KADOKAWA Technology Review
×
航空管制システムはなぜ時代遅れのままなのか?
Wait, Why Does Trump Want to Change America’s Air Traffic Control System?

航空管制システムはなぜ時代遅れのままなのか?

米国では「時代遅れ」の航空管制システムをGPS中心の新システムに移行させる動きがある。だが、本格稼働まであと10年はかかりそうだ。 by Mike Orcutt2017.06.23

ドナルド・トランプ大統領の言い分によると、アメリカの「時代遅れ」の航空管制システムは「ポンコツ」で「最悪」らしい。システムをまともにするには、その任務を政府から取り上げるしかないそうだ。トランプ大統領は何を言っているのだろうか?

旅客機をよく利用する人なら、遅延に悩まされた経験があるだろう。しかし航空産業は、おおむね効率よく毎日100万人以上の乗客を目的地まで運んでいる。トランプ大統領の言い方は大げさだが、指摘している問題は現実的なことだ。アメリカの航空管制システムは、何十年も前のレーダーとアナログ無線通信テクノロジーに頼っている。人工衛星利用位置システム(GPS)とデジタル通信テクノロジーに乗り換えれば、精度と効率は格段に上がる。

それどころか、米国連邦航空局 (FAA)が現行のレーダーを主力としたシステムをGPSに切り替える取り組みを開始してからもう10年以上になる。ネクストジェン(NextGen)という名の新システムは、大部分が完成している。トランプ大統領と議会の共和党有力議員数名の言い分では、政府によるネクストジェンの運用が失敗続きだという。彼らが唱える解決策とは、航空管制の任務を民間の非営利組織(NPO)に委託することだ。

しかし実際のところは、どこが運用するにしても、ネクストジェンが本格稼働するには、まだ技術的、政治的なハードルがある。

FAAが次世代型航空運輸システムの構想を発表したのは2004年のことだった。旅客機利用の需要が伸びるので、現行のシステムでは負担を処理できなくなり、2025年までに飛行機の欠航や遅延により消費者が被る損失額は最大200億ドルに上るとの主張だった。新システムを導入すれば最新のテクノロジーを利用して、空路を効率よく利用できるようになる。だから燃料を節約でき、排気ガスを減らし、空域の活用効率を3倍まで高められるとのことだった。

あれから13年経過し、70億ドルの予算が投じられたが、現実は構想通りになっていない。需要予測は外れ、年度ごとに議会が認める予算額はアップダウンが激しい。

しかし、こういった複雑で広範囲に影響が出るシステムの導入には長い時間がかかるのは当然だ、とFAAの工学研究開発諮問委員会の議長を務めるマサチューセッツ工科大学(MIT)のR・ジョン・ハンスマン教授(宇宙航空学)はいう。また、ハンスマン教授は安全性が最も重要だとし、「高い信頼性が要求され安全性が最重視されるシステムは、その性質からして、短期間で大きく変更されることはありません」という。

ネクストジェンの中核テクノロジーは、放送型自動従属監視(ADS-B)というシステムだ。ADS-Bを積んだ飛行機が、GPSによる自らの位置データを含むデジタル情報を周囲に流す仕組みだ。地上の管制官だけでなく周辺にいる飛行機も、流れてくる情報を受信できる。航空管制官はレーダーの代わりに、流れてくるデータを利用して、航空機の行方を追跡できる。航空機同士のコミュニケーションを含む、監視やコミュニケーションの精度が高まるので、航空機は現在よりお互いの近くを飛べるようになるだろう。これが実現すれば、航空管制官は安全性を犠牲にすることなく、混雑した空を飛ぶ飛行機の数を増やすことができる。

しかし、すべての航空機がADS-Bを利用して信号を出せるようになるまで、レーダーに完全に取って代わるのは無理だ。FAAは2020年までにすべての航空機がADS-Bを搭載するよう義務づけている。地上の管制室側では完備しているが、今のところアメリカを飛ぶ航空機でADS-Bを搭載している割合は20%に満たない。

航空会社側には、フラストレーションが溜まっている。高額の投資に見合ったメリットを享受できる見込みがほとんどないからで、「テクノロジーの進歩が不十分です」とハンスマン教授はいう。ネクストジェンのメリットを利用するには、航空管制システムのプロセス変更も必要になる。しかし、現行のシステムでも安全性と信頼性が十分高く、プロセスを変更するよう説得するのは困難だ。「現行のシステムでも問題はありません」とハンスマン教授はいう。

結果としてネクストジェンが稼働するにあたっては、今後さらに300億ドルから400億ドルの費用がかかると見積もられている。さらに、歳月もあと10年は必要だと予想されてる。

一方、欧州連合(EU)でも、欧州単一空域(Single European Sky)という同様のプロジェクトを進めるにあたって、似たような課題に直面している。アメリカと同じように、政府がADS-Bの搭載を義務付ける予定、またはすでに義務付けている国は複数ある。インドのような国では、現行の航空管制システム自体が未熟で、そもそもレーダーで探知できる範囲が比較的狭い。その結果、新システムの採用が早くなるかもしれない、とハンスマン教授はいう。インフラを作り変える必要度が比較的低いので、こういった新興国は先進国の先を行き、新しいテクノロジーをはるかに早く活用できる可能性がある。

人気の記事ランキング
  1. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  2. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  3. Job titles of the future: AI prompt engineer 未来の職種:LLMを操る「プロンプト・エンジニア」は生き残るか
タグ
クレジット Photograph by Stephen Jaffe | Getty
マイク オルカット [Mike Orcutt]米国版 准編集者
暗号通貨とブロックチェーンを担当するMITテクノロジーレビューの准編集者です。週2回発行しているブロックチェーンに関する電子メール・ニュースレター「Chain Letter」を含め、「なぜブロックチェーン・テクノロジーが重要なのか? 」という疑問を中心に報道しています。
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  2. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  3. Job titles of the future: AI prompt engineer 未来の職種:LLMを操る「プロンプト・エンジニア」は生き残るか
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る