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新しい感情を創ると気分が良くなる? ネット時代の「エモダイバーシティ」
ALANAH SARGINSON
Why inventing new emotions feels so good

新しい感情を創ると気分が良くなる? ネット時代の「エモダイバーシティ」

ChatGPTが創った「ベルベットミスト」、気候災害への「エコ不安」、悪いニュースに釘付けになる「ドゥームスクローリング」——ネット時代に新しい感情を表す「ネオ感情」が急増している。「エモダイバーシティ」は健康や豊かさにつながるとの研究もある。 by Anya Kamenetz2026.01.08

この記事の3つのポイント
  1. RedditユーザーがChatGPTで生成した「ベルベットミスト」等のネオ感情が学術論文で注目されている
  2. 感情科学では基本感情の概念が否定され、文化的に感情が創造されるとする新パラダイムが台頭している
  3. 感情語彙の多様性向上は健康増進に寄与するため、今後のネオ感情発展が期待される
summarized by Claude 3

あなたは「ベルベットミスト(velvetmist)」を感じたことがあるだろうか?

それは、「快適さ、静けさ、そして穏やかに浮かぶような感覚を呼び起こす、複雑で繊細な感情」である。満ち足りた感覚よりもはかなく、つかみどころのない平穏だ。夕焼けの光景や、ムーディーで控えめなアルバムによって呼び起こされるかもしれない。

もしあなたがこの感覚を感じたことがない、あるいは聞いたこともないとしても、まったく不思議ではない。レディット(Reddit)ユーザーのnoahjeadieがChatGPT(チャットGPT)を使ってを創り出し、その感情を呼び起こす方法についてのアドバイスも一緒に提示した言葉なのだ。適切なエッセンシャルオイルとサウンドトラックがあれば、あなたも「ラベンダー色の郊外を漂う、柔らかくふわふわした幽霊のような存在」になった気分を味わえるらしい。

馬鹿にしてはいけない。研究者たちによれば、このような「ネオ感情」を表す新たな用語がネット上で次々と登場しており、感情の新たな次元や側面を描写しているという。ベルベットミストは、この現象を扱った2025年7月発表の学術論文での重要な例のひとつであった。しかし、ネオ感情の多くは感情的な人工知能(AI)による発明品ではない。それらは人間自身の創造によるものであり、変化する世界に応じて人々が継続的に新しい感情を生み出していることに注目する、研究者たちの感情に対する考え方の大きな転換の一部なのである。

ベルベットミストはチャットボットによる一度きりの創作だったかもしれないが、決して特異な例ではない。社会学者マーシー・コッティンガムは、2024年にこのネオ感情研究の端緒となる論文を発表し、広く流通している多くの新たな用語を紹介している。たとえば「ブラック・ジョイ(Black joy)」(黒人が政治的抵抗の一形態として体現される喜びを祝うこと)、「トランス・ユーフォリア(trans euphoria)」(自らのジェンダー・アイデンティティが承認・祝福される喜び)、「エコ不安(eco-anxiety)」(気候災害への漠然とした恐怖)、「ハイパーノーマライゼーション(hypernormalization)」(世界的パンデミックやファシストの台頭下で資本主義のもと日常生活と労働を演じ続けるという超現実的な圧力)、そして「ドゥーマー(doomer)」(執拗に悲観的な人)や「ドゥームスクローリング(doomscrolling)」(無関心と恐怖が入り混じった状態で、悪いニュースにばかり釘付けになること)に見られる「破滅感(doom)」などである。

