KADOKAWA Technology Review
×
10/9「生成AIと法規制のこの1年」開催!申込み受付中
地球低軌道も「官から民へ」
アクシオム・スペースが拓く
宇宙ステーションの新時代
NASA
宇宙 Insider Online限定
The great commercial takeover of low Earth orbit

地球低軌道も「官から民へ」
アクシオム・スペースが拓く
宇宙ステーションの新時代

アクシオム・スペースなどの企業が、ISS(国際宇宙ステーション)に代わる民間宇宙ステーションを構築し、地球低軌道の商業利用を計画している。この春、若田光一飛行士の参画でも話題になった同社は何を目指しているのか。 by David W. Brown2024.06.19

この記事の3つのポイント
  1. NASAは民間企業と提携し、ISSの後継となる商業宇宙ステーションの開発を進めている
  2. アクシオム・スペースは、ISSに接続する形でモジュールを組み立て、ISSから独立したステーションとする計画
  3. 地球低軌道での医薬品製造など商業的可能性が期待され、NASAは月でもインフラ構築と民間移管を目指す
summarized by Claude 3

1993年6月23日、ワシントンDCは蒸し暑かった。しかし、NASA(米国航空宇宙局)のダニエル・ゴールディン長官ほど汗をかいている人は誰もいなかった。同長官は下院会議場の外に立ち、電子集計ボードに票が登録されるのを緊張の面持ちで見ていた。宇宙ステーションが実現する見込みは立っていなかった。そのときまでに米国は、この計画のために110億ドル以上を費やし、数千ポンド(数百キログラム)もの書類を作成していたが、飛行に必要なハードウェアは1ポンドも完成していなかった。ステーションが実現するかどうかは、今や、計画中止を問う下院でのこの投票にかかっていた。

政治的には、宇宙ステーションはわがままな孤児のようなものだった。ステーションは、その9年前の1984年にレーガン政権が構想したものだった。それをジョージ・H・W・ブッシュ大統領が拡大し、いわゆる「月への帰還」と火星到達の試みにおける中心的な存在になった。有権者によってブッシュ大統領からビル・クリントン大統領へと政権が変わったとき、ゴールディン長官はこの新大統領を説得して、ステーションを、ソビエト連邦崩壊後の復興の取り組みとして売り込むことで、計画の維持を図った。ロシアはステーションの建設に長けており、協力できればNASAは研究開発コストの大幅な節約になる。また、NASAの資金提供によってロシアのロケット科学者たちの雇用が維持され、フリーランスになって敵対的な外国勢力のために働く可能性も低くなる。それでも、NASAに対する不満は党派を超えた問題だった。NASAが膨張し、硬直化していることは、誰もが認めているように見えた。インディアナ州選出の民主党下院議員ティム・ローマーはいくつかの大きな変化を起こすことを望み、ステーション計画を完全に廃止するため、NASA認可法案の修正案を提出した。

ゴールディン長官は投票前の1日半の間に100件以上の電話をかけ、議員たちに宇宙ステーション計画を支持させようとした。同長官はステーションを、微小重力という完全に異質な環境で医学生物学、電子工学、材料工学、人体について研究するために、必要不可欠なものと考えていた。宇宙では、分子レベルに至るまで物事の挙動が大きく異なる。そして、スペース・シャトルが1回飛行するたった1週間の実験だけでは、多くのことは学べなかった。本格的な研究には宇宙での恒久的な駐留、すなわちステーションが必要だった。

宇宙ステーションの支持者たちは、勝利を期待して投票に臨んだ。それほどの差はない。たぶん20票ほどの差だろう。しかし、投票が進むほど、接戦になっていった。それぞれの側が、優勢になるたびに歓声を上げた。110人の新人議員は、これまで誰もステーションに関わる投票をしたことがなく、予想以上に当てにならないことが明らかになった。

