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受精なしに胚を作る科学者、
ジェイコブ・ハンナが問う
生命の境界
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The astonishing embryo models of Jacob Hanna

受精なしに胚を作る科学者、
ジェイコブ・ハンナが問う
生命の境界

イスラエルの科学者ジェイコブ・ハンナは、精子も卵子も受精も使わず、幹細胞だけから人間の胚に酷似した構造体を作り出した。「意識がなければ人格はない」という論理は、生命の境界をどこに引くのか。 by Antonio Regalado2026.03.09

この記事の3つのポイント
  1. 幹細胞から精子・卵子・受精なしに合成胚モデルを作るハンナ教授の研究が、移植医療や生命科学の革新をもたらす可能性を持つ
  2. 合成胚は既存の法律の適用外に置かれ、本物の胚との区別が困難になるにつれ倫理・規制上の空白が深刻化している
  3. 脳を持たない身体の商業利用や臓器供給への応用が模索される一方、研究の道徳的正当性をめぐる議論は未解決のまま拡大している
summarized by Claude 3

2024年5月、パレスチナ人の幹細胞科学者ジェイコブ・ハンナ(ヤコブ・ハンナ)が米国で入国を止められた。彼はカリフォルニア工科大学やロックフェラー大学のイスラエル版ともいえる純粋科学の大手研究機関、ワイズマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)の教授で主任研究員として自身の研究室を率いている。空港の税関職員は彼を「セカンダリー(二次審査)」と呼ばれる裏のオフィスに何時間も拘束した。そこではパスポートが取り上げられ、携帯電話も使えなかった。部屋にはハンナ教授以外に2人の若いロシア人女性がおり、お菓子の自動販売機が1台置いてあった。整えられたあご髭をたくわえ、眼鏡をかけ、イスラエルのパスポートを持っているハンナ教授は、厳しい取り調べに素直に応じた。「ほとんど逮捕されたような感じですが、対応は友好的でした」とハンナ教授は言う。彼は、自分の携帯電話とソーシャルメディアのアカウントの検査に同意した。

「彼らは、『あなたには拒否する権利がある』と言いました」とハンナ教授は振り返る。「だから私は言いました。『いえいえ、隠し事は何もありません』」。

ハンナ教授のSNSのフィードをスクロールした調査官は、彼がイスラエルの少数派アラブ系キリスト教徒であること、ノンバイナリーのLGBTQ権利擁護者であること、ガザ占拠を率直に批判し、自分のソーシャルメディア・アカウントで残虐行為の画像を投稿していること、そして、ワイズマン科学研究所の同僚を含む仲間の科学者たちに対し、現実を直視させていることを知っただろう。また、ハンナ教授の荷物の中で「クーフィーヤ(頭に巻く伝統的なスカーフ)」も見つけただろう。ハンナ教授は2024年、多くの海外出張の際に、講演の演壇でクーフィーヤを身につけることを誓っていた。

ハンナ教授は以前にも入国を止められたことがあったので、その手順を知っていた。何か申告するものはないか? 生物学的試料は持っていないか? しかし今回の捜査官の質問は、ある特定の新しい話題だった。「胚」についてである。

その数週間前、ハーバード大学のある研究者が、荷物の中にカエルの胚があったとして逮捕され、ルイジアナ州の拘置所に送られていた。ハンナ教授は自分の研究室から何の試料も持ち出していなかったが、もし持っていたとしても、それが何なのか説明するのは驚くほど難しかっただろう。なぜなら、ハンナ教授の研究室は「合成胚モデル」を作り出すことを専門にしているからだ。合成胚モデルは、本物の胚に酷似しているが、精子や卵子、そして受精をも介さずに作り出される構造体なのだ。

ハンナ教授は生物学が10億年ほどにもわたり従ってきた「受精」という古いお決まりのレシピに頼るのではなく、幹細胞から直接、動物の身体の初期段階を巧みに引き出そうとしている。幹細胞は適切な方法で結合させると、自発的に組織化して胚になろうとする。この優れた研究成果は、生命体発生の最も初期段階の科学的精査を可能にするものであり、移植医療で使う組織の新たな供給源につながる可能性がある。

2022年、ハンナ教授はマウスを用いた研究で、拍動する心臓と神経褶(しんけいしゅう)を持つ合成胚を作り出したと報告した。人工子宮の一種であるガス混合器に接続された小さな瓶の中で、それらの胚を育成させたという。翌年、ハンナ教授はヒトの細胞を使ってその巧みな手法で再び合成胚を作り出した。この時の構造体はあまり発達せず、まだ球体の形をしていた。それにもかかわらず、それらの合成胚は、胎盤を形成することになる細胞も含め、受精後2週間のヒト胚を信じられないほど本物そっくりに模倣していた。

