KADOKAWA Technology Review
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時計の針は巻き戻せるか?
老化時計から紐解く、
「老い」のメカニズム
Leon Edler
生物工学/医療 Insider Online限定
How aging clocks can help us understand why we age—and if we can reverse it

時計の針は巻き戻せるか?
老化時計から紐解く、
「老い」のメカニズム

生物学的年齢を測る「老化時計」は、老化研究に革命をもたらした。怪しげなクリニックやサプリメントで利用されるケースもあるが、老化時計は、科学者たちが生物学における最も深遠な謎を解き明かす手がかりとなっている。最終的には、「老化というプロセスそのものを逆転できるかどうか」を私たちに教えてくれるかもしれない。 by Jessica Hamzelou2025.10.21

この記事の3つのポイント
  1. 科学者らがDNAメチル化を基にした老化時計を開発し、生物学的年齢の測定が可能になった
  2. 老化研究分野では基本的定義に合意がなく、現在の時計は個人の正確な予測には限界がある
  3. 若返り実験や細胞リプログラミング研究により、老化プロセスの逆転可能性が示されている
summarized by Claude 3

正直に答えてほしい。子どもの頃からの知り合いを、どんなふうに老けたのかを見るためだけに、ソーシャルメディアで検索したことはないだろうか?

名指しは避けるが、私のある同僚は確実にそれをやっていた。彼は最近、昔の同級生の写真を共有し、「俺たちが同い年だなんて信じられる?」と、どこか得意げに言った。親戚にもこの手の楽しみを好む人がいる。子どもの頃から知っている女性の写真を見て、「うわー、この人、おばあちゃんみたいだね」と言うのだ。確かに、時の流れがもたらす影響は人それぞれである。

しかし、シワや白髪は別として、人の体が実際にどの程度うまく、あるいは悪く老化しているかを見極めるのは難しい。若い頃に加齢関連疾患を発症したり、コレステロールの上昇や炎症マーカーの増加といった老化に伴う生物学的変化が見られたりする人は、同じ年代でもそうした兆候のない人よりも「生物学的に高齢」と見なされることがある。同じ80歳でも、弱々しく衰えている人もいれば、壮健で活動的な人もいるのだ。

メイヨー・クリニックで老化を研究するタミール・チャンドラ博士によれば、医師たちは以前から、患者の筋力や歩行距離を測定する機能検査を用いたり、あるいは単に見た目から「この患者は治療に耐えられるかどうか」を推測したりしてきたという。

しかしこの10年の間に、科学者たちは私たちの体内で進行する老化の隠れた兆候を探る新たな手法を明らかにしてきた。これらの発見は、老化そのものに対する理解を変えつつある。

「老化時計(エイジング・クロック)」とは、臓器の消耗度を測定し、私たちの健康状態や寿命についての手がかりを与えてくれる、新しい科学的ツールである。それが示すのは、生物学的年齢だ。実年齢が単にこれまでに迎えた誕生日の回数を意味するのに対し、生物学的年齢はそれよりも深い何か、すなわち体が時間の経過にどう対処しているかを表す指標である。そしておそらく、それは私たちに「残された時間」がどれほどあるかも教えてくれる。実年齢は変えられないが、生物学的年齢には、介入によって影響を与えられる可能性がある。

老化時計を使っているのは科学者だけではない。ブライアン・ジョンソンのような長寿インフルエンサーは、自らが「若返っている」ことを示すために、老化時計の数値を積極的に利用している。ジョンソンは4月、X(旧Twitter)に「私のテロメア年齢は10歳」と投稿した。米国の有名なセレブ一家であるカーダシアン一家もこれを試しており、クロエ・カーダシアンはテレビ番組で「あなたの生物学的年齢は、実年齢より12歳若い」と告げられたという。私の地元の健康食品店でさえ、生物学的年齢の検査を提供している。中には、この老化時計を使って、効果が科学的に確認されていない「アンチエイジング(抗老化)」サプリメントの販売を促進している店舗もある。

とはいえ、この科学分野はまだ黎明期にある。そのため、老化時計が個人の生物学的年齢を明確に示せると自信を持って断言する専門家はほとんどいない。こうした専門家の中には、老化時計の研究分野を、親しみを込めて「時計の世界(clock world)」と呼ぶ者もいる。

それでも、彼らの研究成果は、老化時計がインスタ映えのための数字や、いかがわしい宣伝文句、あるいは単なる見た目のインパクト以上の可能性を秘めていることを明らかにしつつある。実際、老化時計は、科学者たちが生物学における最も深遠な謎を解き明かす手助けをしているのだ。人はなぜ老いるのか? どうやって老いるのか? 老化はいつ始まるのか?そもそも老いるとはどういうことなのか?

