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グーグルが「アルファゲノム」、遺伝子変異の影響を包括的に予測
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Google’s new AI will help researchers understand how our genes work

グーグルが「アルファゲノム」、遺伝子変異の影響を包括的に予測

ディープマインドが発表したAIモデル「アルファゲノム(AlphaGenome)」は、DNAの理解に大きな進歩をもたらすことが期待される。DNAの塩基配列のわずかな変化が、ある遺伝子の発現にどのような影響を与えるかを予測することが可能になるからだ。 by Antonio Regalado2025.06.26

この記事の3つのポイント
  1. グーグルがDNA変化の遺伝子活性への影響を予測するAI「アルファゲノム」を発表
  2. 研究者が遺伝子変異の分子レベルでの作用を迅速に予測できるようになる
  3. 希少がんや遺伝性疾患の原因となる突然変異を特定し、治療法開発に活用する可能性
summarized by Claude 3

2003年に科学者たちが初めてヒトゲノムの解読を完了したとき、人体を構成するDNAの指示書の全貌が明らかになった。しかし、30億文字もの遺伝子情報が実際に何を意味するのかは、依然として不明なままだった。

そして今回、グーグルのディープマインド(DeepMind)部門が、DNAコードの理解に大きな進歩をもたらす人工知能(AI)モデル「アルファゲノム(AlphaGenome)」を発表した。アルファゲノムは、DNAのわずかな変化が、ある遺伝子の活性が促進されるか抑制されるかといったさまざまな分子プロセスにどのような影響を与えるかを予測する。これはまさに、生物学者が実験で日常的に評価しているような問いである。

ディープマインドの研究担当副社長であるプッシュミート・コーリは、「私たちは初めて、ゲノムの理解に伴うさまざまな課題を統合した単一のモデルを作り上げました」と話す。

グーグルのAI部門は5年前、タンパク質の3D形状を予測する技術「アルファフォールド(AlphaFold)」を発表した。この研究は昨年のノーベル賞を受賞し、創薬スピンアウト企業、アイソモーフィック・ラボ(Isomorphic Labs)の設立や、AIによる新薬開発への期待を抱く多くの企業の台頭につながった。

アルファゲノムは、DNAの塩基配列の変化が遺伝子活性にどのような変化をもたらすか、そして最終的には遺伝子の突然変異が人の健康にどのような影響をもたらすかという基本的な疑問に答えることで、生物学者による研究のさらなる円滑化を目指している。

「ヒトゲノムは30億文字から成るDNA塩基配列で構成されていますが、その配列は人によって少しずつ異なり、その差異がどのような影響をもたらすのかはまだ完全に解明されていません」。こう話すのは、スローン・ケタリング記念がんセンター(Memorial Sloan Kettering Cancer Center)の計算生物学者で、アルファゲノムの早期アクセスに成功したカレブ・ラロー助教授だ。「アルファゲノムは、それをモデル化するための、これまでで最も強力なツールです」。

グーグルによると、アルファゲノムは非商用利用には無料で提供され、将来的にはモデルの全詳細を公開する予定だという。コーリ副社長によると、同社はバイオテクノロジー企業などの「営利組織がこのモデルを利用できるように」する方法を模索していると説明する。

アルファゲノムを使うことで、現在研究室で実施されている特定の種類の実験を、コンピューター上でバーチャルに実行できるようになるとラロー助教授は語る。たとえば、研究のためにDNAを提供した人々を対象とした調査では、何千もの遺伝子の差異が発見されることが多く、それぞれがアルツハイマー病などの病気の発症リスクをわずかに高めたり低めたりしている。

ディープマインドのソフトウェアを使えば、そのような遺伝子変異が分子レベルでどのように作用するかを迅速に予測できるようになるとラロー助教授は説明する。これまでこの予測には、時間のかかる研究室での実験が必要だった。「遺伝子変異のリストは手に入りますが、その中でどれが実際に何らかの作用を及ぼしていて、そしてどこに介入できるのかを理解したいと思っています」とラロー助教授は語る。「このシステムによって、ヒトで観察された遺伝子変異がどのような作用をもたらすかについて、より正確に最初の推測をすることができるようになります」。

しかし、アルファゲノムが個々人について多くのことを予測できると期待してはならない。これは遺伝子活性に関する分子レベルの詳細な手がかりを提供するものであり、トゥエンティースリー・アンド・ミー(23andMe)のような個人の特性や祖先に関する情報を明らかにするものではない。

グーグルは声明で、「AIモデルにとって個人ゲノム予測は既知の課題ですが、そのためにアルファゲノムを設計・検証したのではありません」と述べている。

アルファゲノムの基盤となっているのは、グーグルが開発したトランスフォーマー(Transformer)アーキテクチャだ。トランスフォーマーはGPT-4のような大規模言語モデルにも利用されている。アルファゲノムのアーキテクチャは、公開されている科学プロジェクトによって生成された膨大な実験データを用いて訓練された。

ラロー助教授によると、アルファゲノムが自分の研究室の日常業務を大きく変えることはないが、新しいタイプの研究を可能にするかもしれないと言う。たとえば、医師は時に、見慣れない突然変異が多数ある超希少がん患者に遭遇することがある。アルファゲノムは、それらの突然変異のうちどれが根本原因であるかを示唆し、治療法につなげられる可能性もある。

ミュンヘン工科大学の計算医学教授であるジュリアン・ガグヌールは、「がんの特徴は、DNAの特定の突然変異が、誤った遺伝子を誤った状況で発現させることです」と説明する。「アルファゲノムのようなツールは、どの突然変異が適切な遺伝子発現を阻害しているかを絞り込むのに役立ちます」。

同じアプローチは、希少遺伝性疾患の患者にも適用できる可能性がある。希少遺伝性疾患患者の多くは、自身のDNAが解読されたとしても、自身の病気の原因を知ることができない。ガグヌール教授は、「患者のゲノムは入手できるのですが、どの遺伝子変異が疾患を引き起こしているのかは皆目見当がつきません」と話す。そして、アルファゲノムが医療科学者にそのような症例を診断する新たな手立てを提供する可能性があると考えている。

最終的には、AIを用いてゲノム全体をゼロから設計して新しい生命体を作り出すことを目指す研究者や、創薬研究用の完全に仮想化された研究室を作るのに新しいAIモデルが使えると考える研究者もいる。グーグル・ディープマインドの最高経営責任者(CEO)であるデミス・ハサビスは今年、「私の夢は、バーチャル細胞をシミュレーションすることです」と語った。

コーリ副社長は、アルファゲノムをそうしたシステムにたどりつくまでの道のりにおける一つの「マイルストーン」と呼んでいる。「アルファゲノムは細胞全体を完全にモデル化するものではないかもしれませんが、DNAのより広範な解釈に光を当て始めています」。

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アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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