KADOKAWA Technology Review
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「ムーアの法則」救う
世界唯一のEUV装置企業
ASMLの苦難と挑戦
Christopher Payne
コネクティビティ Insider Online限定
Inside the machine that saved Moore's Law

「ムーアの法則」救う
世界唯一のEUV装置企業
ASMLの苦難と挑戦

誰もが「ムーアの法則」の行き詰まりを感じていた中で、オランダの企業ASMLは90億ドルと17年をかけて、不可能と見られていた極紫外線によるリソグラフィー装置を完成させ、チップのさらなる高密度化への道を開いた。 by Clive Thompson2021.11.17

パトリック・ウィランは、身につけたクリーンスーツのフェイスプレート越しに事の成り行きを見ていた。

目の前にあるのは輝くガラスのかたまりだ。大きさはオーブントースターほどで、軽量化のため所々がくりぬかれた外観はエイリアンのオブジェを思わせる。ウィランのチームはコーヒーテーブルほどの大きさのアルミのかたまりに、そのかたまりを接着する作業をしていた。微細な欠陥が残らないよう何週間も磨き続けられたアルミとガラスは、奇妙なほどに滑らかだった。接着剤が固まるまで24時間かかる。その間作業員たちは接着位置がずれないよう、ガラスとアルミの位置を神経質なまでにチェックする。

「接着位置はミクロン単位の精度で測ります」と、ウィランはその機材を指差していう。

距離が近すぎると思ったのだろう。そばにいた技師が「下がってください!」と言った。

「触れやしないよ。触ったりしないさ」。笑いながらウィランは言った。

ここでは精密さが非常に重要だ。私がいるのはコネチカット州ウィルトンにあるASMLのクリーンルームだ。ASMLはオランダの企業で、世界一精巧なリソグラフィー装置を製造している。リソグラフィーはトランジスターやワイヤーなど、マイクロチップ製造に欠かせない部品を製造するための重要な工程だ。

1億8000万ドルにのぼるこの装置は、プロセスルールが13ナノメートルの小型マイクロチップを高速で製造できる。その完成は誰もが待ち望んだものだった。世界最速で最先端のコンピュータープロセッサーを作ろうとするインテルやTSMCにとっては、このレベルの精密さが欠かせない。

最終的にオランダのASML本社で組み立てられるこのリソグラフィー装置は、完成すれば小型バスほどのサイズになり、内部では10万を数える細かな部品が連動して動く。溶けた錫(スズ)のしずくに毎秒5万回レーザーを照射することで特定波長の高エネルギー紫外線を発生させるシステムもそのひとつだ。装置を1台輸送するのにボーイング747が4機必要になる。

「これは非常に難しいテクノロジーです。複雑さでいえばマンハッタン計画並でしょう」と語るのは、インテルのリソグラフィー部長であるサム・シヴァクマーだ。

コネチカット州ウィルトンでウィランのチームが組み上げているガラスと金属のモジュールは特に重要な部品だ。このモジュールにはマイクロチップ製造に必要な回路パターンが書き込まれている。装置が極紫外線(EUV)光を照射する間にこの部品が高速で動き回り、チップパターンの様々な場所に光が当たる。すると下にあるお皿ほどの大きさのシリコンウエハーに反射した光が当たり、回路パターンが焼き付けられていくのだ。

ウィランがモニターまで歩いていくと、そこにはガラスと金属が複雑に組み合わさった部品がテストされている映像が映っていた。重量30キログラムに及ぶその部品は、目にも留まらぬ速度で動いている。

「ジェット戦闘機より速く加速します」とウィランは言う。クリーンスーツのフェイスプレートの向こう側に、短く刈り込まれたあごひげと眼鏡がわずかに覗いた。「もしどこかにゆるみがあれば、バラバラに吹き飛んでしまうでしょう」。停止位置にもナノメートル単位の精度が求められるという。「超高速で動く物体を極めて正確な位置でピッタリ止めているのです」。

写真中央上部の黒い長方形で囲ったガラス・クランプは、ウエハーに転写されるチップパターンを含むマスクを保持するのに使う。

マスクを保持するガラス・クランプを近くで見ているところ。

このスピードと正確性の組み合わせが、「ムーアの法則」についていくためのカギとなる。ムーアの法則とは、マイクロチップに詰め込まれるトランジスターの数は部品の小型化に伴って2年でおよそ2倍になり、チップがより安価かつ高性能になっていくという経験則である。トランジスターを詰め込めば詰め込むほど、電気信号がより速くチップ内のあちこちに伝わっていくのだ。

チップメーカーは1960年代以降、10年に1度ほどの頻度で波長の短い光に切り替えることでチップ内の部品を小型化してきた。しかし1990年代後半になると、波長の短縮が193ナノメートルで手詰まりになり、次の一手をどうするかが盛んに議論された。そして時が経つごとに自体は逼迫した。ムーアの法則についていくためには、チップメーカーはより複雑な設計と手法を駆使せねばならなかった。1990年代後半以降の20年間の性能向上は、そうした努力でなんとか実現できたのだ。

