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スペース・ロック——時代を駆け抜けた音楽の隆盛と衰退
Keith Rankin
How music about space became music about drugs

スペース・ロック——時代を駆け抜けた音楽の隆盛と衰退

20世紀における人類最大の偉業の一つである宇宙開発と、若者文化を変革したロックは、奇しくも平行する時間軸上に存在している。この話の主役となるのは、最もわかりやすく、わかりにくい人物である、デヴィッド・ボウイだ。 by Chuck Klosterman2021.04.25

ロックの時代と宇宙の時代は、平行する時間軸上に存在している。ソビエトが「スプートニク」衛星を打ち上げた1957年10月は、エルビス・プレスリーが「監獄ロック(原題:Jailhouse Rock)」で1位を獲得した月でもある。 ビートルズの最初のシングル「ラヴ・ミー・ドゥ(原題:Love Me Do)」は、ジョン・F・ケネディが「米国は月に行く。簡単だからではなく、困難だから挑戦するのだ」と宣言した23日後に発売され、アポロ11号は、ウッドストック・フェスティバルが開催されたのと同じ夏に月面着陸に成功した。

これらの具体的な出来事は(もちろん)偶然の産物だが、より広い視野で見るとそうではない。人類の天空への挑戦は20世紀後半の最も劇的な成果であり、ロックが若者文化を変えたのと同時に起こった。前者が後者に与えた影響は、脱構築主義者でなくてもわかることだ。宇宙の概念に固執したポップスの歌詞は膨大にあり、おそらく予測することもできる。ポップスの歌詞は、その時代の言葉であったからだ。だが、より複雑なのは、その概念が何を意味するのかということであり、とりわけ、宇宙の静寂がどのように聞こえるべきかという点なのだ。

この話の主役は、最もわかりやすい人物、デヴィッド・ボウイだ。成層圏外の生活について書かれた史上最高のポップソングを集めたプレイリストは、1969年の「スペース・オディティ(原題:Space Oddity)」で始まり、その非公式な続編である1983年に発表されたドイツの一発屋、ピーター・シリングのシンセポップ「メイジャー・トム(カミング・ホーム)(原題:Major Tom(Coming Home)」がおそらく2曲目になるといったように、決定的な音楽体験となるだろう。

「スペース・オディティ」の歌詞は、歌われるというよりは、語られており、宇宙に飛び立った宇宙飛行士(トム少佐)に何か大きな問題が発生するというものだ。ニール・アームストロングが月面に降り立つ10日前に、宇宙旅行に対する悲観的な歌が発表されたのは、今から考えると奇妙なことだ。しかし、このような悲観主義は、ロック・ミュージシャンが科学に関する曲を作るときの標準的な方法となっている。宇宙をテーマにしたシリアスな曲は、サン・ラ(米国のジャズ作曲者)やエース・フレーリー(ハードロックバンド「キッス」の元リードギタリスト)の手による曲以外はほとんどが、孤立感や憂鬱を感じさせるものとなっている。

ボウイは、自身のキャリアを通じて宇宙に関する曲を多く書いたが、素晴らしいものが多く、より良いアイデアを思いつかないときにはいつも宇宙の曲を書いているようだった。トム少佐のキャラクターは、1980年の「アッシュズ・トゥ・アッシュズ(原題:Ashes to Ashes)」で再び登場したが、この曲の歌詞ではトム少佐はただのジャンキー(薬物中毒者)になっていた。「火星の生活(原題:Life on Mars?) 」は、確かに宇宙の歌のようだが、歌詞があまりにもシュール過ぎて、字義通りの意味をなしていない。ボウイは1997年に「アースリング(原題:Earthling)」というタイトルのアルバムを発表したが、これは宇宙を、私たちがすでにいる場所の背景として使っている。ボウイのアルバムの中で最も有名なものは、ロックスターになった宇宙人をテーマとした1972年のコンセプト・アルバム「ジギー・スターダスト(原題:The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars)」だ。このアルバムによって、ボウイは非公式に宇宙の桂冠詩人の地位を得ることになる。

