KADOKAWA Technology Review
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Sperm Loaded with Drugs Could Target Gynecological Cancers

ハーネス付き精子で女性器に薬剤を届ける実験に成功

精子を薬剤に浸して、鉄で覆われたハーネスを取り付け、磁石で女性器内の患部に誘導して組織内に侵入させ、薬剤を送達するシステムの実験にドイツの総合ナノ科学研究所が成功した。人間での治験には倫理問題も絡むが、他の手法の課題を克服する優れた新手法だ。 by Emerging Technology from the arXiv2017.04.11

がん組織に抗がん剤をどう送達するかは、現代医療の喫緊の課題だ。薬剤送達の課題は数多くある。送達しようとする化学薬品は、体液で薄まったり、他の器官に吸収されてしまったりすることがある。さらに目標に到達しても、いつも簡単にがん組織に侵入できるとは限らない。こうした問題を克服する、より優れた薬剤送達方法は切実に求められている。

総合ナノ科学研究所(ドイツ)所属のマリアナ・メディーナ=サンチェス研究員のチームが新方式の論文を発表した。研究チームは有効成分を精子で腫瘍に送達させる、独創的な薬剤送達システムを作ったのだ。研究チームの新手法は特に、婦人科がん、子宮内膜症、骨盤内炎症性疾患等、女性の生殖器系の疾患向けに開発された。

新しい送達システムは、基本的にはシンプルだ。研究チームは単純に、有効成分の中に精子を浸した。精子細胞は驚くほどの量の有効成分を吸収する。その後研究チームは、一種のハーネス(精子の頭部にくっ付き、自動的に締まる微細な構造物)の中へ入るように精子を泳がせた。

ハーネスは鉄でコートされており、外部から磁場で精子を操縦できる。つまり、精子の推進力を使いながら、医師が精子を操縦して腫瘍に向かわせられるのだ。

ハーネスには、すばやく精子を解放する仕組みもある。装置が何かに当たると、衝突の衝撃でハーネスは精子を掴んでいるグリップを解放し、精子は自由になる。精子が腫瘍に到達したときに解放されれば、組織内に入って、がん細胞自体に精子が潜り込める、という考えだ。

研究チームは、この仕組みを研究所で試験してきた。試験では、人間の精子にサイズが似ている雄牛の精子が使われた。研究チームは、ドキソルビシンという標準的な化学療法薬で精子を満たし、ハーネス装置を装着させた。

研究チームは、標準的ながん模型(腫瘍を模したヒーラ細胞とヒーラスフェロイドでできている)に向けて精子を泳がせて侵入させるさまざまな実験により、システムの有用性を試した。

試験結果は興味深い。研究チームは、ハーネスが精子を著しくスローダウンさせ、泳ぐ速度が43%も遅くなることを発見した。しかし、それでも精子は動いてがん細胞に侵入できる。研究チームはこの仕組みで精子細胞ががんスフェロイドに侵入して内部の細胞を殺すことで、がん細胞を効果的に殺せることを示した。

素晴らしい成果だ。精子は、バクテリア等、激しい免疫反応を引き起こす可能性のある他の薬剤送達システムと比べて、非常に利点がある。さらにバクテリアとは違い、精子細胞は増殖して細胞塊を形成し、他の問題を引き起こす可能性もない。

精子には他にも利点がある。精子は薬剤にダメージを与える可能性のある酵素から薬剤を守り、想定していないところで薬剤を放出してしまう問題(ミセルと呼ばれる分子ケージに薬剤を運ぶときの潜在的な問題)もない。

もちろん、この研究によって、今後研究チームが解明すべき重要な問題も浮上している。たとえば、精子を届けたあと、治療には不要のハーネス装置に人体がどう反応し、どう装置を分解するのかを理解するのは重要なことだ。

さらに、薬剤量をどれだけ制御できるのかの問題もある。最後まで到達する精子の数と、到達した精子がどれだけの量の有効成分を送達できるかにも関わる。この点は注意深く測定する必要があるだろう。

最終的に、研究チームはこの仕組みを人間の精子でも試す必要がある。だが、そこには倫理上の問題がある。この種の治療に誰の精子を使うのか? 妊娠の可能性をどう制御するのか?

もし、こうした問題に納得のいく答えが見つかれば、この手法には素晴らしい可能性がある。米国では毎年、約10万人の女性が婦人科がんと診断されている。より優れた治療方法が早急に求めれられているのだ。

「精子ハイブリッド・システムは近い将来、生体内でのがんの診断や治療への応用が考えられると思います」と研究チームはいう。

参照:arxiv.org/abs/1703.08510: 女性の生殖器系へ薬剤を送達する精子ハイブリッドのマイクロモーター

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