実効性のないティックトック禁止法、その目的は?
米国モンタナ州で今年5月、ティックトックを禁止する法律が成立した。しかし、現実的に考えると特定のインターネット・サービスを狙って禁じることは難しい。 by Tate Ryan-Mosley2023.08.04
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
最近、ワシントンD.C.からニューヨークまで車で移動する機会があった。移動中、インスタグラム、ティックトック(TikTok)、ツイッターを表示していた私は、メリーランド州、デラウエア州、ニュージャージー州の州境を超えるたびに、モンタナ州のことを考えずにはいられなかった。モンタナ州で今年5月、中国の巨大テック企業であるバイトダンス(ByteDance)が提供する巨大ソーシャル・メディア・アプリ、ティックトックを禁止する州法が成立したのだ。
州を越える際に特定のアプリを削除したり、再びダウンロードしたりしなければならなくなるような道を我々は本当に進んでいるのだろうか? ティックトック禁止令はこの先どうなるのだろうか? 実際に施行されることがあり得るのだろうか?
米国の政治家たちは中国によるスパイ活動に対する懸念から、ここ数カ月、ティックトック・アプリを厳しく精査しているが、今回のモンタナ州の禁止令は中でも最も劇的な動きだと言える。モンタナ州議会は、グーグル・プレイ(Google Play)やアップルのアップストア(App Store)のようなマーケットプレイスを標的とする法律を制定した。2024年1月1日以降、グーグルやアップルがモンタナ州のユーザーにティックトック・アプリを提供すると、1日当たり1万ドルの罰金を科される可能性がある。
多くの学識者、政治家、技術者たちは、この禁止令について馬鹿馬鹿しく、憲法違反であり、排外主義的なものだと呆れている。また、すでに法的な異議申し立ても始まっている。ユーザー集団が憲法を根拠としてモンタナ州に対する訴訟を起こしたのに続き、5月29日にはティックトックも州を相手取って提訴した。
サンタクララ大学法学部教授で同大学のハイテク法研究所で共同所長も務めるエリック・ゴールドマンは、今回の禁止令は政治的ゲーム以外の何物でもなく、メッセージを伝えることを意図しているのだろうと語った。「単なるプロパガンダであり、モンタナ州民の安全を守るための取り組みなどではありません」。
ティックトックがユーザー・データを、米国の政治家たちが主張するような規模で中国政府に渡しているという証拠はまだ本当にないのだ。だが、ティックトック禁止法案は全米各地で出されている。しかも、超党派の支持を得ており、バイデン大統領も全国的な禁止令を示唆している。米国の議員たちが反ティックトックに向かうのも今回が初めてではない。2020年には当時のトランプ政権がティックトックを禁止しようとし、裁判官が中国によるスパイ活動を立証するだけの十分な証拠がないと判断したために阻止された経緯がある。
モンタナ州の禁止令が施行された場合、法的強制力はどうなるのか。モンタナ州にあるグレイシャー国立公園を訪れるときは、ティックトック・アプリを削除しなければならないのだろうか。どうやらその必要はなく、州法はティックトック・アプリをダウンロードしてインストールする道を断つものであり、すでにスマホにアプリを入れている人を対象とするものではないようだ。
モンタナ州のティックトック利用者の中には、アプリ上に築き上げた自分たちのプラットフォームやコミュニティが失われる恐れがあると嘆き始めている人もいるが、法律はユーザーへの罰則を直接規定してはいないため、それほど心配する必要はないかもしれない。
アプリストアからティックトックを排除すれば、新規ユーザーの獲得が困難になり、アプリストアは端末の位置情報に応じてアプリ提供の可否を切り替える義務も課されるだろう。アップルとグーグルの立場を代弁するロビー団体であるテックネット(TechNet)は、アプリストアには州ごとに「ジオフェンス」する機能がないため、このような政策の施行は現状では不可能だと述べている。
モンタナ州の議員たちは、真に執行力のある法律を作ろうとしたわけではないのだろうとゴールドマン教授は言う。「彼らは決して施行できそうにないような法案を通しますが、施行を目的としてはいないのです。州議会は、特定の有権者たちへの気遣いを示せればそれでいいのです」とゴールマン教授は語った。MITテクノロジーレビューはモンタナ州のグレッグ・ジアンフォルテ知事に質問を送ったが、回答は得られていない。
モンタナ州の禁止令がすべての法的申し立てから逃げ切る可能性は低いと思われるが、ほかの州でも同様の法案が可決される可能性がある。そうなると、米国でインターネット言論規制がどのよう展開されているかというより広い文脈で考えることになる。州議会は互いに影響を及ぼし合い、両党の国政戦略の実験場としての役割を果たしている。そして、インターネットの言論とプライバシーに関する米国法が存在しない今、ソーシャル・メディアへの制限をいかに強化するか、そしてソーシャル・メディアがもたらし得る害について、誰もが実験をしているのだ。
私は最近、相次いで登場する児童オンライン安全法案に関する記事、関係情報を掲載しているWebサイトをホストするインターネット・サービス・プロバイダーを標的に中絶情報を検閲する取り組みに関する記事、米国で作成されている州レベルの断片的な法律を寄せ集めたものに関する記事を書いてきた。ティックトック禁止令のようなこの種の法案の多くは、非常に政治的なものであり、司法の審査を通過することはないと思われるが、しかしそれらの政治的な法案は、インターネットをいかに安全で開かれた空間にするかという国家レベルの生産的な話し合いに向けるべき労力、資金、注目を奪い去ってしまう。
モンタナ州の米国自由人権協会(ACLU:American Civil Liberties Union)を始めとする言論の自由を主張する諸団体は、今回の禁止令に反対している。モンタナ州ACLUの政策担当役員であるキーガン・メドラノは声明で、「私たちは安っぽい政治的な点数稼ぎのために憲法修正第1条の権利を手放してしまうようなことは決してありません」と述べた。
結局のところ、これらの禁止令の実験がもたらす本当の危険性は、政策決定に政治的意図が入り込んでいることだろう。これは非常に古くから言い尽くされてきたことだ。我々にとって残念なことに、この馬鹿げたインターネット法案の時代は今後も続くようだ。
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テック政策関連の気になるニュース
- 中国と米国のテクノロジー戦争と言えば、5月24日にマイクロソフトが、中国のマルウェアがグアムや米国の他の場所の通信システムに悪影響を及ぼしたと警告した。米国の諜報機関は2月にこのハッキング行為を検知したが、「重要な」サイバー・インフラのサーバーへの遠隔アクセスを可能にする謎のコードという形で見つかった。この攻撃は、中国のハッキング集団であるボルト・タイフーン( Volt Typhoon)によるものだとされており、現在も続いているようだ。グアムは台湾有事に米軍が対応する際に不可欠な拠点だ。
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テック政策関連の注目研究
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- テイト・ライアン・モズリー [Tate Ryan-Mosley]米国版 テック政策担当上級記者
- 新しいテクノロジーが政治機構、人権、世界の民主主義国家の健全性に与える影響について取材するほか、ポッドキャストやデータ・ジャーナリズムのプロジェクトにも多く参加している。記者になる以前は、MITテクノロジーレビューの研究員としてニュース・ルームで特別調査プロジェクトを担当した。 前職は大企業の新興技術戦略に関するコンサルタント。2012年には、ケロッグ国際問題研究所のフェローとして、紛争と戦後復興を専門に研究していた。