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How to close the gender gap in STEM?

STEMのジェンダー・ギャップを埋めるには?日本MIT会が議論

MITの卒業生らで構成する日本MIT会は、MIT初の女性卒業生150周年を記念したイベントを都内で開き、STEM分野におけるジェンダー・ギャップ解消をテーマに議論した。 by Koichi Motoda2023.10.20

1971年、マサチューセッツ工科大学(MIT)に女性として初めて入学した化学者のエレン・スワロー・リチャーズは水質検査基準策定などの研究で功績を残し、後に女性科学研究所を開設するなどして、女性科学者の道を切り開いた。だが、そのリチャーズのMIT卒業から150年が経った今も、科学や工学における男女のジェンダー・ギャップは依然として残っている。

そうした中、MITの卒業生らで構成する日本MIT会は、「あらゆる障壁を打ち破れ – STEM分野に携わり、リーダーとして活躍できる世界にむけて-」と題するイベントを8月7日、CIC Tokyoで開催した。MIT初の女性卒業生150周年を記念した本イベントでは、MITの村上(ウェインライト)治子助教が「環境リジリエンスを高めるために、科学技術はどう貢献できるのか?」と題して基調講演。その後のパネルディスカッションには、MITにゆかりのある女性研究者らが加わり、STEM分野におけるジェンダー・ギャップ解消をテーマに議論した。

MIT助教が感じた米国の研究環境

MITで原子核科学・工学と土木環境工学を研究する村上(ウェインライト)治子助教は青森県出身。原子力発電や核廃棄物処理の施設が存在する土地で育ち、幼い頃から環境問題に関心を持っていたという。そうした背景から、村上氏のキャリアは環境より先に原子力からスタートしている。研究者となった村上氏は当初、地中深く作られた高レベルの核廃棄物処理場について1万年後のリスクを調べていたが、もっと実践的な研究がしたいと思い、米国で100カ所以上ある核兵器製造に関わった工場跡地での土壌汚染データについて調べることにした。「これらの場所では、あまり危険でないと思われていた物質が逆に広範囲に広がり問題になっている。また、廃棄物は量ではなく、物質の化学的特性や動きやすさも大事だと認識することになった」(村上氏)。

写真:日本MIT会

このような経験から、村上氏は環境の研究においては、モニタリングがいかに大切であるかを学んだという。「実際のデータはハードエビデンスであり、何も検出されなければ住民に安心を提供できるし、変化を捉えることができるというシステムがあるということは、より安心につながる」(村上氏)。現在ではデータサイエンスは大きく進展し、オープンデータの分野ではUSGS(米国地質調査所)が河川のセンサーの情報をWeb上で公開していたり、グーグルが保有する衛星写真を簡単に入手できたりする状況にある。そこで村上氏は、米エネルギー省から資金援助を受け、「Advanced Long-Term Environmental Monitoring Project(先進的長期環境モニタリング・プロジェクト)」を立ち上げた。「最初は核兵器工場跡地のモニタリングから始まっているが、将来的には一般的な水質汚染地でもモニタリングができるようにして、新しいロングタイム・モニタリングのパラダイムを作りたい」(村上氏)。

そんな村上氏は常に、自分がMITで何ができるかを考えているという。例えば、持続可能なエネルギーについて研究する際にも、バッテリーやソーラーパネルなどの製造に必要なリチウムや銅といった鉱物資源に関する調査の需要が高まっており、「そこでも環境モニタリングが重要で、その第一歩としてシチズンサイエンス(一般市民による科学活動)の形で進めていけないかと考えている」(村上氏)。

次のステップとしては、遠隔地での環境モニタリングのネットワークを構築したいという。研究機関などがない地域では、高校やコミュニティカレッジなどをベースにできないかと模索している。モニタリングのセンサーデータを通じて、さまざまな地域でSTEM教育を強化し、環境問題に興味を持つ人を増やすことが必要だ。「そういった活動にも、MITからいろいろとサポートを得ている」(村上氏)。

一方で村上氏は、自身の研究者としてのキャリアや、米国での女性研究者の現状についても触れた。村上氏は京都大学工学部を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校(USバークレー)統計学修士、原子核工学科博士となり、2022年にMITの研究者になったが、好奇心がとても強く、小さい頃から天文学や歴史、超常現象の本などを読んできたという。「今は気候変動のモニタリングや精密農業、放射性廃棄物処理など幅広い分野の研究に関わっているが、子どもを寝かしつけてからも毎日12時過ぎまで仕事をしても、毎日、本当に楽しく、幸運だと思っている」(村上氏)。

京都大学の大学院時代、米国の国立研究所にインターンで参加したことが村上氏の研究者キャリアとしての第一歩。「女性の研究者がたくさん働いていることにとてもインスパイアされた」。米国の研究機関では、よく「ハッピーマザー、ハッピーファミリー」という言葉を聞くと言い、これは「朝早く起きてみんなの朝食を作るとかじゃなく、母親でも寝坊してもいいし、ジムに行ったり自分の好きことをしでもいい。まず、母親が幸せであるからこそ、家族みんながハッピーになれる」という意味だという。村上氏は「日本もこうなってほしい」と話す。

多様で寛容な社会がイノベーションを生み出す

続くパネルディスカッションには、村上氏に加えて、日本での下水サーベイランス普及に取り組む京都大学招聘研究員の遠藤礼子氏、女性科学者のためのリーダーシップ育成プログラム「Epistimi(エピスティミ)」の日本部門長を務める田口(向坊)仁美氏が登壇。日本MIT会の会長であるロメインさわか氏がモデレーターを務めた。

