KADOKAWA Technology Review
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China’s Headlong Rush into an Ultra-expensive Cancer Therapy

中国で陽子線治療が投資対象
医者の習熟が追いつかず

中国の陽子線治療ブームには、中国医療の進歩というより、投資家の事情で生まれた歪みがある。 by Yiting Sun2016.09.08

豊富な資金を持つ個人投資家の支援を受けて、中国では陽子線治療(非常に精密だが高額ながん治療の放射線療法)が急成長中だ。2年半前まで、中国には陽子線治療ができる医療センターはなかったが、現在では2つの医療センターで稼働しており、さらに43以上の陽子線プロジェクトの建設計画が進行中だ、と業界誌の中国粒子線治療ニュースが伝えている。

放射線治療の第一線で60年もの間活躍する放射線腫瘍医ヅォン・シャンウェンは「陽子線治療は過熱状態に陥るでしょう」という。ヅォンは陽子線治療の増設には前向きだが、あらゆるがんに効く万能の治療方法ではない、と指摘する。

容認派は、X線による従来の放射線治療よりも陽子線治療は効果があるという。陽子線はエネルギーのほとんどが腫瘍部分で放出され、患部を超えて影響を及ぼしにくい。そのため、腫瘍の近くにある健康な組織に与えるダメージを少なくできるのだ。ヅォンを含む研究者は、陽子線治療の改善方法を探っており、放射線が体内を透過して腫瘍部分にたどり着くまでに触れる皮膚や他の組織に与える影響を最小限に抑えようとしている。

Proton therapy equipment from Belgium's IBA. The company will be equipping a new center in Qingdao, China.
IBA(ベルギー)は中国の青島に、陽子線治療装置を備えた新しい医療センターを開設しようとしている

しかし、陽子線治療についての研究は数が少なく、研究者でも陽子線治療の分野はもっと研究が必要だとしている。たとえば、小児脳腫瘍の元患者を対象にした2014年の研究では、陽子線治療は従来の放射線治療に比べ、患者のQoL(生活の質)を高めるという意見を支持している。だが、この研究チームは、研究結果を証明するにはもっと研究が必要ともいう。今年発表された別の論文では、費用は高額だが、陽子線治療の費用対効果は高く、小児脳腫瘍や一部の乳がん、肺がん、頭部がん、頸部がんに対して有効だと結論を出した。しかし、この研究は限られた数のデータに基づいており、研究者はより多くの証拠が手に入れば結果は変わる可能性があるとした。

陽子線治療の施設の建設費は、従来の放射線治療室に比べてずっと高額だ。従来、施設の建設費用は数億ドルがかかる。さらに、新しくてよりコンパクトなデザインなら、システムごとに2500万ドルから3000万ドルで済む。

中国の陽子線治療ブーム、医学界からの要求がきっかけというよりも、中国経済の変化が発端だ。中国の投資家は、従来は採算の取れる投資とされていた製造業や不動産業の利益が近年低下しているのを目の当たりにしている。製造業や不動産業での利益減少が医療施設への投資を生み出し、特に最先端のテクノロジーを利用した、人気の高い分野に集中している、とAPHメディカルのユー・ホンシャ統括マネージャーはいう。APHメディカルは医療用品メーカーの子会社で、親会社は160億元(2億4000万ドル)を中国南東部の陽子線治療センターに投資している。

陽子線治療への投資に関心が集まっているのは、2015年に中国政府が決定した医療機器の輸入制限の緩和措置だ。この措置により、海外の製造業者から陽子線治療装置を購入しやすくなったのだ。

一部には、陽子線医療センターが建設されると、医療分野にはびこる格差が拡大し、裕福でコネのある人々と一般の人々が受けられる治療の差が広まると懸念する人もいる。新たに建設される医療センターの費用の詳細は明らかになっていないが、高額なのは確かだ。現在治療が実施されている2つの医療センターのうちの1つ、上海の陽子線医療センターでの平均的な相場は、27万8000元(約4万2000ドル)だ。費用は患者の全額負担で、今のところ、陽子線治療を補助する健康保険制度はない。

別の疑問もある。中国の多くの医療センターで必要とされている医療の専門知識を持ったスタッフが足りないのではないか、とされているのだ。個人投資家と提携して陽子線医療センターを建設した病院の一部は、院内に放射線腫瘍科を設置した実績がなく、陽子線治療の経験のある専門医の数は限られている。その結果、中国医学アカデミーがん病院でヒュー・イーミン主任医学物理学者は、患者が苦しむかもしれないと心配する。イーミン主任医学物理学者は、「陽子線治療の開発を進めるべきですが、そんなに急いではいけません」という。

現在28歳で2年前に陽子線治療を受けた元患者のチャオは、陽子線医療センターはすぐにオープンできないはずだという。

2014年初め、チャオは医師に頭蓋の底部に、2度の手術の後再発した珍しいがん性腫瘍があると告げられた。チャオは自身のプライバシー保護のため実名を挙げていないが、医師の診断を受けた際、どうしていいか途方にくれた。セカンドオピニオンを受けて陽子線治療を勧められたが、その当時は中国国内では実施されていなかった。

2014年秋、チャオの家族は20万元(約3万ドル)をかき集めて、チャオに日本のがん治療センターで手術を受けさせた。チャオは「私はラッキーでした」と、北京市内の明るい照明が照らすオフィスで座って答えた。チャオ氏の腫瘍はその後再発することなく、フルタイムで働いている。

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クレジット Photo Courtesy of IBA
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