やがて2017年になり、ASMLがチップ生産に活用できる、13.5ナノメートルの波長の光を使うEUV装置を発表した。ここまで波長の短い光を使えば、トランジスターの密度をさらに上げられる。そうすればCPUの処理能力が増すだけでなく、省エネと小型化にもつながる。同社のEUV装置を使って作られたチップの第一世代モデルは、すでにグーグルやアマゾンといった巨大企業で採用されており、翻訳や検索エンジン、画像認識のほか、「GPT-3」のような人間に近い文章を作れる人工知能(AI)の性能向上に寄与している。

「EUV革命」の影響は一般の消費者にも届きつつある。ASMLの装置はアップルのスマホやマック、AMDのプロセッサー、またサムスンのギャラクシー・ノート(Galaxy Note)10+などに搭載されるチップ製造に使われているのだ。EUV装置が普及すれば、私たちが普段使うデバイスの性能向上と省エネ化が進んでいくだろう。EUVテクノロジーを駆使すれば設計もシンプルにできる。そうなればチップメーカーは1枚のウエハーから今より素早く多数のチップを製造できるようになり、コストダウンにつながって消費者にも恩恵がある。

EUVリソグラフィーの成功は決して保証されたものではなかった。EUV光は制御が恐ろしく困難で、ASMLには不可能だと長い間専門家からは言われていた。現にASMLのライバルだったキヤノンとニコンはいずれも数年前に開発を断念している。そのため、今のASMLは市場を独占できる立場にある。最先端のプロセッサーを作りたいならASMLの装置が必要になるからだ。この装置の年間生産台数はわずか55台で、大手チップメーカーへと活発に販売している。現在設置されている台数は100台を超える。

「ムーアの法則は崩れつつあります。この装置がなければ成り立たなくなることでしょう」と語るのは、調査会社であるCCSインサイト(CCS Insight)の研究主任を務めるウェイン・ラムだ。「EUV無くして最先端のプロセッサー製造は不可能です」。

マイクロチップ製造の重要な部分を1つの企業が独占しているという状況は極めて稀だ。さらに驚くべきは投入された労力だろう。ASMLは開発に90億ドルを投じ、17年間研究を続け、絶え間ない実験と改良を続けた末にブレークスルーに至った。EUVは今ここにあり、ちゃんと機能している。しかしその実現のため投じられた労力と時間、そして市場投入時期の遅れを見ると、必然的にある疑問が浮かぶ。EUVはどれほどの期間ムーアの法則を支えられるのか。そして、この後は何が起こるのだろうか。

ヨシュ・ベンチョップはフィリップスで長年勤めた後、1997年にASMLに入った。その当時はちょうど、チップ業界の未来が危ぶまれていた頃だった。何十年もの間、チップ製造に携わるエンジニアたちはリソグラフィーの技術を磨き上げてきた。リソグラフィーの概念自体はシンプルなものだ。まずチップの部品、すなわちワイヤーと半導体を設計し、それを複数の「マスク」に刻み込んでいく。ちょうどTシャツにプリントを施すためのステンシルを作るようなものだ。

次にそれぞれのマスクをシリコンウエハーの上に置き、光を当てる(ステンシルの上から塗料を吹き付けるのに似ている)。ウエハーの表面には「レジスト」と呼ばれる化学物質の層があり、それが光を受けて固まる。それから別の化学物質を使い、パターンをシリコン上に転写するのだ。1960年代のチップメーカーはこの工程に、波長が400ナノメートルの可視光を使っていた。次に使われたのは248ナノメートルの紫外線だった。だんだん波長は短くなり、やがて193ナノメートルとなった。ディープ紫外線(UV)と呼ばれる光だ。使われる光の波長が入れ替わるごとに、何年かの間ムーアの法則が保たれた。

しかし1990年代後半まで、チップメーカーはディープUVをぎりぎりまで集束させて使っていて、それ以上の小型化の目処は立っていなかった。新しい光源が必要とされていたのだ。当時のASMLは従業員300人の小さな会社で、ディープUVを使ったリソグラフィー装置の販売で成功を収めていた。しかし会社の存在感を維持するには、真剣な研究開発が必要であるという認識があった。

背が高く無骨で、はつらつとしながらも、しかめっ面の経営幹部であるベンチョップは、ASML最初の研究者として雇われ、年2回開催される大規模なカンファレンスに通い始めた。そこでは大手チップメーカーや政府機関所属の思慮深い人たちが顎をさすりながら、次に使う光源について議論を交わしていた。

「次に来るのは何なのか、それが問題でした」。この夏のズーム(Zoom)インタビューで、ベンチョップは当時の情勢をこのようにまとめた。専門 …

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