スターリンク事故で露呈した
宇宙ビジネスの重大リスク、
「太陽嵐」の脅威に備える
宇宙を舞台に事業を展開する企業が増える中、太陽嵐による人工衛星の軌道乱れは避けられない課題だ。太陽活動が活発化する今後数年、さらに深刻な事態に備える必要がある。 by Tereza Pultarova2024.04.15
ツー・ウェイ・ファン博士は、2022年2月3日を決して忘れないだろう。その日は米国およびカナダで催される春の訪れを占う行事「グラウンドホッグ・デー(Groundhog Day)」直後の木曜日だった。台湾生まれの物理学者である同博士は、太陽から放出された荷電粒子の雲の衛星画像を分析していた。それは「コロナ質量放出(CME)」によるものだった。CMEとは基本的に、太陽の上層大気から磁化プラズマの塊が突発的に放出される現象のことである。毎年、何十もの同様のCMEが地球に到来しているようだった。その存在は通常、極地でのオーロラの出現によって把握されていた。
当時、コロラド州ボルダーにある米国海洋大気庁(NOAA)のオフィスで受信データを分析していたファン博士は、「そのCMEはありふれたものでした」と振り返る。
しかしその5日後、ファン博士はそのCMEが考えていたほど無害なものではなかったことを知る。CMEによって放出されたプラズマが地球に到達しようとしているまさにその時、スペースX(SpaceX)の打ち上げロケット「ファルコン9(Falcon 9)」がその先端部に「スターリンク(Starlink)」の新しい通信衛星49基を搭載して、フロリダ州ケネディ宇宙センターの発射台から飛び立っていた。
CMEによって地球の上層大気の希薄な気体が加熱されて膨張し、より密度の高い下層を押し上げた。スターリンク衛星はファルコン9から放出されたとき、予想外に高い大気密度に直面した。スターリンク衛星をより高く安全な軌道まで押し上げるにはスラスターのパワーが不足していたため、放出されたスターリンク衛星のうち38基が地球大気圏に落下することになった。
太陽活動によって上層大気の密度が変化することは以前から知られていたため、そのような事態が発生したことは驚きではなかった。しかし、このスターリンクの事故は、必要な能力が欠けていることを浮き彫りにした。すなわち、研究者には太陽活動の規模から大気密度の変化を正確に予測する能力がなかったのだ。加えて、その密度変化を反映させて人工衛星の軌道に与える影響を予測する適切な手段も持ち合わせていなかった。
予測を緊急に改善する必要性は、ますます高まっていた。長期の静穏期を経て、新たな太陽活動周期が勢いを増し始めたばかりで、太陽では過去数年で最も多くの太陽フレアやCMEが発生していた。同時に、地球を周回する人工衛星の数は、前回の太陽活動が極大になる時期「太陽極大期」から7倍に増えていた。強力な太陽嵐によって地球近傍の宇宙空間の状況は予測不可能になり、物体が衝突コースにあるかどうかの判断が不可能になることが知られていた。そして、その点が懸念されていた。もし、2基の大型人工衛星が正面衝突した場合、何千もの制御不能な破片が発生し、その破片が軌道上に何年も残る可能性があり、そうなれば宇宙の航行はさらに困難になる。
スターリンクの事故は、まさにこの分野で必要とされていたことを認識するきっかけとなった。上層大気モデルに取り組んでいたファン博士は、事故の数週間後にはスペースXと提携し、何千もの人工衛星で構成されるその衛星コンステレーションの速度と軌道に関するより多くのデータを入手し始めた。この前例のない情報源を得たことで、科学者は太陽活動が地球低軌道の環境に与える影響を示すモデルを改良できるようになった。同時に、地球低軌道の希薄な大気におけるこのモデルと、そこを通過する人工衛星の軌道をより適切に関連付けようと取り組んでいる研究者もいる。
ファン博士の研究チームが成功すれば、宇宙天気が荒れている中でも人工衛星を安全に保つことができ、軌道上で壊滅的な衝突が発生するリスクを減らすことができるだろう。
宇宙天気がもたらす大混乱
有史以来、CMEは地球に到来してきた。しかし、電気が登場するまで、CMEの到来はその影響として発生する壮観なオーロラからのみ観測できた。
それが1859年に発生した太陽嵐(別名:キャリントン・イベント)で一変した。キャリントン・イベントは、地球を襲った史上最大規模のCMEである。その磁化プラズマの津波が地球の大気圏に到達すると、世界中の電信ネットワークが混乱した。電信オペレーターは機器から火花が散るのを目撃し、感電した人もいた。
人工衛星が飛び交う時代になってからこれまで、大きな地磁気嵐は一度しか起きていない。2003年10月最終週に地球を襲ったためハロウィン・イベントと呼ばれているが、NOAAによる後日調査によると、このCMEは当時軌道上にあった米国航空宇宙局(NASA)の宇宙ミッションの60%近くに影響を与えた。日本の地球観測衛星は地球との交信ができなくなり、交信が回復することは二度となかった。太陽から放出された荷電粒子の猛襲によって電子機器が故障した可能性が高い。
現在、コロラド大学ボルダー校宇宙天気技術・研究・教育センターの所長を務めるトーマス・バーガ …
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