KADOKAWA Technology Review
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First 3D Map of a Fruit Fly’s Brain Network

東海大学の水谷教授
ハエの脳を三次元地図化

ハエの脳の三次元ネットワーク構造を地図化するのは大きな前進だ。しかし、完成に1700人時を要したことは、手作業ではこれ以上は無理となり、コンピューターの助けを借りる必要がある。 by Emerging Technology from the arXiv2016.09.19

神経科学の重要目標は、脳を構成するニューロン間の連関構造を理解することだ。つまり、脳神経ネットワークの正確な三次元地図を作ることが目標だ。

研究者はさまざまな高解像度の画像化手法を使って著しい進歩を成し遂げた。たとえば、蛍光性分子をニューロンに付着させると構造がわかり、脳断面の電子顕微鏡画像はニューロンレベルでの構造を明らかにする。

こうした手法だけですべてがわかるわけではない。生成される画像が表す連関強度の変化は、実際のニューロンの位置と形を表すように解釈されなければならない。解釈の作業は、ニューロン間の結合が数十万から100万の単位になると困難になる。

したがって、脳の三次元配線図を作るには、神経回路の骨格のような、何かいい方法が必要なのだ。

16日、東海大学の水谷隆太教授らの研究チームは、配線図を作成した。研究チームは分子の骨格のようなモデルを作る手法を転用し、ショウジョウバエの脳内ニューロンの位置を特定したのだ。その結果、初めて、ハエの脳内ニューロンネットワークの三次元モデルが完成した。

すべての背景技術は生化学にある。生化学者は複雑な分子の三次元モデルを作るとき同様の問題に直面する。まず対象の分子の結晶を作り、X線をぶつけてできる回折パターンを計測する「X線結晶学」と呼ばれる手法だ。

だが問題がある。X線は分子の周りを飛び回る電子の雲によって回折される。したがって得られるデータは分子内の電子密度の変化に影響される。原子の実際の位置はこのデータをもとに推測しなければならない。構造が複雑な場合、これは簡単な仕事ではない。

化学者はこの分野で多大な経験がある。ここ数年来、化学者はコンピューターモデリングの手法でこの問題を解決してきた。三次元空間内の原子の位置をひとつずつ推定し、モデル内のその場所に結節点を置き、次にそれを仮想の配線でとなりの原子の推定位置に接続する、という作業を繰り返すのだ。こうして、ソフトウェアが分子の仮想配線モデルを作り上げる。

水谷教授はこのソフトウェアを転用し、ニューロンの三次元的な位置と形を決定した。ニューロンは原子のように点のような物体ではなく、線のような物体で、複雑にねじれたり曲がったりするので、簡単にはいかない。

研究チームはデータを集めるためX線トモグラフィーの手法を使った。まずハエの脳を銀染料に漬け、X線を照射し、X線がさまざまな方向に散乱する様子を測定する。これでニューロン内の銀がX線を吸収する様子を示す三次元的な画像強度地図ができる。

次の段階がキーポイントだ。このデータを使って実際のニューロンの位置と形を推定する。水谷教授らは840×1250×1200ボクセルの三次元空間内にデータを配置する。水谷教授らはX線吸収強度を使ってニューロンが特定のボクセルに存在するかどうかを推定する。次に、そのニューロンが隣接するボクセルにどのように伸びているかを推定して、ワイヤーモデルを作る。

もちろんこのモデルは、たとえば、隣接する2つのニューロンが単一の長いニューロンと解釈されていないかなど、生成されたネットワークに一貫性があるかチェックを受けなければならない。そこで、ソフトウェアは絶えず生成されたネットワークの性質をチェックし、異常がないかを探す。ソフトウェアが解決できない異常は、あとから手作業で修正する。

このモデルの解像度は約600nmで、およそ10万ニューロンを表示でき、モデルではこれを約1万5千本の配線として表現する。この作業は研究チームにとって難事業だった。「骨格モデルを作るのに1700人時を要しました」とチームはいう。

だがその結果を見れば、明らかに努力しただけの価値があるとわかる。この手法で初めて作成できたハエの脳半球の三次元ワイヤーモデルでは、各ニューロンの位置と形が三次元直交座標を使って地図化されている。

このモデルは広範な既知のニューロン構造を示している。モデルには360個の神経突起が位置づけられた。だが重要性の高い未知の構造もいくつか明らかになった。「これらの結果が示すのは、構造上のグループに分類できないニューロンは脳機能に重要な役割を担っているはずだということですが、その構造はほとんど研究されていません」(水谷教授ら)

つまり、この先に待っている興味深い研究で、おそらくより短波長のX線を使って高解像のデータを得ることになるだろう。

しかし、得られる膨大なデータを取り扱うのは容易なことではなく、現在のデータでさえ1回分を扱うのに1700人時が必要なのだ。「作業者の負荷を考えるとより高解像の脳ネットワークの再構築は費用がかかりすぎて現実的ではないように思います。」(水谷教授ら)

データ分析は重大なボトルネックで、自動モデル構築法の改善が切実に求められている。手持ちぶさたにしているコンピューター科学者にとって、これは明らかなチャンスだ。

参照:arxiv.org/abs/1609.02261 : ショウジョウバエ脳半球の三次元的ネットワーク

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