最終的に215対215に達し、1票を残すだけとなった。投票するのは、ジョージア州選出の伝説的な公民権運動家、ジョン・ルイス下院議員だった。同下院議員が議場に向かってホールを歩いているとき、ゴールディン長官の立法補佐官を務めていたジェフ・ローレンスは、何でもいいから同下院議員に言葉をかけて支持させるようにアドバイスした。同下院議員が同長官のそばを通り過ぎる1秒か2秒くらいしかないチャンスに、精一杯の力で口に出した言葉は、このような率直で正直なものだった。「ルイス先生、宇宙計画の未来はあなたにかかっています」。そしてこう付け加えた。「国民はあなたを頼りにしています。どちらに投票するつもりですか?」

ルイス下院議員は通りすがりに微笑んで見せた。そして「教えるつもりはない」と言った。

後に「ISS(国際宇宙ステーション)」と名付けられたこの宇宙ステーションは、ルイス下院議員の一票によって216対215で生き残った。その5年後、ロシアがカザフスタンから最初のモジュールを打ち上げた。そして2000年11月以降、宇宙に人がいなかった日は1日もない。

NASAはISSを、20年間維持できるように設計した。結局、それより6年も長持ちした。しかし、古さを感じさせている。NASAは現在、2030年頃までにこの宇宙実験室を安全に破壊する方法を研究している。破壊には、フットボール競技場(エンドゾーンを含む)ほどの大きさのISSとドッキングする「軌道離脱機」が必要となる。この機械が小型ロケットエンジンを噴射することにより、秒速8キロメートルで地球を周回するISSを太平洋の真ん中に飛び込ませることで、陸地にぶつかったり、けが人を出したり、人命を奪ったりしないようにするのだ。

しかし、ISSの焼け焦げた残骸が海の底に沈んでも、地球低軌道における米国の物語は続く。ISSは実際のところ、一部の人が期待していたような、太陽系における人類の存在を拡大するための出発拠点にはならなかった。しかし、材料や医学の基礎研究を可能にし、また、宇宙空間が人体に与える影響を理解し始めるのに役立った。NASAはISSの成果を土台に、民間企業との提携を通して、研究、製造、観光のための新たな商業宇宙ステーションを開発している。成功すれば、宇宙開発の新時代が到来する。私的なロケットが、私的な目的地に飛ぶ時代である。また、その成功は、NASAがインフラを構築し、民間部門がそれを引き継ぐという新たなモデルを実証することにもなる。NASAはこのプロセスを繰り返しながら、自由に宇宙のより深い場所まで探査範囲を広げられる。NASAはすでに、月周辺でそれを実行しようと計画している。いつの日か、火星でも同じことが実施されるかもしれない。

宇宙時代の幕が開けた頃から、宇宙ステーションは地球を離れるために不可欠なものとして構想されていた。

1952年、米国の宇宙計画の主な立案者だったウェルナー・フォン・ブラウンは、宇宙ステーションを「太陽が昇るのと同じくらい避けられないもの」と呼んだ。そして、コストと複雑さを軽減してすべての探査計画を持続可能なものにするには、ステーションが不可欠であると述べた。実際、フォン・ブラウンは、月計画や火星計画よりも前に、ステーションを建設し、探査隊が物資や燃料を補給するための物流中継基地にすることを提案している。

「1960年代に入ると、宇宙は3段階のプロセスになるという考え方に多くのコンセンサスが集まり、勢いを得ました」。こう話すのは、『Homesteading Space: The Skylab Story(宇宙を開墾する:スカイラブの物語)』(2011年刊、未邦訳)を共同執筆した歴史家のデイヴィッド・ヒットだ。ヒットは、第1段階は輸送だと話した。どうにかして地球を離れなければならない。つまり、人間にとって安全なロケットを建造し、それを打ち上げるためのインフラを開発する必要がある。第2段階は居住だ。宇宙に出たら、住む場所が必要である。そして、その場所自体が科学実験室となり、また、地球と他の天体との間の物流中継地点にもなる。「輸送と居住を実現したら、次の段階進むことができます。探査です」。

