量子コン、核融合、半導体
——先端技術の未来を握る
ヘリウム高騰の深刻さ
核融合炉や量子コンピューターなどの最先端技術において、ヘリウムは欠かせない存在だ。さらに、半導体製造工程でもヘリウムを使用する。だが、ヘリウム産出国は限られており、常に供給が不安定になっている。 by Amy Nordrum2024.05.24
ミシシッピ州立大学の核磁気共鳴(NMR)施設では、3つの強力な磁石の力で原子が結合する様子を見ることができる。この施設で働く化学者たちは、このテクノロジーを使って新しいポリマーを作ったり、細菌が物質の表面に結合する仕組みを研究したりしている。この研究を成り立たせるには、食料品店でよく見かけるものの、供給が常に不足している元素が必要だ。それはヘリウムである。
この施設では、磁石内部でコイル状に巻かれた超伝導ワイヤを-269℃に冷却するのに、液体ヘリウムが必要になる。ミシシッピ州立大学は液体ヘリウムを補充する費用として、12週間ごとに5000〜6000ドルを支払っている。
「この施設で一番コストがかかるのは、なんといってもヘリウムです」。施設の所長を務めるニコラス・フィッツキーは言う。「施設利用料高騰の原因となっているのは液体ヘリウムにかかかる費用で、この1年ほどでほぼ倍増しています」。
ヘリウムは優れた熱伝導力を持つ。また、ほかのほとんどの物質が凍って固体になってしまう絶対零度に近い低温でも、ヘリウムは液体の状態を保つ。そのため、非常に低温に保たねばならないものにとってヘリウムは完璧な冷媒の役割を果たす。
したがって、MRI(磁気共鳴画像)装置や一部の核融合炉など、超伝導電磁石を使用するあらゆる技術に液体ヘリウムは欠かせない。ヘリウムはまた、粒子加速器、量子コンピューター、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の赤外線検出器などの冷却にも使われる。半導体製造工程において気体のヘリウムは、シリコンから熱を奪うことで半導体チップの損傷を防ぐ。
「ヘリウムは私たちの未来に向けて欠かせない元素です」。英国を拠点に活動するヘリウム資源コンサルタントで、ヘリウムに関する書籍の共同編者でもあるリチャード・クラークは言う。実際に欧州連合(EU)は、ヘリウムを2023年の重要原材料リストに入れ、カナダも重要鉱物リストに入れている。
技術開発の歴史においてヘリウムは常に供給不足だったが、何度となく重要な役割を果たしてきた。MITテクノロジーレビューは創刊125周年企画の一環として、ヘリウムがこのように重要な資源となった過程に関する過去の記事を振り返り、また、今後の需要がどのように変化するのか考察した。
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ヘリウムの安定供給を確実なものとするため、各国は時として極端な手段を講じてきた。重要資源に焦点を当てた本誌1975年6月号では、当時ウェスチングハウスのエンジニアだったH・リチャード・ハウランドが、ヘリウムを何十年にもわたって備蓄し、物議を醸した米国のプロジェクトについて書いている。
今日でも、ヘリウムの入手は簡単なものではない。世界のヘリウム供給源はほとんど米国、カタール、アルジェリアのたった3カ国に集中しており、ヘリウムを供給する企業は世界に15社しかない。
これほどまでに供給源が限られているため、何か混乱が生じるとヘリウム市場は敏感に反応する。工場が停止したり、戦争が勃発したりすると、ヘリウムは突然供給不足に陥る恐れがある。フィッツキー所長が指摘したように、ヘリウムの価格は近年急上昇しており、病院や研究グループは苦境に立たされている。
ヘリウム・コンサルタントのフィル・コーンブルースによると、世界のヘリウム市場は2006年以降、供給不足に4回陥ったという。また、米国地質調査所によると、ヘリウムの価格は2020年に比べてほぼ倍増しており、2020年には1立方メートルあたり7.57ドルだったものが、2023年には14ドルという歴史的高値を付けている。
フィッツキー所長の施設をはじめとするいくつかの研究所では現在、ヘリウムをリサイクルする仕組みを導入しており、MRI装置のメーカーもヘリウム使用量の少ない次世代機を製造している。しかし、コンピューター産業や航空宇宙産業などの世界最高水準のハイテク業界では、ヘリウムの需要は今後さらに増えると予想される。
「結局のところ何が起こっているかと言えば、ヘリウム価格が高騰しているということです」。カナダのウォータールー大学大学院の博士課程で産業環境学を専攻するアンケシュ・シッダンタカールは言う。「ヘリウムが安価だった時代はおそらくもう終わったの …
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