大場紀章「脱炭素化は日本の力を底上げする最後のチャンス」
節電要請、電力自由化、老朽火力発電所や原発停止、急速な再生可能エネルギーへのシフト、ロシアのウクライナ侵攻など複合的な要因が絡み合い、エネルギー問題は理解しづらいものになっている。もともと日本は資源に乏しく、さらに「脱炭素」という足枷がはめられている以上、今後も不確実性はつきまとう。こうした状況をどう読み解き、国や企業は短期・中長期的にどう動いていくべきか。エネルギー・アナリストでポスト石油戦略研究所代表を務める大場紀章氏の提言をまとめた。 by Atsuji So2022.09.14
「昨今の電力需給の逼迫を『脱炭素化のせいだ』と主張する人がいますが、それは必ずしも正しくはありません。実際には電力自由化制度の問題なのです」
- この記事はマガジン「脱炭素イノベーション」に収録されています。 マガジンの紹介
脱炭素化と安全保障問題、そして頻発する電力逼迫など、エネルギー問題は一般の人々にとっても大きな関心事となってきた。しかし、問題が複雑化し、理解しづらくなるにつれて、昨今では脱炭素に否定的な声も聞こえるようになった。エネルギーアナリストの大場紀章氏はそうした声に強く反論する。
2022年3月に宮城と福島での地震をきっかけに東日本の一部で停電が発生した。政府は初めて「電力需給ひっ迫警報」を出し、家庭や企業に節電を呼びかけた。また6月末にも政府からの節電要請が続き、8月にも電力逼迫問題がたて続けに発生した。岸田総理も、今冬までに9基の原発を再稼働するよう指示した。この電力逼迫の要因として、脱炭素に配慮しすぎるあまりに太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーを増やしたため、日が沈むと電力が不足するという側面は確かにある。しかし、大場氏は真っ向から否定する。
「それは脱炭素化が問題なのではありません。問題なのは、再生可能エネルギーを大量に導入しても安定供給できる制度設計になっていなかったことです。むしろ電力の安定供給と脱炭素化は両立が可能です。電力自由化によって、電力会社は極限までコストを削減しようとします。本来であれば、2016年の電力自由化の時点で、停電にならないよう、最低限の安定供給を義務付けるルールが必要でした。しかし、新電力事業者が参入しやすいように、安定供給のためのコストは考慮しなくていいという形で自由化がスタートしました。その結果、電力各社は安定供給に注力せずに今日に至りました。これこそが、電力需給逼迫につながったのです」
実はこの問題を解消するための制度は、すでに設計が終わっており、2024年度にも導入される予定となっている。それが「容量市場」である。電力自由化によって導入された通常の卸電力市場が実際に発電された電気を取引するのに対し、容量市場では4年後に発電できる能力(供給力)を取引する。将来必要な供給力をあらかじめ確保することにより安定供給を実現し、電力取引価格の安定化を目指している。つまり、自由化の制度設計の問題で投資が進まなかったことで設備の脆弱性が生じ、その解消が進む直前の、最も制度が脆弱だった時期に電力逼迫が発生したことになる。
「この容量市場も不完全な仕組みなので、それが動けばいいというものではありませんが、その最低限の制度さえ動いていなかったことが災いしました」
また3月の電力逼迫においては、地震によって火力発電所までもが停止してしまったことも原因と考えられる。それに加えて「発電所がメンテナンスに入ったときに、地震が起きて、発電所が破壊されたため、寒波による需要の拡大に対応することができませんでした」。したがって、これも脱炭素化が原因とは考えづらい。さらに、脱炭素を進めるはずの原子力発電所も現状より多くの施設が稼動している予定だった。これには東京電力のIDカード不正使用問題などもあり、予定どおり稼動できなかった事情がある。
稼げない脱炭素化はやってはいけない
電力逼迫の一方では、ウクライナ危機でロシアから欧州への天然ガス供給が絞られ、ガス価格が上昇。それに伴って日本のエネルギー価格も高騰している。ここでも「安定供給が第一」として脱炭素を否定する人が出てくる。だが、これに対しても大場氏は明確に否定する。
「むしろこれまで化石燃料に依存してきたからこそ、安定供給やエネルギー価格の高騰が起きているのであって、需要側の脱炭素はよりいっそう進めなくてはならないと考えています。電力逼迫とロシア問題があるからこそ、なおさら脱炭素を進めていくべきです。また、電力逼迫と脱ロシア問題で脱炭素への世間のイメージが悪くなり、脱炭素に対する間違った理解が国にも企業にも個人にもあって、脱炭素に対する誤解を生み出していいます」
