米国の食品・医薬品規制はどう変わる? FDAの優先リストを読む
トランプ政権下で米食品医薬品局(FDA)の新リーダーに任命された2人が、FDAにおける新たな優先事項を発表した。だが、その内容は、FDAの現在の権限を超えるものや、エビデンスや新規性に乏しいものであり、今後の展開は読めない。 by Jessica Hamzelou2025.06.18
6月10日、米食品医薬品局(FDA)の新しい2人のリーダーが、同局の優先事項のリストを発表した。マーティ・マカリーとビネイ・プラサドの両名は、科学界では物議を醸す人物である。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが起こるまで彼らは、一般的に非常に尊敬されていた学者だった。だが、マスク着用、ワクチン接種、ロックダウンに関する彼らの逆張りの主張によって、多くの同僚からそっぽを向かれることとなった。
最近のFDA職員の大量解雇と合わせて、新しい優先事項リストに何が含まれるのか? そして米国の食品・医薬品規制の将来がどのようになるのか? 不安が広がっている。そこで、新しい調査、迅速な承認、人工知能(AI)の「解放」に関するこの2人の計画について、詳しく見ていくことにしよう。
まず、背景について少し説明する。現政権でFDA長官を務めるマカリーは外科医であり、ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院で医療政策の教授を務めていた。マカリー教授は当初、パンデミック時の外出禁止令を支持していたが、後に考えを変えた。2021年2月、彼は米国が「4月までに集団免疫を獲得するだろう」と誤って予測した。また、FDAを非常に批判しており、2021年に当時のFDAの指導部は「頑固な図書館員のように」行動し、医薬品の承認は「不安定」だと書いている。
プラサドは、腫瘍学者、血液学者、そして健康研究者であり、5月にFDAの生物製剤評価研究センター(Center for Biologics Evaluation and Research)所長に任命された。彼は長い間、厳格なエビデンスに基づく医療の支持者である。2019年に私がインタビューした時には、がん治療薬は弱いエビデンスに基づいて承認されることが多く、結果的に無効であったり、有害であったりする可能性があると語っていた。FDAが医薬品承認のためのエビデンスのハードルを上げる必要があると主張する本を書いており、同僚から広く尊敬されていた。
パンデミックの間に物事は変わった。 プラサドは一連の逆説的なコメントを発表した。彼は、科学者の大多数が、このウイルスは市場で動物から人間に飛び移ったと考えているにもかかわらず、「研究所からの流出である可能性が高い」と主張した。アンソニー・ファウチを非難し、自身のブログの読者に「すべての家庭用新型コロナウイルス感染症検査キットを破棄せよ」と助言した。2023年には、「学校に新型コロナウイルス感染症の症例を報告するな。体調が悪いと感じたら自分で検査をするな」と題する投稿を執筆。さらに、米国の新型コロナウイルス感染症対応とナチス・ドイツのファシズムの間に類似点を見出している。彼が多くの学者仲間からの支持を失ったのは言うまでもない。
マカリーとプラサドは6月10日に米国医師会雑誌(Journal of the American Medical Association、JAMA)で「新しいFDAの優先事項」を発表した(おもしろいことに、米国医師会雑誌は、彼らの上司であるロバート・F・ケネディ・ジュニアが数週間前に「腐敗している」と表現した雑誌の1つであり、政府の科学者による論文掲載を禁止すると言った雑誌である)。
両名が記事で述べているいくつかのポイントを見ていこう。彼らは、米国の医療制度が「50年間の失敗」であると宣言することから始めている。米国は他の裕福な国々と比べて医療費に多くを費やしているにもかかわらず、平均寿命が短いのは事実だ。そして約2500万人の米国人が健康保険に加入していない。
「ある意味では、完全に失敗です」とボストン大学の健康法の教授であるクリストファー・ロバートソンは言う。「その一方で、最先端のケアを提供することにおいては、世界が羨むほどに優れています」とも付け加える。いずれにせよ、医療における失敗の理由は、食品と医薬品の安全性と有効性の確保に重点を置くFDAの範疇ではない。
マカリーとプラサドは次に、FDAに「超加工食品の役割」と添加物や環境毒素の調査をするように求めており、これらすべてが慢性疾患に関与している可能性を指摘している。これはロバート・F・ケネディ・ジュニアのお気に入りの話題であり、彼も同様に、可能性のある関連性を調査することを約束している。
しかし、これは現在のFDAの確立された権限を超えることになるだろう、とロバートソン教授は言う。 そもそも「超加工食品」の明確で合意された定義がないため、調査の対象が正確に何になるのかを予測するのは難しい。そして現状では、「FDAの役割は主に二者択一的で、製品を許可するか、拒否するかのどちらかです」とロバートソン教授は付け加える。同局は食事のアドバイスはほとんどしない。
