすべて統計的な情報に基づいて動く人工知能です。人々の活動が生成したデータや情報に基づいてサービスを提供するインフラです。ここには、一切人の手が介在しません。一方で、人工知能のあり方には、人間の内面・パーソナルな領域に踏み込んでいくこともあり得ます」と三宅氏は言う。
たとえば、FacebookのようなSNSに書き込まれるテキストや、ポストされる画像・動画からその人がどんな人かを見極める人工知能があり得る。個人を深く知れば知るほど、よりひとりひとりにパーソナライズしたサービスを提供できる。
「私が携わっているゲームでは、プレーヤーは常に『箱庭』にいます。そこで時代を先取りした実験をやっています」というとおり、三宅氏が関わるゲームでは、プレイヤーをあえて危機に陥れ、仲間となるべきキャラクターが応援に駆けつける。プレイヤーがゲーム内のキャラクターに親しみを持つための演出だが「モンスターも他のキャラクターも実は全部グルでやっていること」というと、会場は大きな笑いに包まれた。
「デジタルゲームの40年ほどの歴史の中で、ゲームの有り様は変わりました。これまでゲーム開発者がやってきたようなモデル作成や、敵キャラクターの配置、経路プログラムなどは、今はAIとしてゲームの中に組み込まれています。従来のゲームはひとつのゲームのストーリーは固定したもので、皆が同じものを体験していましたが、これからのゲームは、AIがプレイヤーの状態を把握し、各プレイヤーにパーソナライズして、敵キャラクターの動きやストーリーまでをも変えていくものになります」
ゲーム開発では、人間は、ストーリーそのものを作ったり、イベントを考えるなど、AIとは別のことをしている。AIに仕事が奪われてはいないのだ。となれば、現実世界でどうAIが使われるかは、ゲーム内でのAIの利用方法から予測できる、ともいえるだろう。三宅氏は、グーグルの戦略はスマートシティ構想のようなインフラに向かうと推測する。人工知能によって街全体の情報を把握し、ロボットやドローンで街の住民にサービスを提供したり、セキュリティを高めたりする。安全な都市には人が集まり、商圏ができ経済が発展する。そうしたシステムができれば、他都市、あるいは世界中に輸出できる。ネット上で完結するビジネスとは比較にならない大きな市場が開けている。まさに、ゲーム内のような都市運営がスマートシティの姿といえる。
「アメリカでは人口が増えており、実際に稼ぎ口が奪われる人も出てくるかもしれない。でも、日本は少子高齢化でAIに仕事を奪ってもらわないと今の社会が維持できません。人工知能で解決すべき問題がそこにある日本こそ、AIの先進国になれるはずと考えています。ただ、スマートシティのようなインフラの方向を目指すには、強敵も多く、巨額の資本が必要。でも、人間のパーソナルな部分に踏み込んでいくほうの人工知能には、まだビジネスチャンスがあると思います」
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