大場氏は、個人、企業、政府の各レベルに問題があると指摘している。
「まず個人レベルとしては、イメージだけで脱炭素を日本が損する話のように捉えられている部分があります。だから現状では先送りにすべきという人が増えてきました。また企業においては、理解が二分化しています。自社のこととして脱炭素化を進めていくべきだという企業と、それでは事業が成り立たないとしてやり過ごそうとしている企業があります。
政府については、『旗を振った以上、やらざるを得ない』と考えているものの、削減の数値目標ありきの財源論になってしまい、費用対効果が低く、単なるコストとなってしまう部分にお金を投入しようとしているように見えます。
脱炭素化は本来、日本の競争力を底上げしていくための最後のチャンスです。それをうまく使えず、袋小路に入っているようです」
大場氏は、脱炭素はコストをかけて損をする話ではなく、日本企業の付加価値を向上させて、将来の利益を確保するための絶好の機会と捉えている。一般的な脱炭素化のイメージとは視点が異なる。
「企業価値を上げるために脱炭素化を推進していくべきだと考えているので、そもそもコストでしかない脱炭素はやるべきではありません。キャッシュを生んで利益につながるような脱炭素や、企業の魅力を増して優秀な人材を集めることができるような事業でなければやってはいけません。稼げない脱炭素は社会コストを増やすだけです」
今すぐ進めるべき脱炭素化
稼げる脱炭素化について、大場氏は「たとえば、まだ省エネを実践していない事業者であれば、省エネを進めていけばいいのです」と指摘した上で、重要なポイントとして熱需要の転換を指摘する。
「150°Cぐらいまでの熱源を使用している企業では石炭やガス、重油など化石燃料ボイラーを使っているところが多い。これをヒートポンプに変えることで、化石燃料の消費量を大幅に減らせます。しかも熱源を分散化でき、セントラル・ボイラーを分散型ボイラーに変えられ、工場のアライメントも劇的に良くなります。しかし、現状はそういう検討がほとんどされていません。こうしたプラント設計の見直しを進めていけば、ボイラー需要の相当な領域で化石燃料を転換できます」
さらに、もう1つの重要な点として、断熱を挙げている。「断熱は日本が圧倒的に遅れている領域です。今からでも既存の建築物の窓交換に補助金を投じても遅くはありません。手間はかかるし大変ですが、やるだけの意味はあります。これら2つの領域が、今すぐ進めるべき脱炭素化です」。
実際に熱需要の転換は大きな課題だ。現状、電力の脱炭素化に注目が集まっているが、熱需要をいかに電化できるかで、脱炭素の進展は大きく左右される。しかし現実にはそこはまだほとんど手つかずの状態となっている。
「電力の脱炭素化は議論が尽くされているので、あとはやるべきことをやるだけです。今は需要側の転換を議論すべきでしょう。熱需要の転換が脱炭素化に最も効果があると思います。それにはボイラーの転換と断熱、それから輸送燃料の転換が大きい。この3つの脱炭素化、つまり電化がフロンティアだと考えています」
一方、150°C以上の高温の熱が必要なアルミや鉄、セメント、パルプなどの産業では、熱需要の転換が難しい。技術的にも実現が難しいため、政府も積極的に補助金を投じる傾向にある。だが、「ここで脱炭素化を大規模に進めると、社会コストを増やすだけで、競争力の向上にはつながりません。研究開発は必要ですが、この領域の脱炭素化の実現は一番後回しにするべきでしょう」と大場氏は主張を展開する。
コストが過大にかかってしまう産業領域では、脱炭素化を急ぐことは、むしろ損失となる。将来の目標として掲げていくことで付加価値を減らさず、将来に備えておくことが望ましいと大場氏は見ている。見過ごされがちな視点だが、考慮に値するものだ。
企業を正当に評価できる株式市場が必要
脱炭素化を進める上で政府の役割は大きい。しかし、いまだ政府の取り組みが進んでいない領域がある。それは労働流動性の向上と資本市場改革だ。日本企業が高付加価値産業に転換するには、労働者の流動性を高める必要がある。
「ボイラーの転換と断熱、輸送燃料の転換、これら3つの脱炭素化、つまり電化がフロンティアだと考えています」
「その大義名分に脱炭素を使うべきです。たとえば『脱炭素転職基金』といった制度を用意し、脱炭素関係の人材の流動化を進めることで、付加価値の低い事業から転換を図るインセンティブを働かせる、という考え方です。一方、脱炭素は市場からの要求という側面が強い。その要求が見えていないと、何をするべきなのか判断できません。しかし、日本ではイノベーションを起こす事業者を正当に評価できる、成熟した株式市場が育たなかった面があります」