この考え方は、宇宙競争で米国がソビエト連邦に負けたことで変わった。ソビエト連邦は1957年に人工衛星「スプートニク1号(Sputnik I )」を初めて軌道に乗せて米国の先を越した。1961年には宇宙飛行士のユーリ・ガガーリンが宇宙に行った初めての人類となり、再び米国の鼻を明かしたのだ。ジョン・F・ケネディ大統領は、「この10年が終わる前に」人類を月に着陸させ、無事に地球へ帰還させることを国民に約束した。NASAはその3週間前に人類を宇宙へ打ち上げることに成功したばかりだったことを考えれば、この約束は途方もなく野心的な目標だった。「すばやく動くことが必要でした。そのための方法が、3段階の計画の第2段階を省くことでした」とヒットは語る。「結局のところ、居住の段階を省略すればうまくいきます。実際、米国は月に行くことができました。しかし、それは長期的に持続可能な宇宙探査計画の基礎を築くような方法では、実行されませんでした」。

私たちはいまだに、居住の段階を省略する方法に取り組んでいる最中だ。最後のアポロ・ミッションから2年後、NASAは米国初の宇宙ステーション「スカイラブ(Skylab)」を打ち上げた。サターンV(Saturn V)型月ロケットの第2段を転用したこのステーションは、全長30メートルという巨大なもので、それまでに打ち上げられた宇宙船の中で最も重かった。最終的にNASAは、それぞれ3人の宇宙飛行士を乗せた3つのミッションをこのステーションへ打ち上げ、100件以上の実験を実施することになる。

「非常に現実的な意味で、スカイラブは米国初の宇宙ミッションでした」とヒットは言う。「スカイラブの前は、月ミッションを打ち上げていました。マーキュリー計画までさかのぼっても、目標は常に月でした。スカイラブは、宇宙そのものが目的地となった最初の例です」。スカイラブの目標は、後に続くミッションの基礎になるものだった。「スカイラブが私たちに教えてくれた大きなことは、人類は実際に宇宙環境で長期間生活し、働くことができるということです。本気で火星へ行こうとしているのであれば、火星の表面で過ごすよりもはるかに長い時間を宇宙で過ごすことになるかもしれません」。

現在でもスカイラブは、米国が単独で建設し、打ち上げた唯一の宇宙ステーションである。ソビエト連邦は1986年に、レゴブロックのように1度に1つのセグメントで組み立てられるモジュール式のステーション「ミール(Mir)」の最初のモジュールを打ち上げた。NASAはサターンV型ロケットを廃止していたため、必然的に同じモジュール式ステーションのモデルを採用し、最終的にはロシアなど他の国々と提携してISSを建設した。現在は、2021年に最初のモジュールが打ち上げられた中国の恒久ステーション「天宮」と空を共有している。これら2つのステーションはどちらも、フォン・ブラウンが構想したような月や火星への中継基地として機能したことはない。その必要性を満たすため、NASAは月の軌道に乗せることを目的とする未来のステーション「ゲートウェイ(Gateway)」の開発を進めている。その最初のモジュールが、来年打ち上げられるかもしれない。

それぞれの宇宙ステーションは輸送ハブにはならなかったものの、宇宙での長期間の滞在が人体に与える影響を学ぶという、重要な目的を前進させた(ミールに滞在したロシアの宇宙飛行士ヴァレリー・ポリアコフは、437日間という連続宇宙飛行記録を保持している)。人体が宇宙に対してどのように反応するかということに関して、研究者たちはまだ比較的少ない知識しか持っていない。地球上では、30万年にわたって1000億人以上の人類が積み重ねてきた経験があるが、それでも人体についてはまだ謎が多い。なぜあくびをするのか? 何を食べるべきか? この63年間で宇宙へ行った経験のある人は1000人に満たない。このような研究は、恒久ステーションでしか実施できない。

