KADOKAWA Technology Review
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地域の安全は自ら守る、ご近所「ネット自警団」の功罪
CARLY BECK
The online vigilantes solving local crimes themselves

地域の安全は自ら守る、ご近所「ネット自警団」の功罪

ご近所さんが集まったネットのグループは、地域で起きた悪行についての噂話が大好きだ。しかし、それは地域を良くするのに役に立つのだろうか? それとも害を及ぼすのだろうか? 個人的な体験から考えてみた。 by Sonia Faleiro2022.08.01

昨年夏のある夕暮れ時、私たち家族はロンドンの自宅近くの公園でピクニックを楽しんでいた。そのとき、2匹の犬が飼い犬のゾーイを襲った。ゾーイは15歳のジャック・ラッセル・テリア(小型犬)で目が見えない。2匹はゾーイに飛びかかり、噛みついたまま離れなかった。夫が身を挺して2匹の攻撃からゾーイを守り、私は飼い主に止めに入るよう懇願した。飼い主は拒否した。私が警察に通報していることに気づくと、彼は2匹の犬を抑えつけた。しかし、そのうちの1匹が4歳の娘を追いかけ始めた。数時間後にゾーイは死に、私たちは精神的にひどく落ち込んだ。

携帯電話で撮った画像があるにもかかわらず、警察は2匹の殺害犬の飼い主を突き止めようとしなかったので、私たちはさらに打ちのめされた。英国の司法制度では、ゾーイの殺害は軽犯罪だ。殺されたのが人間ではなく動物だからだ。その現実を前に、私たちは奮い立った。警察が犯人を見つけないのなら、自分たちで見つけるまでだ。

警察が対応できない、あるいは対応したがらない問題の解決を支援するため、コミュニティはますますテクノロジーに助けを求めるようになっている。強盗や危険運転から、植物の盗難に至るまで、自分たちが巻き込まれた犯罪を解決するために地域ネットワークを利用する人たちが増えてきているのだ。私もその1人に加わることにした。

ご近所SNS「ネクストドア(Nextdoor)」の投稿の10件に1件は、犯罪や治安問題に関連したものだ。ネクストドアで私は800人近くのご近所さんを見つけた。また、フェイスブックのいくつかの近隣グループにも参加した。それらの合計メンバーは7万4000人にもなる。ゾーイが襲撃されたことを記した私の投稿は、数百回シェアされた。テクノロジーを使っている点だけは現代的だが、それ以外は昔ながらのご近所のしきたりにみな参加したわけだ。

他の地域と同様、英国でも警察官の人員削減によって生まれた隙間を集団行動で穴埋めよしようとする動きがある。英国内最大の労働組合によると、予算削減によって警察官の人員が23パーセント近くも減らされてしまったからだ。中でもロンドン警視庁は大きな打撃を受けており、2012年から2016年の間に3000人以上が職を失った。これには、警察の存在を目立たせ犯罪の抑止力とするために設けられた地域警察補助官(PCSOs:Police community support officers)の3350人が含まれている。国連の犯罪学者であるメナール・マンシェイ博士は、PCSOsは地域社会と協力するために採用されていたと話す。「しかし、予算縮小による人員削減で、地域社会とのつながりが絶たれてしまいました。そして地域社会は、自分たちだけで何とかしなければならないと感じています」。

そうした不満から、匿名の情報提供者たちは、警察ではなくまったく見ず知らずの私に連絡する選択肢を選ぶかもしれない。おそらく、それまで犯罪行為を警察へ訴えても、取り上げてもらえなかった人たちだろう。

もちろん、こうした情報共有は必ずしも良いことばかりではない。アムステルダム自由大学のロナルド・ヴァン・ステーデン准教授とティルブルフ大学の博士課程学生シャナ・メイルバウムが昨年発表した研究は、近隣グループには、差別、レッテル貼り、よそ者排斥、過剰な社会統制といった「望ましくない社会的・道義的副産物」があると指摘している。「もし人々が常に『異常な』ものや人に注意するように求められたら、ゆっくりと、しかし確実に、厳しい監視行為が人々の普段の生活に入り込んでいくプロセスを生むきっかけになるかもしれません。その結果、デジタル版曝し台が作られ、小児性愛者と推定される人の魔女狩りが起こり、『よそ者は危険』という排他性が形成され、その他の盗み見的な統制の取れない行動にかり立てられるのです。開放性、寛容性、相互尊重という民主的な価値観が危機に瀕していると認識するのは難しくありません」。

情報共有によって問題が発生した場合、問題は特定の地域、都市、または国に限られたものではなく、すでに発生している文化的亀裂に呼応することが多い。例えば、インド人は幼い頃から、子どもを誘拐して臓器を採る「バチャ・チョール」というブギーマンの話を聞かされて恐怖心を植え付けられている。2018年に地元のワッツアップ(WhatsApp)グループで広まった根拠のない噂は、この恐怖心を煽った。噂がきっかけとなってインド各地で少なくとも20人が殺害された。結果として、ワッツアップはインド国内のユーザーがメッセージを転送できる回数を制限せざるを得なくなった。一方、米国におけるネクストドアの課題は、情報共有が人種プロファイリングの呼び水になっていることだ。2015年、ネクストドアは投稿で人種に言及したユーザーに対し、人種以外の詳細を記述するよう求めるなどの変更によってこの問題に対処した。

しかし、こうした犯罪の根本的な原因は未解決のまま、というのが現実だ。警察のリソースだけでなく、ギャングの更生、薬物・アルコール依存に対する治療、児童サービスといった社会福祉プログラムも、政府のサービス削減の犠牲になっているからだ。また、ご近所グループは社会の結束にプラスの影響を与えるかもしれないが、実際に犯罪を減らしているとの証拠はない。ロンドン警視庁のダニエル・パイクPCSOsは、ネクストドアのユーザーがパトロールや逮捕、麻薬の押収につながる情報を提供することはほとんどないと話す。

ネットのグループが役に立つ機能は、情報を共有するために人々を動員することだ。私は地域社会の力を借りて収集した情報のおかげで、家族と共に警察に書類を提出し、警察に行動を起こさせることができた。ゾーイを噛み殺した2匹の犬の飼い主は、危険で制御不能な犬を所有し、怪我をさせたという2つの罪で起訴され、4月に裁判所への出廷を命じられた。

しかし、残念ながら裁判の前夜、検察官から電話があり、警察が必要な書類を提出しなかったため裁判はできないと告げられた。 数カ月の猶予があったにもかかわらず、ロンドン警視庁が基本的な手続きを怠ったために、私たち家族は飼い主に裁判を受けさせることができず、ゾーイにふさわしい正義を貫くこともできなかったのだ。

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