この種のモデルは、まだ胚と同じではない。正しく形成されることは稀であり、1つ作るのに100回も試行する必要がある。そして、通常の生命体発生段階を飛び越え、いきなり出現する。しかし、フランスの生物学者ドゥニ・デュブール博士のような科学者にとって、ハンナ教授が創造したものは「まったくもって驚くべきものであり、非常に憂慮すべきもの」である。間もなく法的保護の対象となる本物のヒト胚と、幹細胞から作り出された胚との区別が難しくなるかもしれないと、デュブール博士は予想している。

ハンナ教授は、遺伝学、幹細胞生物学、そしてまだごく初期段階にある人工子宮の先進的な手法を融合させて、子宮外でこれまでに育ったことのない身体を作り出そうとする、大きな潮流の先駆者である。この研究競争には、カリフォルニア工科大学、ケンブリッジ大学、ニューヨークのロックフェラー大学の研究者たちが参加しているほか、商業的な目的を持つスタートアップの参入も増えている。ハンナ教授が共同創業したスタートアップのリニューアル・バイオ(Renewal Bio)も、そのうちの1社だ。同社は、肝臓の一部や、さらには卵子そのものといった、若々しい代替細胞の供給源として合成胚を育成することを目指している。欧州ではドーン・バイオ(Dawn Bio)が、ブラストイドと呼ばれる胚モデルを子宮組織上に配置し始めている。これによって妊娠検査薬で陽性反応を得ることができ、IVF(体外受精)医療に新たな知見をもたらす可能性があると、同社は考えている。各大学は、このような新たな種類の生命体の独占的な商業支配権を取得しようと躍起になっており、米国と欧州の特許庁には申請が殺到している。

この記事を書くためハンナ教授に取材を申し込んだが、断られた。しかし、MITテクノロジーレビューは過去3年にわたり、オンライン・プレゼンテーションや講演会、および2つの対面倫理会議でハンナ教授を追ってきた。同教授が宗教学者、生命倫理学者、その他の専門家と議論することに同意したこの2つの倫理会議は、どちらも公開諮問プロジェクト「ゲノム編集に関するグローバル・オブザーバトリー(Global Observatory for Genome Editing)」が主催したものだ。これまでの取材で浮かび上がってきたのは、所属機関から承認されているものの、深刻な長期的倫理問題を投げかけるノーベル賞級の研究に従事している、1人の研究者の驚くべき姿である。

ハンナ教授がヒト胚のモデルを正確にどの程度まで完成させたかは、不明である。リニューアル・バイオの公開コメントによれば、その答えは少なくとも28日目だ。しかし、それ以上の可能性もある。同社と交流がある科学者の1人は、40日目近くまで到達したと思うと述べた。初期の目や手足の芽生えが見られるようになる段階である。リニューアル・バイオにコメントを求めたが、返答は得られなかった。

しかし、まだそこまで到達していないとしても、ハンナ教授はそうするつもりだ。彼の研究チームは「より進んだ段階の個体を作ろうとしており、目標にもよりますが、発生30日目、40日目、あるいは70日目になる可能性があります」と、ハンナ教授は2024年5月、マサチューセッツ州ケンブリッジで聴衆に話した。この時ハンナ教授は、グローバル・オブザーバトリーの年次サミットで宗教学者や社会科学者たちとのパネルディスカッションに参加するため、この地を訪れていたのだ。より進んだ段階では、大きさも発達状況も妊娠3カ月目の胎児に相当するという。

ハンナが登壇したパネルディスカッションの司会を務めたノートルダム大学の生命倫理学者、O・カーター・スニード教授は、終了後に私に近づいてきて、ハンナ教授が話したことを聞いたかと尋ねた。スニード教授は、ハンナ教授があれほど率直に自分の目標を公表したこと、そして誰も異議を唱えなかったこと、あるいはそれが何を意味するのかさえ理解しなかったかもしれないことに驚いていた。おそらくこの技術は、人々が自分自身の目で見ることができるようになるまでは実感が伴わないのだろうと、スニード教授は考えている。「ヒトの胎児のように見えるものが入った回転する瓶があったら、人々の注目を集めると思います。それはもう、うわっ、という感じになるでしょう。私たちは一体何をしているんだ? ってな具合にね」とスニード教授は話す。

