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溝口貴弘:触覚を持つロボットの普及で人手不足に立ち向かう起業家
溝口貴弘(モーションリブ)/提供写真
Trajectory of U35 Innovators: Takahiro Mizoguchi

溝口貴弘:触覚を持つロボットの普及で人手不足に立ち向かう起業家

モーションリブのCEO 溝口貴弘は、日本の労働人口減少を見据え、繊細な力加減が必要な作業をロボットが人に代わってできるようにする「リアルハプティクス」技術の社会実装・普及に力を注いでいる。 by Yasuhiro Hatabe2023.09.14

大学時代にリアルハプティクス(力触覚伝送技術)の研究を始めた溝口貴弘は、2017年にモーションリブを設立した。

リアルハプティクスは、「モノの感触や人間の動きをデータ化して自在に使えるようにする技術」で、2002年に慶應義塾大学の大西公平教授が発明したものだ。モーションリブは、慶應義塾大学の大西研究室を中核とするハプティクス研究センターとの共同研究開発によって、産業界へのリアルハプティクスの導入を推進するスタートアップとの位置づけだ。

同社はリアルハプティクス技術をICチップ化した「AbcCore」を軸に、さまざまな業界へのリアルハプティクスの導入を進めており、その取り組みが評価された溝口は2021年、「Innovators Under 35 Japan(35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれた。

「リアル」ハプティクスである理由

そもそも「ハプティクス」という言葉自体、まだ馴染みが薄いものかもしれない。ハプティクスとは、振動や動きなどを人間に与え、触覚を通じて情報を伝える技術や研究分野のことを指す。例えばゲームのコントローラーを振動させてバーチャル世界のものに触れたような感覚をユーザーに伝えたり、スマートフォンのタッチパネル操作に対して振動でフィードバックしたりする。しかしその多くは、演出のための疑似的な振動や動きだ。

それに対し、「リアルハプティクスが目指すのは、機械やロボットが人の触覚という機能を持つこと」だと溝口は話す。疑似的な触覚ではなく「実世界の」触覚をデータ化して提示することであり、それゆえに「リアルハプティクス」と呼ばれている。

力センサーでの計測ではなくアルゴリズムで推定

リアルハプティクスを搭載した装置を使うことで、人間がどう動き、どのような作業をしたかを精細にデータ化できる。その記録から、ロボットにそのデータ通りの動きをさせる使い方も可能だ。同様に、モノの感触をデータ化して記録することで、別の場所で別のタイミングで、再現することもできる。

リアルハプティクスは「制御技術」でもある。触覚や動きを捉えてデータ化するだけでなく、それに応じてモノをつかんだり、動かしたりする。機械やロボットを動かす上では、モノに力を加える「制御」と、それによって生じる反作用を捉える「計測」が密接に関わっており、原理的には計測の精度が上がれば制御の精度も上がる。

意外に思えるかもしれないが、リアルハプティクスでは力や触感を計測する力センサーを使用していない。力センサーは扱いが難しく、制御の精度をある程度犠牲にしなくてはならないからだ。では、どのように反作用を取得しているのか。

装置がモノに対して力を加えた結果、それによって対象物が実際にどれくらい動いたかを変位センサーを用いて計測し、そこから計算でどれくらいの力が発生していたかを推定するのだという。これにより、計測と制御、両方の性能向上を可能としていることがリアルハプティクスの特徴の1つだ。

この技術が世の中で使われるようにしたい

溝口がリアルハプティクスに出会ったのは2008年、慶應義塾大学理工学部の3年次に所属する研究室を探していた時のことだった。「もともとは機械やロボットに関わる研究をしたいと考え、理工学部を選びました。世に出る技術、そして社会に役立つ技術を研究したいと考えていました」と溝口は振り返る。

いくつかの研究室を訪れる中で、リアルハプティクスのデモンストレーションを触った時、「これだ」と直感して迷わず大西教授の研究室を選んだ。その後は大学院へ進み、2014年に博士号を取得する。