もちろん、感情に関する語彙は常に進化してきた。南北戦争中、医師たちは「帰郷」と「痛み」を意味するギリシャ語を組み合わせた、何世紀も前の言葉「ノスタルジア(nostalgia)」を用いて、兵士たちが患うことのあった時に致命的にもなる症状群を記述していた。これは、今日で言えば心的外傷後ストレス障害(PTSD)に相当するものだ。現在では、ノスタルジアの意味は穏やかになり、古い文化的遺産や失われた生活様式に対する柔らかな愛着を指すようになっている。そして人々は、便利で印象的である限り、他の文化から感情を表す語彙を常に取り入れてきた。たとえば、「ヒュッゲ(hygge)」(親しみのある居心地の良さを表すデンマーク語)や、「クヴェル(kvell)」(幸せな誇りに満ちあふれることを意味するイディッシュ語)などである。

コッティンガムは、人々がオンラインで過ごす時間が増えるにつれ、ネオ感情が急増していると考えている。これらの造語は、私たちが互いに関係を築いたり、自分の経験を理解したりする助けとなり、ソーシャルメディア上でも大きなエンゲージメントを得る。そのため、ネオ感情が既存の感情の微妙な変種や組み合わせにすぎない場合でも、そうした感情を極めて具体的に表現することが、自己を見つめ直し、他者とつながるきっかけとなるのだ。「これらは、私たちが世界の中でどこにいるかを示してくれる潜在的なシグナルです」。

こうしたネオ感情は、感情科学におけるパラダイムシフトの一端でもある。何十年もの間、研究者たちは人間には6種類程度の基本的な感情が共通して存在すると主張してきた。しかし過去10年の間に、ノースイースタン大学の臨床心理学者リサ・フェルドマン・バレットは、その前提に異を唱える研究によって、世界で最も多く引用される科学者の一人となった。彼女は、先端的な脳画像技術をはじめ、乳児や比較的孤立した文化に属する人々の研究を通じて、「基本的な感情のパレット」というものは存在しないと結論づけた。私たちが感情をどのように経験し、それについて語るかは、文化的に決定されるのである。「怒りや悲しみ、恐怖が何かを、どうやって知るのでしょうか? 誰かがあなたに教えたからです」とバレットは言う。

もし、「基本的な」生物学的感情が本当に存在しないのだとすれば、私たちの経験をどう解釈するかにおいて、社会的・文化的な変化の影響がいっそう重視されることになる。そして、こうした解釈は時とともに変化する可能性がある。「私たち社会学者は、すべての感情は創られたものであると考えています」とコッティンガムは述べる。他のあらゆる人間の道具と同じく、「感情は、人々が世界をうまく生き抜くために使う実用的なリソース」なのだ。

ベルベットミストのようなネオ感情の中には、単なる新奇さに過ぎないものもあるかもしれない。バレットは、袋の底に手が届いたときの空腹感、苛立ち、安堵感を組み合わせた「チップレスネス(chiplessness)」という言葉を、冗談交じりに提案している。しかし、「エコ不安」や「ブラック・ジョイ」のような感情は、独自の生命を持つようになり、社会運動を活性化させる力を持ち得る。

チャットボットの助けがあってもなくても、ネオ感情を読むことや自分で創り出すことは、思いがけず有益かもしれない。多くの研究が、感情の粒度が高いことの利点を示している。要するに、自分の感情を表現するために使える語彙が、ポジティブなものもネガティブなものも含めて、詳細で具体的であればあるほど良いというのだ。

研究者たちは、この「感情の多様性(エモダイバーシティ)」を生物多様性や文化的多様性になぞらえ、世界の多様性が高まることで、その豊かさも増すと主張している。感情の粒度が高い人々は、医師の診察を受ける頻度が少なく、病気による入院日数も短く、ストレスを感じたときに飲酒したり、無謀な運転をしたり、タバコを吸ったりする可能性も低いことが明らかになっている。さらに、多くの研究が、感情の多様性は訓練によって年齢を問わず誰もが育てることのできるスキルであることを示している。この甘く心地よい未来へと滑り込んでいくところを想像してみてほしい――その考えに、どこか夢見るようなスリルを感じてはいないだろうか?

あなたは本当に、「ベルベットミスト」を感じたことがないと言い切れるだろうか?

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