「シャトル計画の間、私たちは数週間という短期間の宇宙飛行が人体に及ぼす影響を研究していました」とNASAのヒト研究プログラムで主任科学者を務めるスティーブン・プラッツは話してくれた。問題となる影響の1つに、身体が血圧を調節できなくなる「起立性不耐症」があった。その影響は、宇宙から帰還したクルーの約4分の1に及んだ。NASAとロシアがISSを打ち上げ、宇宙飛行の期間が数週間から数カ月に増えると、その数字は80%に跳ね上がった。「私たちは多くの時間を費やしてそのメカニズムを解明しようとしました。そしてついに対応策を考え出し、今ではそのリスクは解消されたと考えられています」と同主任科学者は言う。

その他の課題の1つが、眼球の構造や機能に変化が生じる宇宙飛行関連神経眼症候群だ。研究者たちはこの症状を約10年前に確認した。「シャトルでは見られなかった症状ですが、宇宙ステーションのミッションがますます増え始めると、見られるようになりました」とプラッツ主任科学者は言う。また、脳内の小さな構造変化も確認されているが、それが長期的にどのような意味を持つかはまだ解明されていない。「宇宙ステーション以前には知られていなかった、比較的新しいリスクです」。

プラッツ主任科学者によれば、全体として宇宙空間における人体の機能調節能力は「驚くべきもの」であるという。同主任科学者の研究グループは、宇宙探査が人間にもたらす約30のリスクに取り組んでおり、それらのリスクを色分けして分類している。緑色は、十分に管理されている問題であることを示す。黄色はリスクが中程度の懸念事項であり、赤色はミッションが可能になる前に解決しなければならない問題だ。「現時点で、地球低軌道に関して赤色はありません。すべて黄色と緑色です。私たちはそれらの問題をよく理解しており、対処できます。しかし、月に近づくにつれて黄色が増え、赤色もいくつか見られるようになります。そして火星に近づけば、さらに赤色が増えます」と同主任科学者は言う。「現時点で問題だと分かっていることが複数あります。私たちは研究の観点から、あるいは工学の観点から、それらの問題を解決しようと懸命に努力しています」。

いくつかの問題は、さらに遠くの宇宙へ飛び出していくことで初めて研究することができる。例えば、火星のダスト(塵)が人体に及ぼす長期的な影響などである。他は、予期せぬ精神疾患の発症など、もっと地球に近いところでも研究できる。

NASAなどの機関は現在、これらすべての研究をISSで実施しており、ISSの引退後もずっと続ける必要がある。そのことも、他の誰かが後継の宇宙ステーションを早急に打ち上げることが不可欠な理由の1つである。その目的で、NASAは2006年から2011年にかけてスペースX(SpaceX)に対して実施したのと同様に、数社の企業に対して少額を投資し、新しく誕生するステーションの一部を借りる約束を取りつけている。そして現在のところ、最も早期に打ち上げられる可能性が高いプロジェクトは、テキサス州にあるショッピングセンター内の、かつては家電量販店フライズ・エレクトロニクス(Fry’s Electronics)の店舗だった広大な場所から指揮が執られている。

霧雨の降るどんよりとした1月の朝、私はヒューストンにあるアクシオム・スペース(Axiom Space)の宇宙ステーション開発施設の入り口で、同社のマイケル・ベインCTO(最高技術責任者)と会った。同CTOはもともと、目と鼻の先にあるNASAのジョンソン宇宙センター(Johnson Space Center)でキャリアをスター …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
人気の記事ランキング
  1. The coolest thing about smart glasses is not the AR. It’s the AI. ようやく物になったスマートグラス、真価はARではなくAIにある
  2. Sorry, AI won’t “fix” climate change サム・アルトマンさん、AIで気候問題は「解決」できません
  3. Space travel is dangerous. Could genetic testing and gene editing make it safer? 遺伝子編集が出発の条件に? 知られざる宇宙旅行のリスク
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。2024年も候補者の募集を開始しました。 世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を随時発信中。

特集ページへ
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版

「ブレークスルー・テクノロジー10」は、人工知能、生物工学、気候変動、コンピューティングなどの分野における重要な技術的進歩を評価するMITテクノロジーレビューの年次企画だ。2024年に注目すべき10のテクノロジーを紹介しよう。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る