KADOKAWA Technology Review
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書評:サム・アルトマンはいかにして「AI帝国」を築いたか
MITTR | Penguin Random House, WW Norton & Company
OpenAI: The power and the pride

書評:サム・アルトマンはいかにして「AI帝国」を築いたか

激しいAI開発競争の中心にいるオープンAIとサム・アルトマン。2冊の近著は、オープンAIが成し遂げた革命とアルトマンの野望を描き出すと同時に、その栄光の陰で犠牲となった世界各地の人々の姿を浮き彫りにしている。 by Mat Honan2025.06.03

この記事の3つのポイント
  1. サム・アルトマン率いるオープンAIの台頭と世界的影響を描いた2冊の書籍が出版された
  2. 著者のハオはAIによる搾取を「AI植民地主義」と呼び、世界中の事例を取材している
  3. ヘイギーはアルトマンの生い立ちに焦点を当て、彼の「帝国」築きの野望を浮き彫りにしている
summarized by Claude 3

今年4月、テック系スタートアップ・アクセラレーターであるワイ・コンビネーター(Y Combinator)の共同創業者、ポール・グレアムは、元ワイ・コンビネーター代表で現オープンAI(OpenAI)CEOのサム・アルトマンの発言に反応し、Xに投稿した。アルトマンがXでGPT-4に公式に別れを告げたことに対し、グレアムは疑問を投げかけたのだった。

「もしGPT-4のモデルの重みを最も圧縮された形式で金属片に刻んだとしたら、その金属片はどれほどの大きさになるだろうか?」と、モデルの挙動を決定する「重み」についてグレアムは言及した。「これはほとんど真面目な質問です。これらのモデルは歴史的遺産ですが、デジタルデータは放っておくと消滅してしまうのです」。

オープンAIがGPT-3.5を搭載したチャットGPT(ChatGPT)を2022年に公開し、歴史的な偉業を成し遂げたことは疑いようがない。チャットGPTは人工知能(AI)分野の激しい競争の火付け役となり、すでにさまざまな形で世界を変えている。教育雇用といった分野では短期的な混乱がすでに目につくようになり、長期的な影響はさらに大きなものになりそうだ。その帰結が人類にとって何を意味するのかはまだ明らかになっておらず、理解には長い時間がかかるだろう。ただ、最近出版された2冊の書籍で、2人の著名なテクノロジー・ジャーナリストは、オープンAI革命で目撃した出来事を記すことで、それを理解しようと試みている。

アトランティック誌(The Atlantic)のカレン・ハオは、新著『Empire of AI: Dreams and Nightmares in Sam Altman’s OpenAI(AI帝国:サム・アルトマンのオープンAIにおける夢と悪夢)』の中で、オープンAIの台頭と、その世界的な影響について描いている。一方、ウォール・ストリート・ジャーナルのキーチ・ヘイギーは、『The Optimist: Sam Altman, OpenAI, and the Race to Invent the Future(楽観主義者:サム・アルトマン、オープンAI、そして未来を発明する競争)』において、アルトマンの幼少期から現在までの個人的な歩みに焦点を当てながら、オープンAIの物語を語っている。両書とも複雑な全体像を描いており、特にアルトマンについては、卓越した能力を持ちながらも深刻な欠点を抱えたシリコンバレー的存在として描写している。つまり、アルトマンは常に自分の望むものを手に入れるが、その多くは他人を操作することによって実現される人物として描かれているのだ。

MITテクノロジーレビューの元記者でもあるハオは、本誌在籍中からオープンAIに関する記事を執筆し、現在も時折寄稿している。彼女の著書の中には、その取材から直接生まれた章もある。実際、『Empire of AI』の謝辞でハオは、MITテクノロジーレビューで執筆した「AI植民地主義」という特集記事が「本書の主張、そして最終的にはタイトルの土台を築いた」と述べている。したがって、読者には我々がハオの著作に対して好意的である傾向があることへの一種の免責事項と受け取っていただければ幸いだ。

その上で、『Empire of AI』は、卓越した取材力と調査報道に加えて、数々の大胆なアイデアにも満ちた力作である。本書には2つの主要テーマが掲げられている。

1つ目のテーマは、「倫理を超越する野心」というシンプルな物語である。ハオ(およびヘイギー)が描くオープンAIの歴史とは、安全性を重視した汎用人工知能(AGI)の実現を理想として創設された企業が、やがて勝利に執着するようになっていく過程である。これは巨大テック企業で幾度も繰り返されてきた物語だ。診断を容易にするという目標を掲げたセラノス(Theranos)や、「巨大タクシー」カルテルを打破するために誕生したウーバー(Uber)を思い浮かべてほしい。最も近い例はグーグルかもしれない。「邪悪になるな(Don’t be evil)」を社是としていた企業が、(少なくとも司法の目には)違法な独占企業へと変貌していったのだ。実際、グーグルはかつて慎重さから消費者向けに言語モデルのリリースを控えていた時期もあったが、オープンAIに対抗するためにチャットボットの開発を急ぐようになった。シリコンバレーでは、どのような理想から始まったとしても、最終的には「勝つこと」が目的となる。

2つ目のテーマはより複雑であり、本書の中核的主張でもある。ハオが「AI植民地主義」と呼ぶ考え方だ。巨大なAI企業は、かつての帝国のように、社会の最下層から労働力、創作物、原材料といった富を吸い上げ、自らの野望を推進し、社会の上層を豊かにしていると彼女は主張する。「私が、こうしたAI業界の有力者たちの本質を要約する比喩として見出した唯一の言葉は、『帝国』だった」とハオは記している。

