中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
米国の経済制裁を受けて半導体チップの国産化を目指す中国は、日本企業である「味の素」が市場を独占する半導体部品への依存を減らすために新材料の開発を進めている。だが、長年続いてきた同社の牙城を崩すことは、容易ではないだろう。 by Zeyi Yang2024.04.19
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
うま味調味料とコンピューター・チップに関係があることをご存知だろうか?
現在、ほとんどのノートPCやデータセンターで使われているチップの内部には、「ABF」と呼ばれる小さな部品が使われている。ABFは、電気を通す配線の周囲の薄い絶縁材の層である。そして、世界で使用されているこの絶縁材の90%以上は、日本企業である「味の素」が生産している。1909年に粉末調味料「MSG(味の素)」を商品化したことで有名な企業である。
本誌のジェームス・オドネル記者が先日の記事で説明したように、味の素は1990年代にMSG製造の副産物である化学物質が絶縁フィルムに使えることを発見し、それが高性能チップに不可欠であることが判明した。以来30年間、同社はABFの供給を完全に独占してきた。製品名もその社名を冠して「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」と付けられている。
ジェームス記者は、味の素の独占状態に対抗することを目指し、新しい絶縁材を開発しているシントロニクス(Thintronics)というカリフォルニア州に本社を置く企業を取材した。同社はすでに優れた特性を備えたプロトタイプを完成させているが、実際の製造現場でのテストはこれからだ。
シントロニクスに限らず、味の素の独占を打破しようと奮闘しているのは米国だけではない。
中国国内でも少なくとも3社が同様の絶縁体製品を開発している。軍用と民間用の製品を製造する西安天和防務技術は2023年に絶縁材製品「QBF」を発表し、浙江華正新材料と広東英華新材料も近年、同様の製品を発表している。しかし、いずれの製品もチップメーカーが工業試験を実施している段階であり、量産環境でどの程度優れた結果を出したかに関する最新情報はほとんど発表されていない。
先日の記事についてジェームス記者は、「興味深いのは、複数の競争が同時並行的に進んでいることです」と説明する。「絶縁材自体の競争も進んでいますが、政府の資金援助や優遇政策によってすべてが形作られている面もあります」。
何十年もの間、半導体サプライチェーンが少数の企業に支配されているという事実は問題ではなく強みとみなされていた。そのため、各国政府は日本の一企業がABFの供給のほぼすべてを支配していることを懸念していなかった。チップに使われている他の多くの材料や部品にも同様の独占状態が存在する。
しかしここ数年で、米国政府も中国政府もその考え方を変えた。そして、国内チップ製造を補助する新たな政策によって、味の素のような独占企業に対抗する企業にとって好ましい環境が生み出されている。
米国では、サプライチェーンの混乱に対する懸念と半導体の国内製造能力を復活させたいとの意向がこの傾向を後押ししている。米国に工場を戻す半導体企業に資金を提供するために半導体・科学法(CHIPS法)が発表されたが、シントロニクスのような小規模な企業も、資金調達を通じて直接的に、また米国を中心としたサプライチェーンの確立を通じて間接的に、その恩恵を受けることができる。
一方、中国は米国主導の規制により、最先端の半導体テクノロジーへのアクセスを制限され、追い詰められている。現在、ABFのような材料はいかなる形でも制限されていないが、外国の一企業が必要不可欠な材料のほぼ全供給量を支配しているという事実は、中国政府を憂慮させるのに十分な危険性をはらんでいる。ABFも制裁の対象となった場合に備え、国内の代替製品を見つける必要がある。
しかし、現状を変えるには政府の政策以上のものが必要となる。たとえ国内企業がABFよりも優れた性能を発揮する代替材料を見つけることができたとしても、依然としてそれを一斉に採用するよう業界を説得するという困難な戦いが待っている。
「(多くは日本企業、一部は米国企業の)どの誘電体フィルムサプライヤーを見ても、過去に一度や二度はABFの市場支配を打ち破ろうと試みていますが、限られた成果しか出していません」と半導体研究者で起業家のベンキー・スンダラムはジェームス記者に語った。
ABFの代わりに新しい絶縁材を採用すれば良いという単純な話ではないのだ。チップ製造は非常に複雑なプロセスであり、部品は相互に密接に関連している。1つの材料の変更によって、他の部品やプロセス全体にもさらに多くの追加変更が必要になる可能性がある。「変更するよう説得できるかどうかは、業界とどのような関係を築いているかによって決まります。大手製造業は、小さな材料メーカーを相手にすることはあまりありません。新材料を採用するたびに、生産スピードが落ちてしまうからです」とジェームス記者は説明した。
結果として、他社がABFよりも大幅に優れた新材料の開発に挑戦し続ける一方で、味の素の市場独占はおそらく続くだろう。
しかし、この結果がもたらす影響は米国と中国では異なる。
米国と日本は長年にわたり戦略的技術同盟を結んでおり、両国とも中国の台頭を脅威とみなしているため、その関係はさらに深まる可能性がある。実際、先週訪米したばかりの日本の岸田文雄首相は、次世代チップに関する協力関係をさらに強化したいと考えている。日本のチップ業界からは、米国の輸出規制が厳しくなる可能性について反発の声が上がっているが、日本の立ち位置を中国寄りに変えるほどの力にはなっていない。
このようなすべての要因から、中国政府は半導体の国産化の実現へ向けて邁進している。中国政府はすでにその実現のために巨額の資金を投入しているが、その進展は限定的で、多くの業界関係者は中国が十分なスピードで追いつけるかどうかについては悲観的な見解を示している。これまで味の素に対抗した競合他社の失敗を見る限り、中国にとっても容易な道のりではないだろう。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。