しかし、ボウイの宇宙への執着については、従来の常識を覆す3つのポイントがある。1つ目は、「スペース・オディティ」は、米国航空宇宙局(NASA)ではなく、スタンリー・キューブリックが1968年に製作した映画、「2001年宇宙の旅(原題:2001: A Space Odyssey)」の影響を受けたもので、フィクションに基づいたフィクションとなっていることだ。2つ目は、ボウイの宇宙へのこだわりは、多くの場合、(私たちが宇宙に行くのではなく)宇宙人が私たちの世界にやって来ることに焦点を当てているということだ。これは彼の音楽だけでなく、1976年に公開された映画「 地球に落ちてきた男(原題:The Man Who Fell to Earth)」にも同じことが言える。3つ目のポイントは、ボウイは宇宙を語り口の道具として使っているということだ。彼は、自分の音楽を明らかな地球外の雰囲気のあるものにしようとはしなかった( アルバム「ジギー・スターダスト」の収録曲の半分は宇宙人に関するものだが、音楽は典型的なグラムロックだ)。ボウイがサビのない、冷たく機械的なコードを使った想像上の宇宙の音を直接解釈しようとしたのは、「スペース・オディティ」のオリジナル・バージョンだけだが、 その解釈の特異性は、重要なものだ。ボウイの試みは、予期しない影響をもたらしたのだ。この曲は、引き続きスペース・ロックの初心者にとってのゼロ地点となっている。

宇宙は真空なので、宇宙の響きを忠実に再現した曲は、ジョン・ケージの完璧なまでに静かな「4分33秒(4’33″)」だけだ。 宇宙の音響を体現していると主張するアーティストはすべて、神話を射影しようとしているのだが、その神話は集合的であり、広く理解されたものだ。宇宙には音がないが、ある種の音は 「宇宙的」だ。この一部は、「スペース・オディティ」の影響によるものであり、また他には映画、特に「2001年宇宙の旅」のサウンドトラック(リヒャルト・シュトラウスやジェルジ・リゲティのクラシック音楽の壮大な力)の影響によるものがある。また、オンド・マルテノ(テレビ番組「スタートレック(原題:Star Trek)」のテーマ曲で有名な、人間の声を模した鍵盤楽器)のような特定の楽器を一貫して使用しているということも要因のひとつだ。このような音楽が地球外のものであるという共通の前提は、今ではあまりにも広く受け入れられているため、不可能なことに対する皆の意見が一致することがいかに不思議なことであるかが忘れられがちだ。

このような決まり文句は、ヘビーメタルの黎明期に最もよく使われていた。1970年のブラック・サバスの「プラネット・キャラバン(原題:Planet Caravan)」では、オジー・オズボーンのボーカルをハモンドオルガンで加工し、幽玄な距離感を無秩序に表現している。ディープ・パープルが1972年に発表した「スペース・トラッキン(原題:Space Truckin’)」では、リング・モジュレーター(楽音から金属的な非整次倍音を発生させる機器)を使って、高速で移動する巨大な宇宙船を模倣している。レッド・ツェッペリンの「ノー・クォーター(原題:No Quarter)」の歌詞の内容は、古代スカンジナビア神話を題材にしたものだが、ジョン=ポール・ジョーンズのメロトロン(磁気テープを使用してサンプル音声を再生する鍵盤楽器)とジミー・ペイジの圧縮が効いたギターが奏でる夢のように持続する低音リフは、宇宙の風景を探索する感覚を反映している。当然のことながら、これらの曲の雰囲気はサイケデリックな意図と融合していた。「宇宙に関する音楽」という考え方は、「ドラッグをテーマにした音楽」の同義語となり、時には「ドラッグを使いながら宇宙のことを考えているときにかける音楽」という意味にもなった。 これが、基本的には現在スペース・ロックと呼ばれているジャンルの最も正確な定義なのだ。

70年代のメタルよりも、60年代のプログレと思想的な絡みのあるスペース・ロックの特性は、それらが作り出すリフよりも重いディストーションによって区切られ、眠りを誘うような曲の構造といったムードによって醸し出される。歌詞は全体的には少なくなりがちで、あまり重要ではないが、銀河系に焦点を当てていることは明白だ。ホークウインドの1973年のライブ・アルバム「宇宙の祭典(原題:Space Ritual)」には、SF詩人のロバート・カルバートの声によるナレーションが収録されている。スペース・ロックの曲は長く、蛇行し、パフォーマンス的にトリップする傾向があったため、商業ラジオではあまり流されなかった。だが、注目すべき例外があった。それはピンク・フロイドだ。ピンク・フロイドは、ボウイの「スペース・オディティ」のように、全ライバルを文化の面で圧倒した。