そのため大場氏は資本市場の改革が必要と主張する。脱炭素に取り組んでいる企業が株式市場で正しく評価を受けて、事業価値を向上することで脱炭素化は進展する。株式市場が健全化されないと「日本の企業が脱炭素化しても、その価値を発揮できないことになることを危惧している」。この状況をどのように改善していくのか。
「具体的には『ファイナンスとは何か』ということを企業にも投資家にも勉強してもらうしかありません。そして、その機会を増やしていくことは政府の役割です。労働市場と株式市場の改革が、財政支出以外に政府ができることであり、それがないと社会にイノベーションが起きません」
現状、日本銀行や年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が株式市場を支配しているため「エクイティ・ファイナンス(新株発行による資金調達)が存在しておらず、すべてデット・ファイナンス(銀行からの借り入れや社債による資金調達)のようになり、事業者をミクロに評価することができていないのが問題だ」と大場氏は危機感を示す。
GX戦略は停滞気味
現在、政府の脱炭素化として注目されているのがグリーン・トランスフォーメーション(GX)で、150兆円の投資を呼び込もうとしている。これは2030年までに必要な民間投資を含めた投資総額の推計であり、政府の財政支出を呼び水に民間投資を促すというもの。欧米のグリーンディールに匹敵する財政支出を呼び起こすべく、経団連が政府に財政支援を要請した結果、政府は10年間で20兆円を投資していく計画だ。
この動きに対して、大場氏は「カーボンニュートラルに関わる政財界の典型的なもので、数字ありきの象徴的な動き」と疑問を呈している。
世界の脱炭素化は国家主導ではなく、民間企業、特に金融機関が産業界にGXを強く要請し、そのために財政支出に働きかけて、国民の財産である税金を使って産業界の転換を図るという流れが起きている。大場氏の「市場権力が政治権力を浸食していることと捉えている」との見方は特徴的だ。
政府の進めるGX戦略の議論も停滞している。一部では2022年内にも概要が決まると見られており、GX実行会議も7月にスタートしたが「まず20兆円の枠組みが決まらないと、クリーンエネルギー戦略の議論ができません。その議論も2~3カ月ではまとまらないので、おそらく年内には決まらないでしょう」と予測する。一部では高い期待が寄せられている150兆円のGX投資だが、予想以上に難航しそうだ。
本当に意味のある技術は少ない
脱炭素化の技術にも厳しい目を向ける。たとえば二酸化炭素の回収・貯留(CCS)や直接空気回収(DAC)などが注目されているが、「それらは二酸化炭素を固定化することでどういう付加価値を生み出すかが問題です。単に二酸化炭素を固定化するだけでは意味がありません」と大場氏は懐疑的だ。
「アンモニア発電には意味があります。それはアンモニアが水素を駆逐するものだからです。水素発電は最もやってはいけないソリューションだと個人的には思っています。なぜならコストの問題を技術的に解決することが原理的に不可能だからです。常温で運べるアンモニアに比べて、-253°Cの液体にしなければならない水素は、海外からの輸送コストが割高です。国内の再生可能エネルギーで作った水素で発電しても、再生可能エネルギーを蓄電池に貯めて使う場合と比べて変換効率の限界に数倍の差があるため不利です」
政府は2030年の電源構成に水素やアンモニアによる発電を盛り込んでいるが、日本以外でもアンモニア発電を検討する国が増えてきた。アンモニア発電では石炭火力発電の燃料にアンモニアを混ぜて燃焼させることで、二炭化炭素排出量の削減を実現する。この場合、既存の火力発電を利用できるため、脱炭素のソリューションの中では導入のハードルも低い。社会的ソリューションとしては大きなイノベーションとなる可能性を秘めている。
特に日本のように液化天然ガス(LNG)輸入量の多い国にとっては有力な選択肢であり、欧州もこれからロシアの天然ガスから離脱していくため、LNGを他の国から輸入していかなくてはならない。「そうなるとアンモニアの重要性も高まり、先行して日本がやればやるほど有利」と見る。
最近になって、政府も水素・アンモニアの値差支援を進めようとしている。化石燃料の代替として注目される水素・アンモニアだが、価格が高いのがネックだ。そこで、政府が既存燃料との価格差を支援することで、導入促進を図ろうというもので、近く委員会も立ち上がる予定だ。水素はLNG、アンモニアは石炭の代替として位置付け、それぞれで価格差を支援しようという考えだ。