「リアルハプティクスは必ず世の中で使われるようになる技術だと感じましたし、ぜひそうなるようにしたいと思いました」。

そのような思いから、溝口は一時期、就職活動もしたのだという。企業の研究所に籍を置き、その中でリアルハプティクスを世に出していく仕事をしようと考えたのだ。しかし、すでに企業で働いている先輩に話を聞くと、自分のやりたい研究を思う存分できるようになるまで10年はかかるという。「自分でやるのが一番早い」との結論に至り、起業の道を模索することになった。

溝口は卒業後、大西教授の研究室に研究員として所属し、技術開発を続けた。大学がハプティクス研究センターを設立し、企業と共同研究開発を始めた頃だったが、企業側がロジックを理解して使いこなすには相当な時間と体力が必要だということが見えてきたという。

「リアルハプティクスの核となる機能をICチップの形にして提供すれば、企業も使いこなせるのではないか」との仮説から、溝口らはAbcCoreの開発に取り掛かった。ちょうどその頃、研究室の先輩であり、2002年にリアルハプティクスの実験に初めて成功した飯田 亘(現モーションリブCTO)が、それまで勤めていた会社を退職してハプティクス研究センターの所員になった。溝口と飯田は、平日は顧客企業のニーズを聞き取り、週末にはAbcCoreの開発を進め、2017年のモーションリブ設立に至る。

リアルハプティクスをチップ化した「AbcCore」 (写真提供:モーションリブ)

導入障壁を下げて普及を加速したい

35歳未満のイノベーターの選出後、溝口は、リアルハプティクスの社会実装・普及を一層加速するため、導入障壁を下げる取り組みを進めている。

例えば、市販されているマニュピレーターと呼ばれるロボットに対し、改造することなくリアルハプティクスを実装するための技術を開発。また、多くの企業の工場で機器やロボット同士が通信するために使っている産業用ネットワーク「CC-Link」にAbcCoreを接続するための基盤を開発し、ネットワーク内の機器でリアルハプティクスの機能を使いやすくした。

「リアルハプティクスは必ず世の中で使われるようになる技術だと感じましたし、ぜひそうなるようにしたいと思いました」

これらの取り組みの主眼は、すでにある設備や装置に対してリアルハプティクスを容易に、スムーズに実装できるようにすることだ。現在は、AbcCoreの細かな機能改善・追加を続けながら、顧客企業の要望・ニーズに対応する上で必要となる機能や周辺技術を作ることに注力している。

活動を続ける上で大事にしている考え方を聞くと、溝口は「素直でいること」だと答えた。研究者から経営者になった現在も一貫した考えだ。

「まずは、ありのままを受け止める。机上の計算でどれだけよさそうだと思えても、実験ではその通りにならないこともある。会社を立ち上げてからも、いろいろな立場の人から意見を頂く。一度はまず受け止める。そこから新しい技術やアイデアが浮かんできます。常に新鮮な気持ちを忘れないようにしたい」。

労働人口減少の問題を解決する切り札に

少子高齢化により労働人口の減少が急速に進み、不足する労働力を機械で補わなくてはならない社会が到来する。そうした近い将来に備え、「幅広い産業に、すばやくリアルハプティクスを導入できるような技術基盤を作っていきたい」と溝口は話す。

人間が「労働」としてこなす作業の種類は実にさまざまだ。「モーションリブが単独でできることはとても限られていて、触覚が必要とされる業務をすべてカバーすることは到底できません。仲間を増やすことが重要です」溝口は言う。仲間とは、リアルハプティクスの利用者や、リアルハプティクスの導入を支援するパートナー企業のことだ。だからこそ、リアルハプティクスを「誰でも簡単に使える」「あらゆる場面に活用できる」ようにすることが必要だ。

「製品が売れることはもちろん重要。さらにその先で、顧客企業が展開するリアルハプティクスを使用した製品やサービスに、誰もがアクセスできる世界を作っていきたいと考えています」。

この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら

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