バチカンの諮問委員も務めるカトリック信者のスニード教授は、もし合成胚モデルが発生のより進んだ段階に達したとしても、確実に倫理的な精査に合格できるものにするというハンナ教授の計画を聞いても、納得しなかった。その計画には、遺伝子改変などの手段によって合成構造体の頭部、脳、あるいはおそらく心臓の形成を阻止することが含まれる。ハンナ教授の理屈では、脳がなければ意識もなく、人格もなく、規則には抵触しない単なる臓器の塊に過ぎないということだ。

スニード教授は、それは自分が知っている人間の基準とは異なると言う。彼の考える基準は、知的能力や他のいかなる条件に関係なく、すべての人間を等しく扱う。「何が人間と見なされるのか? 誰が人間とみなされるのか?」とスニード教授は問いかける。「それは、誰を人間の範疇に入れ、誰を入れないかという考え方です。人間の範疇の中に入るか入らないかで、その帰結には劇的な違いが生じます」。

身体の始まり

私たち(私、読者であるあなた、そしてジェイコブ・ハンナ教授)はそれぞれ受精卵としてスタートした。その単一の細胞は、分裂し、プログラムをダイナミックに実行して、あらゆる器官と数十億個もの特殊な細胞を持つ完全な身体を構築できる。科学は長い間、そのような劇的な可能性をうまく利用する方法を模索してきた。その第一歩は、1990年代のことだ。科学者たちが、体外受精によって作られた受精5日後の胚から強力な能力を持つ幹細胞を分離し、研究室で培養させ続けることに成功した。それらの胚性幹細胞(ES細胞)は、他のどのような種類の細胞にも変化できる可能性を内在している。例えば、神経細胞や、糖尿病患者に必要なインスリンを作る細胞を形成するように研究室で分化誘導できれば、細胞移植による疾病治療の道が開けるだろう。

しかし、このような研究室でのレシピ(手法)はしばしば失敗する。それが、新たな幹細胞治療が全般的に不足している理由だ。「私たちがこの問題に取り組んできた25年間で、妥当な機能を持つ細胞は10種類ほどしかないというのが悲しい現実です」と、幹細胞会社センチュリー・セラピューティクス(Century Therapeutics)のCSO(最高科学責任者)、チャド・コーワンは言う。身体を自動車と考えた場合、「スパークプラグしかできていません。いくつかのタイヤもあるかもしれません」とコーワンCSOは説明する。同CSOによれば、特に身体で最も重要な役割を担う造血細胞は、バイオテック企業が何百万ドルもかけて作ろうとしてきているにもかかわらず、今までに「一度も現れていない」と言う。

しかし、幹細胞には一体となって機能するという、本能的な自然の性質があることが判明した。科学者たちは、細胞は放っておくと結合して塊や管、空洞を形成し、そのいくつかは胚の一部に似ていることに気づき始めた。

初期に作られたそのような構造体は未熟なもので、スライドグラスの上で渦巻く細胞の膜にすぎなかった。しかし年々、より本物そっくりになってきている。2023年までには、ハンナ教授は「完全に統合」された「正真正銘の」ヒト胚モデルと自身で呼ぶものについて説明するようになっていた。その胚にはすべての主要なパーツが、本物と区別するのが難しいような構造で配置されていた。

ハンナ教授の会社であるリニューアル・バイオは、そのような合成胚を一種の「バイオプリンター」として使用する計画だ。他の手法では(目的の細胞が入手)困難だったケースにおいて、医学的に価値の高い細胞を作り出す装置として役立てようとしている。この方法は、合成胚が患者のDNAと完全に一致すれば特に価値のあるものになるかもしれない。そして、それは可能なのだ。最近では、誰の皮膚細胞でも再プログラミングして幹細胞にすることが簡単にできる。ハンナ教授は自分自身にもこの方法を試し、自らの細胞を合成胚に変えたことがある。

ハンナ教授の研究や、他のグループの研究は、国際幹細胞学会(ISSCR)と呼ばれる有力な科学団体と衝突することもあった。この自主規制組織は、発表できる研究とできない研究や、使うべき用語について、境界線を設定している。その目的は、センセーショナルなニュースの見出しや世間の反発、あるいは実際の規制当局の介入から科学者を守ることにある。

ISSCRは、幹細胞から作られた構造体については特に断定的な立場をとっており、そのような構造体は単なる「モデル」 …

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