そして最終的には、いや、何より重要なことは、老化時計がやがて、「老化というプロセスそのものを逆転できるかどうか」を私たちに教えてくれるかもしれないということだ。

時計は動き出す

遺伝子の働き方は変化することがある。メチル基と呼ばれる分子がDNAに結合すると、遺伝子によるタンパク質の合成の仕組みが制御される。このプロセスは「メチル化」と呼ばれ、ゲノム上の数百万カ所で起こりうる。こうしたエピジェネティック(後成的)マーカーは、遺伝子のオン・オフを切り替えたり、産生されるタンパク質の量を増減させたりする。DNAそのものの一部ではないが、その機能に直接影響を与える。

2011年、当時カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の生物統計学者だったスティーブ・ホーヴァス教授は、エピジェネティック・マーカーと性的指向の関連性を調べる研究に参加した。ホーヴァス教授自身は異性愛者で、双子の兄弟であるマーカス(研究にもボランティアとして参加)はゲイであると申告していた。

この研究では、DNAメチル化と性的指向との関連性は見つからなかった。しかしデータを見直していたホーヴァス教授は、年齢とメチル化の間に非常に強い相関があることに気づいた。ゲノム上のおよそ88カ所で、それが確認されたのだ。その瞬間、彼は「椅子から転げ落ちた」と以前の私の取材に語っている。

影響を受けていた遺伝子の多くは、すでに加齢に関連する脳疾患や心血管疾患と関係づけられていたが、メチル化がそれらにどう関与しているかは不明だった。

2013年、ホーヴァス教授は8000個の組織および細胞サンプルからメチル化データを収集し、「ホーヴァス・クロック(Horvath Clock)」と呼ばれるモデルを作り上げた。これは、ゲノム上の353カ所のDNAメチル化情報をもとに年齢を推定する数理モデルで、組織サンプルからおおむね誤差2.9年以内の精度で年齢を測定できた。

ホーヴァス・クロックは、すべてを変えた。2013年の発表は、老化時計の研究という新分野の到来を告げた。ある人々にとって、それは無限の可能性の扉だった。平均的な老化の進行を把握できるモデルがあれば、個人が平均より速く、あるいは遅く老いているかを推定できるかもしれない。それは医療を変革し、アンチエイジング薬の研究を加速させるだろう。老化の本質やその発生理由に迫る手がかりにもなるかもしれない。

「率直にいえば成功例の少ない分野」において、エピジェネティック時計は稀有な成功例だったと、英国バーミンガム大学で老化を研究するジョアン・ペドロ・デ・マガリャエス教授は言う。

数年をかけて時計の存在が広く知られるようになると、より多くの老化研究者たちがこの手法を自らの研究に取り入れ、さらには独自の時計を開発し始めた。ホーヴァス教授はちょっとした有名人になり、学会では科学者たちから自撮りを求められるようになったという。2013年の論文の表紙をプリントしたTシャツを作った研究者までいた。

以降に開発された数多くの老化時計の中には、「フェノエイジ(PhenoAge)」や「ダニーデン・ペース・オブ・エイジング(Dunedin Pace of Aging)」のように、独自の注目を浴びたものもある。前者は血球数や炎症マーカーといった健康データをメチル化情報と組み合わせたモデルであり、後者は特定の年齢ではなく、老化の速度を示す時計である。多くの老化時計はメチル化を基にしているが、血中タンパク質や、それに結合する特定の炭水化物分子など、他のバイオマーカーに基づくものもある。

キングス・カレッジ・ロンドンで老化を研究し、「老化バイオマーカー・コンソーシアム(Biomarkers of Aging Consortium)」の一員でもあるキアラ・ヘルツォーク特別研究員によれば、現在では数百どころか数千もの時計が存在するという。研究者それぞれに「お気に入りの時計」がある。ホーヴァス教授本人のお気に入りは、自身が開発した「グリムエイジ(GrimAge)」である。この時計は死神(グリム・リーパー)にちなんで名づけられており、死亡までの時間の予測を目的としている。

グリムエイジは、被験者を数十年にわたって追跡調査し、得られたデータを基に訓練されたモデルである。多くの被験者は追跡期間中に亡くなっている。ホーヴァス教授は、この時計を使って誰かの「死の時期」を直接予測することには否定的で、それは倫理的に問題があると主張している。代わりに、グリムエイジはその人の生物学的年齢を提示することで、残りの寿命の目安を与えてくれる。たとえば、実年齢が50歳でグリムエイジが60歳なら、平均的な50歳よりも、人生の終わりがわずかに近いのかもしれないと推測できるわけだ。

とはいえ、グリムエイジは万能ではない。個人の過去の健康状態から、死亡までの時間を高精度で予測できるが、たとえば将来タバコを吸い始めるのか、離婚するのか(一般的にはいずれも老化を加速させる)、あるいは急にランニングを始めるのか(一般的には老化を遅らせる)といった将来の変化を予測することはできない。「人間は複雑です」とホーヴァス教授は語る。「予測には巨大な誤差範囲があるのです」。

全体として、老化時計は健康や寿命の予測において、かなりの精度を持っている。105歳を超える高齢者は、生物学的年齢が低い傾向があることも示されており、これはその年齢まで生きることがいかに稀であるかを考えれば、納得のいく結果である。高いエピジェネティック年齢は、認知機能の低下やアルツハイマー病の兆候と関連付けられており、逆に身体的・認知的に健康な状態は、低いエピジェネティック年齢と関連している。

ブラックボックス時計

それでも、すべての老化時計に共通する課題は、やはり精度だ。問題の一端は、時計の設計方法にある。ほとんどの老化時計は、メチル化パターンと年齢を結びつけるように訓練されている。最も優れた時計であっても、出力される推定値は、あくまでその人物の生物学的状態が平均からどの程度ずれているかを示すものだ。老化時計はいまも、実年齢をどれほど正確に予測できるかで評価される傾向にあるが、実年齢と近すぎるのはむしろ問題だと、シフト・バイオサイエンス(Shift Bioscience)で機械学習部門の責任者を務めるルーカス・パウロ・デ …

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