パネルディスカッションの様子。左から、日本MIT会の会長であるロメインさわか氏、MITの村上(ウェインライト)治子助教、京都大学招聘研究員の遠藤礼子氏。
写真:日本MIT会

ロメイン氏はディスカッションの前提として、2023年に発表された世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数で、日本が過去最低の125位になったことを紹介。また、 OECD(経済協力開発機構)から発表された近年のデータでも、STEMを学んだり仕事としてSTEM分野に関わったりする女性の比率が低く、企業の管理職における女性の比率も欧米と比べて大きな差があることに触れた。そのうえで、どのような障壁があると感じているのかを尋ねた。

村上氏は、日本の大学では物理工学科の場合、男性50人に対して女性1人という状況だったが、米国では原子核科学科でも女性が20%ほどいて、「リーダーシップにも女性がたくさんいることで励まされた」と話す。さらに、学生時代は教授にすぐ名前を覚えてもらえるなど、女性が少ないことでのギャップは特に感じなかったという。「社会に出ると、日本では子どもの風邪を理由に早退したら上司に叱られることがあるという話を聞いた。米国ではそうしたことは考えられず、ギャップの大きさを強く感じた」(村上氏)。

田口氏は、社会人の先輩から「(男女限らず)博士課程を出た人はプライドが高く、一緒に働きにくい」と言われたことにショックだったという。まずは、周りに一緒に働いてもいいと思ってもらう努力が必要だが、さらに上に行くにはリーダーシップに必要なスキルを学ぶ必要がある。「女性にはその機会が少ないので、メンターやアドバイザーなど自分をサポートして育ててくれる人の存在が大事になってくる」(田口氏)。

遠藤氏もメンターの存在が重要であるとし、「出産など女性特有のことを相談するなら同性がいいと思うが、女性だから男性のメンターではいけないといったことはないと思う」との考えを述べた。

一方、米国企業でもボードメンバーになるほどまだ男性が多く、そこに女性が外から入るには時間と労力が必要になる。「そうした状況を変えるためにも、ボードメンバーの中から男性が扉を開けてくれれば、物事が早く進む。他の男性もそれを見て扉を開けてくれるようになるので、男性が女性をメンターして文化を変えていくことも大切」(田口氏)。

また、「パートナーとしての男性の役割」について、村上氏は「米国でも子育ては大変だが、女性がトップに行くケースでは、夫が完全に仕事を辞めて妻をサポートするケースも多い。いろんな夫婦の形があってもいいと思う」と述べた。

次にロメイン氏は、研究者であり起業家でもある遠藤氏に、「起業家としての成功のコツ」について尋ねた。遠藤氏は、「人の評価や失敗を気にせずに進めること。成功するためにやるのではなく、本当に情熱を感じたことにどんどん挑戦する。失敗することによる学びも大きい」と答えた。

これに対して、田口氏は「何を成功と決めるか」が重要であると述べた。例えば、自分がやりたい研究に対して、論文を出せば成功としてしまうと、論文が通らないと失敗になる。「研究に没頭することを成功とすれば、論文が通らなくても次はどうしようかと考えられるのでつなげられる」(田口氏)。

リモートで登壇した田口(向坊)仁美氏は女性科学者のためのリーダーシップ育成プログラム「Epistimi(エピスティミ)」の日本部門長を務める。

ここでロメイン氏は、将来STEM分野で活躍する女性研究者やリーダーをどう育てていくか、それぞれの考えを聞いた。村上氏は、ボトムアップで人々の意識を変えることも必要だが、「トップダウンでマネジメントやセクシャル・ハラスメントのトレーニングを実施することも、最初のステップとしては必要だと思う」と答えた。また、村上氏は自らがリーダーシップを発揮できる機会を得た際、「子どもが生まれたばかりだから」と断ったそうだが、ある男性から「男性はすぐイエスって言うけど、女性は注意深いよね」と言われたという。「こうした体験から、その時は無理だと思っても、イエスと言うよう心がけている」(村上氏)。

遠藤氏も、絶対にできると確信してからイエスと言うのではなく、「できないことをやるからこそ学べる。むしろ、できないことをやらないと成長しない」と同意する。また、遠藤氏は「日本の学校ではSTEMのおもしろさを教えていない」と感じている。「STEMのおもしろさを伝えられれば、女性もSTEMを学びたいともっと思うようになる。男女隔たりなく、興味を持たせる機会を与えることも重要」(遠藤氏)。

ロメイン氏は最後に一言ずつメッセージを求めて、ディスカッションを締めくくった。

「女性がSTEM分野でリーダーになって活躍するには、いろんな人のサポートが必要となると思う。自分を育てて大きくしてくれる人たちを見つけ、1人でがんばらずにサポートシステムの中で成長して欲しい」(田口氏)。

「失敗しても学びになるので、女性だからできないかもしれないではなく、自分ができることの範囲を超えてチャレンジする。そのことが、女性のSTEM進出につながっていくと思う」(遠藤氏)。

「日本人は最初から失敗しないシステムを構築しようとするが、それによってシステムが複雑になりすぎたり、人への負担が大きくなったりする。失敗してもいいという社会になればイノベーションも起きるし、女性も生きやすくなる。もっと寛容な社会になって欲しいと思う」(村上氏)

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元田光一 [Koichi Motoda]日本版 ライター
サイエンスライター。日本ソフトバンク(現ソフトバンク)でソフトウェアのマニュアル制作に携わった後、理工学系出版社オーム社にて書籍の編集、月刊誌の取材・執筆の経験を積む。現在、ICTからエレクトロニクス、AI、ロボット、地球環境、素粒子物理学まで、幅広い分野で「難しい専門知識をだれでもが理解できるように解説するエキスパート」として活躍。
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