おそらくそれは変わるかもしれない。承認公聴会で、マカリーは上院議員に対し、学校給食、植物油、食用色素を評価する計画だと述べた。「もしかすると3年後にはFDAは変わっていて、食品により多くの焦点を当てるようになるかもしれません」とロバートソン教授は言う。
二人は、現在10年以上かかることもある新薬承認のプロセスを迅速化したいとも書いている。提案には、試験がまだ進行中の間に医薬品開発者が最終書類を早期に提出できるようにすることや、乳児用調製粉乳に製造業者が入れられるものを厳しく制限する「レシピ」をなくすことが含まれている。
ここは少し議論の余地がある部分だ。ほとんどの新薬は失敗する。培養皿の中の細胞や、動物実験では非常に有望に見えるかもしれないし、ヒトを対象とした小規模な第1相試験でも十分に安全に見えるかもしれない。しかし、その後のヒトを対象とした大規模試験で、多くの薬が効果がないか、安全でないか、あるいはその両方であることが明らかになるのだ。
医薬品承認プロセスのスピードアップは、これらの失敗の一部が医薬品がすでに販売され処方されるまで気づかれないことを意味するかもしれない。たとえ事前に書類を準備しても、その医薬品が後に最終テストで失敗した場合、医薬品開発者とFDAの両方にとって、膨大な時間と金銭の無駄になる可能性があるとロバートソン教授は述べる。
乳児用調製粉乳の処方に関しては、安全であることが分かっているからこそ、定められているのである。この要件を緩和すれば、より多くのイノベーションが可能になるかもしれない。より良い処方の開発につながる可能性がある。しかし、ロバートソン教授が指摘するように、イノベーションは諸刃の剣である。「イノベーションには命を救うものもあれば、人を殺すものもあります」と彼は言う。
マカリーとプラサドは同様に、FDAが医薬品を承認するために必要な臨床試験の数を減らすことも提唱している。2つの「中心的な」臨床試験の代わりに、製薬会社は1つだけ完了すればよいかもしれないと示唆している。
これも議論の余地がある。ある臨床試験では有望に見えた薬が、別の試験では失敗することがある。アルツハイマー病の薬であるアデュカヌマブ(Aduhelm)のケースがそうだった。この薬は、複数の上級職員の懸念にもかかわらず、2021年にFDAに承認された(この薬を開発したバイオジェン(Biogen)は2024年にその薬を放棄し、後に市場から撤退した)。
いずれにせよ、FDAはすでに「迅速承認」のためのいくつかの経路を実装している。迅速承認プログラム(Accelerated Approval Program)は、深刻な状態を治療する、あるいは満たされていないニーズを満たす医薬品の承認プロセスを早める(ちなみに、この承認経路は、まさにプラサドが反対してきた種類の弱いエビデンスに依存している)。
同様の目的を果たしているのが、ファストトラック・プログラム(Fast Track Program)である。ブレイクスルーセラピー指定(Breakthrough Therapy designation)も同様である。一部の健康研究者は、このようなプログラムが他の要因と相まって、米国における新薬のエビデンスの基準が徐々に下がっていることに対して懸念を抱いている。2人が求めている治療法の加速は、実際のところ、何も新しいことではない。
マカリーとプラサドはまた、AI、特に生成AIを優先事項としてリストアップしている。彼らは「2025年5月8日、当局は最新の生成AI技術を用いて、AI支援による最初の科学的レビューパイロットを実施した」と書いている。どの技術が、どのように使用されたのかは明確ではない。しかし、この優先事項を見ても、ワシントン大学セントルイス校の健康法教授であるレイチェル・サックスは驚かなかった。
「現政権と前政権の両方が、AI技術の使用に非常に関心を持っていました」とサックス教授は言い、2024年の時点でFDAはAIと機械学習を利用した1000以上の医療機器をすでに承認していたことを指摘する。さらに、FDAは審査プロセスでこれらの技術をどのように活用できるかも検討してきたと付け加える。「新しい考えではありません」。
もう1つの問題点がある。米国医師会雑誌で優先事項のリストを書くことと、連邦保健科学機関全体で進行中の非常に破壊的で有害な予算削減の中でそれらを実施することはまったく別ものである。
マカリーとプラサドの両名は、自分たちは「ゴールドスタンダード」の科学を支持しており、エビデンスに基づく医療の美徳を称えることでキャリアを築いてきたと主張している。しかし、国立衛生研究所(National Institutes of Health)の大幅な予算削減、政府資金による研究の制限、FDAを含む複数の政府保健機関での大量レイオフといったトランプ政権の行動と2人の言い分を一致させるのは難しいだろう。「まるで両者が噛み合っていないかのようです」とサックス教授は言う。
結果として、正確に何が起こるかを予測することは不可能である。これがどのように展開するかを見守る必要がある。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。