ロック音楽が生まれたばかりの頃は、宇宙もまだ新しく、人類をはるかに超えた存在に思えた。どんなことでも可能だった。

ピンク・フロイドの8枚目のスタジオ・アルバム「狂気(原題:Dark Side of the Moon)」は、約5000万枚を売り上げ、1973年の発売以来、917週にわたってビルボードのトップ200にランクインした。ロック・アルバムの中で、長きにわたって最も人気のある作品だ。このアルバムはコンセプト・アルバムであり、月に関するアルバムではないが、暗い部屋に横たわっているティーンエイジャーが、月に向かって進んでいるかのように感じることができる。狂気(および、1975年発売の次作、「炎~あなたがここにいてほしい(原題:Wish You Were Here)」は、星間移動を表現するあらゆる偽の音の記号表現の頂点であり、シンセサイザーを完成させ、未来のサウンドトラックを制作するための音楽的手段として定義した。もともとアナログ楽器を再現するための手段として考案された第1世代のシンセサイザーは、その限界を奇妙な実用性に変えたのだった。つまり、本物のギターを模倣することはできないが、革新的で温かみのり、非人間的である非現実的なギターの音色を作り出したのだ。実際の天文学との関連性はないが、無限に広がる宇宙の不思議さと怖さの双方を表現しているように思えた。今では、ポップスを「スペーシー」と表現すると、たいていの場合は、ピンク・フロイドに少し似ていることを意味する。

1960年代に米国が宇宙開発競争に血道をあげたことが、70年代のスペース・ロックの隆盛を説明しているとするならば、アポロ計画以降、米国航空宇宙局(NASA)への関心が薄れたことで、80年代から90年代にかけて宇宙関連の音楽は衰退していった。フロック・オブ・シーガルズの「スペース・エイジ・ラブ・ソング(原題:Space Age Love Song)」や、スペースホッグの「スペース・イズ・ザ・プレイス(原題:Space Is the Place)」などは、何かこの世のものではないものをイメージしているわけではなく、「スペース(宇宙)」という言葉を無意味な単音節の代用語として使っているだけのように思える。サウンドガーデンの「ブラックホール・サン(原題:Black Hole Sun)」は、宇宙への興味からではなく、テレビの報道を聞き間違えたことから生まれたものだ。

最も真面目な試みでさえ、キッチュでカリカチュアな要素を含んでいた。英国のスペースメン3は、優秀なグループだったかもしれないが、このグループの音楽は、彼らのコミカルな自意識によって影を潜めていた。宇宙からの音楽のように感じられた、最後の人気のあるロックアルバムは、間違いなくレディオヘッドの「OK コンピューター(原題:OK Computer)」だが、宇宙とのつながりは付随的なものだった。レディオヘッドは、宇宙時代のポップスによく使われるようになった楽器、チューニングやテンポを使用していただけであり、アーティスト自身よりも観客の方が、宇宙との相関性を感じていたのだ。

つまりは、人類が太古の昔から持っている、月と地球の哲学的な近さという素朴な疑問が、少しずつ解消されてきたということなのだろう。かつては遠くに見えたものが、精査されて無になったのだ。ロック音楽が生まれたばかりの頃は、宇宙もまだ新しく、人類をはるかに超えた存在に思えた。どんなことでも可能だった。宇宙は創造的な夢の世界だったが、最終的に人類はそこに到達してしまった。あまりにも頻繁に宇宙に行ったため、人々は飽きてしまったのだ。ニルヴァーナが1991年に「ネヴァーマインド(原題:Nevermind)を発表する前に、ボイジャーが2機、すでに冥王星を通過していた。ブラックホールの写真はニューヨーク・タイムズで見ることができる。外宇宙が広大で未知のものだという概念は、宇宙はまさに味気ないものとして注目されるべきであるという概念に取って代わられた。

スペースマン3の元メンバーのひとり、ジェイソン・ピアースは、1997年に新たに結成したバンド、スピリチュアライズドで、「 宇宙遊泳(原題:Ladies and Gentlemen, We Are Floating in Space)」というタイトルのアルバムを制作した。このタイトルは、ノルウェーの小説を参考にしたものだが、偶然にも、宇宙に対する認識がどれほど変わったかを的確に表している。宇宙はもはや行くべき場所ではなく、私たちが既にいつもいる場所であり、私たちはその場に浮かんでいるだけなのだ。

チャック・クロスターマンは作家・エッセイスト。著書に『ファーゴロック・シティ(Fargo Rock City)』などがある。

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