「長きにわたるヨーロッパの植民地主義時代、帝国は自らのものではない資源を奪い、支配した人々の労働を搾取して、それらの資源を採掘・耕作・精製し、自国の富を増やしていた」。ハオは続けて、自身がAI業界に対して徐々に幻滅していった過程を描写している。「物事が次第に明確になるにつれ、より良い未来を約束するはずのAI革命が、社会の周縁に置かれた人々にとっては、過去の最も暗い遺産を呼び起こすものとなっていることに気づいた」と彼女は綴っている。

こうした主張を裏付けるために、ハオはデスクを離れ、この「AI帝国」が世界各地に与える影響を自らの目で確かめる旅に出た。コロンビアでは、画像が示すものをAIに教えるラベル付け作業員たちに会い、そのうちの一人が数ドルを稼ぐためにアパートへ駆け戻る様子を描いている。ケニアでは、オープンAI用の訓練データへのラベル付けとコンテンツ・モデレーション業務を担った労働者たちが、過酷な有害コンテンツにさらされて心的外傷を負っていた様子を記録している。チリでは、AI業界がデータセンター建設のために、水・電力・銅・リチウムといった貴重な資源をいかに搾取しているかを明らかにしている。

そしてハオは、世界各地で人々がAI帝国に対してどのように抵抗しているかという事例に行き着く。彼女はニュージーランドを例に挙げる。そこではマオリ族の人々が、自ら開発した小規模な言語モデルを用いて、自らの言語を保護しようとしている。そのモデルはボランティアによる音声録音データを用いて訓練され、オープンAIのような企業が使用する数千基のGPUではなく、わずか2基のGPUで動作する。そしてその目的は、マオリ族を搾取することではなく、彼らに利益をもたらすことである。

ハオは、自身がAIそのものに反対しているわけではないことを明言している。彼女が拒絶しているのは、「AIの広範な恩恵は、プライバシーや主体性、労働や芸術の価値を含む人間の尊厳を、最終的には帝国的な中央集権プロジェクトへと完全に従属させるような技術ビジョンからでしか得られない、あるいはそうしたビジョンからしか生まれ得ない」という危険な発想だという。そして、「ニュージーランドのモデルは、私たちに別の道を示している。AIはまったく逆の存在になり得るのだ。モデルは小規模で、特定のタスクに特化しており、訓練データも限定的かつ把握可能な範囲に収められている。そのようなアプローチによって、蔓延する搾取的かつ心理的に有害な労働慣行や、大規模スーパーコンピューターの生産・運用に伴う破壊的な資源収奪の動機を排除することが可能になるのだ」と結論づけている。

一方のヘイギーの著書は、アルトマンの野望により直接焦点を当て、その源流を彼の幼少期にまでさかのぼっている。しかし興味深いことに、ヘイギーもまたオープンAIのCEOであるアルトマンが「帝国」を築こうとする試みに着目している。実際、「ワイ・コンビネーターを去った後も、アルトマンの文明構築への野望は衰えることがなかった」とヘイギーは記している。そして彼女は、かつてカリフォルニア州知事選への出馬を検討していたアルトマンが、ワールドコイン(Worldcoin)の親会社であるツールズ・フォー・ヒューマニティ(Tools for Humanity)を通じて、所得分配に関する実験を立ち上げた過程を追っている。その中でアルトマンは、「かつて国家が担っていた目標のいくつかをテクノロジーがどこまで担えるかを見てみたかった」と述べたと引用されている。

全体として、『The Optimist』は、より率直なビジネス伝記と言える。スクープ、鋭い洞察、舞台裏の陰謀などが豊富に詰め込まれており、非常に読みやすい。特にオープンAIが物語の中心となる後半は読み応えがある。また、ハオよりもヘイギーの方がアルトマン本人やその親しい関係者(私生活上・仕事上の両面)に多く接触できたようで、その分、アルトマンについてより掘り下げた記述が随所に見られる。たとえば、両著者とも、アルトマンの妹アニーの悲劇的な物語や、家族との疎遠、特にサムから性的虐待を受けたとするアニーの告発(アルトマン本人および家族はこれを強く否定)を扱っているが、ヘイギーの方が家族内の力学に関する洞察が深く、描写も繊細である。

ヘイギーは最後に、アルトマンが人類の長い歴史の中で自らの役割をどのように捉えているか、そして「超知能」を創り出すことが何を意味するのかについて思索を重ねている様子を描いて締めくくっている。この視点は明らかにアルトマンの思考を支配しており、たとえばポール・グレアムがGPT-4の保存に関して質問した際、アルトマンは即座に返答する準備ができていた。オープンAIはすでにそのことを検討しており、必要となる金属板は100メートル四方になるだろうと答えたという。

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マット・ホーナン [Mat Honan]米国版 編集長
MITテクノロジーレビューのグローバル編集長。前職のバズフィード・ニュースでは責任編集者を務め、テクノロジー取材班を立ち上げた。同チームはジョージ・ポルク賞、リビングストン賞、ピューリッツァー賞を受賞している。バズフィード以前は、ワイアード誌のコラムニスト/上級ライターとして、20年以上にわたってテック業界を取材してきた。
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