だがこれについては、「アンモニアは現状、天然ガスから製造しています。天然ガスの代替輸送手段であるので、同じく天然ガス由来のLNGとコストを競争すべきでしょう。その意味でアンモニアの値差支援には反対です。水素発電をやめるか、値差支援のスキームを変える必要があります」と大場氏は疑問を呈している。
「アンモニア以外で最もインパクトが大きいのは、ビークル・グリッド・インテグレーション(VGI)です。これは以前V2G(ビークル・トゥ・グリッド)と呼ばれていたもので、電気が余っているときは電気自動車(EV)を充電して、電気が足りないときはEVから放出してもらうというものです。言葉で言うと簡単ですが、実際にビジネスとしてやろうとすると二重の不確実性が生じます。つまり、系統側の不確実性と車の乗り手側の不確実性があり、この2つの不確実性の最適解を導き出すことが非常に難しいです」
すでに世界中でトライアルが始まっているが、規模もコストもハードルが高い。車側で採算をとろうとすると、送電側の変動が高くないといけない。しかし政府は変動を抑えようとするので、車側は採算が取れなくなっていく、というジレンマが常にある。大場氏は「電力事業と自動車事業の両方で最適解を導くような制度設計や事業モデルを見出せる人はまだこの世に存在していません。これは今後10~20年の最大のイノベーション領域」と期待感を示す。
マーケティングの過小評価は日本を阻害する
日本は脱炭素に関して多くの技術は有している。ただ、投資がついてこないことが問題とも大場氏は指摘する。
「日本の技術は高くても投資につながりません。同じ技術であれば、商社は海外のベンチャーに投資する傾向があります。海外のベンチャーのほうが単にクールだと考えられているのです。クールではないという理由で日本の技術が選ばれないのです。見せ方を工夫することで、皆が共感できるような社会改革をすべきです」
たとえば、メタネーションという技術がある。水素と二酸化炭素から天然ガス(メタンガス)を製造するもので、ガス会社などが開発に力を入れている。大場氏は「メタネーションという名前がよくありません。技術用語なので一般の人々には良さを感じさせないのです。マーケティング上で敗北していると思います」と厳しい。
しかもガス体エネルギーの必然性がないとメタネーションには意味がない。将来にわたって、ガス体エネルギーでなければならない領域というのは、150°C以上の高温域の熱が必要な事業者である。家庭を含めて、それ以外では、ガスは絶対必要というわけではない。「高温領域向けでメタネーションは必要かもしれません。マクロなソリューションとなる必要はないので、ニッチな技術となるでしょう」との見方だ。さらに大場氏は「脱炭素はマーケティングの世界でもあります」と興味深い意見を提示した。
「従来の考え方で脱炭素化を捉えている人は、それが日本の経済力やイノベーションを阻害する諸悪の根源になっていることを自覚してもらわなければなりません」
「たとえばテスラは、自分たちのことをEVメーカーとは名乗りません。既存の枠組みに入っていると思われたら、自分たちの価値を損ねるということが分かっているからです」
もちろんアンモニアは一般の人の目に触れるような事業ではない。メタネーションも同様だ。しかし株式市場で評価されるべき需要側のソリューションは、マーケティングが重要となる。テスラは実際の商品価値よりも、高い評価を得ている。これは「マーケティングの勝利」だと大場氏は言う。
「マーケティングの力を過小評価している人たちが、脱炭素を軽視して日本の評価を貶めています。人々が感じる価値こそが変革の源泉です」
CO2が削減できなくてもいい
大場氏の基本認識として、優先されるのは日本の変革であり、そのために脱炭素やデジタル・トランスフォーメーション(DX)といった旗印を利用していくということだ。
「脱炭素で二酸化炭素を46パーセント減らすこと自体、大きな問題だとは思っていません。日本の二酸化炭素排出量は世界の3.2パーセントしかありません。そのうち46パーセントを削減しても、世界的にはそれほど影響はないのです。むしろ、その旗印のもとに日本をどれだけ変えることができるか。そのほうがはるかに重要です」
一方で脱炭素をイデオロギー闘争だと考えている人も多い。財界でもただのコストでしかないと考えている。こうした考え方・意識を世代交代しないと前に進まない。
「従来の考え方で脱炭素化を捉えている人は、それが日本の経済力やイノベーションを阻害する諸悪の根源になっていることを自覚してもらわなければなりません」
脱炭素化は二酸化炭素の削減を促すもの、という観念に大場氏は揺さぶりをかけている。日本の変革を促す脱炭素化へ、意識を変えてエネルギー問題を捉えていく必要がありそうだ。
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