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日本の規制改革は遅れている? イノベーションにいま必要なこと
ビジネス・インパクト THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2018 TOKYO Event Report #02

日本の規制改革は遅れている? イノベーションにいま必要なこと

日本政府は6月から「規制サンドボックス制度」を導入した。「規制が厳しい日本ではイノベーションは起こせない」との汚名を返上できるか? MITメディアラボの伊藤穰一所長がモデレーターを務めたパネルディスカッションでキーパーソンが語った。 by Koichi Motoda2018.07.11

「テクノロジーの進化がもたらすレギュレーション維新」をテーマに、6月19日に開催された「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2018 TOKYO」(デジタルガレージなどが主催)。「規制とイノベーション」をテーマとするパネルディスカッションでは、内閣官房 日本経済再生総合事務局の中原裕彦内閣参事官が、「生産性向上特別措置法」に基づく「新技術等実証制度(プロジェクト型サンドボックス)」制度を紹介した。

規制緩和に向けた日本の取り組み

新技術等実証制度(以下、サンドボックス)とは、企業が提案する実証実験をめぐる規制を期間限定で凍結する制度だ。

閣官房 日本経済再生総合事務局の中原裕彦内閣参事官

現在、さまざまな分野においてイノベーションを事業化しようとしても、現行法が足かせになってしまう。そこでサンドボックスは、分野を問わず新しい技術とビジネスについて、期間とメンバーを限定し、リスク管理がされた地域やスペースの中で実証しようというもの。中原参事官は、サンドボックスの推進にあたって「まずやってみることによって実証データを集め、それを基に規制改革につなげることを目的としている」と述べた。

中原参事官に続く、医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団の土井 脩理事長のプレゼンテーションでは、もっとも保守的で新技術の導入に大きな壁がある医療分野における、規制やイノベーションの現状が紹介された。医療分野は基本的に変化に対して保守的であり、海外との交流も少なく影響を受けにくい。医療システムのイノベーションに対しては極めて抵抗感が強く、薬事規制に関しても、新薬などの開発促進の立場からイノベーションには前向きであるが、有効性と安全性、特に未知の安全性の評価については慎重だという。

医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団の土井 脩理事長

一方で土井理事長は、「医療費を大幅に節減できるような新たなイノベーションが、医薬品などの開発や医療システムに導入できれば、国家財政の面からは歓迎される」と述べた。

以降は、2人のプレゼンテーションに続くパネルディスカッションでの主なやりとりである。中原参事官、土井理事長に、北海道大学安全衛生本部の石井哲也教授、MITメディアラボ・リサーチサイエンティストのプラティック・シャー主任研究者が加わり、それぞれの立場から規制がイノベーションに与える影響について語り合った。モデレーターは、カンファレンスのホストであるMITメディアラボの伊藤穰一所長(デジタルガレージ共同創業者)。

米国と日本の規制に関する捉え方の違い

伊藤 土井さんの講演で、米国食品医薬品局(FDA)ではAIやICTの導入を「患者のため」に進めているという話がありました。一方で日本では、規制当局や官僚はどちらかというと企業との繋がりが深いと思います。こうした状況を変えていくべきだという意見もいろいろと聞こえてきます。実際にそういった変化はあるのでしょうか?

土井 たとえばFDAの場合、新しい医薬品や医療機器を承認する際には長官などが記者会見し、「われわれはこういう病気に苦しんでいる患者のために、新たに薬や医療機器を承認した」ということを世間に訴えます。これが日本の場合、厚生労働省の事務次官などが、新薬で何か問題が見つかると「こんな副作用がありました」といった記者会見を開きます。このように、米国と日本とでは当局の対応が根本的に違っています。FDAは常に「患者のために新しいものを承認する」と言っているのですが、日本の場合は「患者のために新しいものを承認しなかった」と決断した方が歓迎されます。これはもう国民性だと思っています。

MITメディアラボの伊藤穰一所長

中原 ただ、役所の中にも、規制する部局と推進する部局という2つの立場があります。規制部局は過去の事例に照らして新しいものはどうなのかという判断をするので、過去に事例がない新しいものは認めません。一方の推進部局は、新しいものを作っていこうという観点で法制度を解釈するので、別の方向性に期待できます。今回、規制のサンドボックスの認定にあたっては、推進部局が意思決定のメカニズムの役割を果たそうとしています。

伊藤 米国では、遺伝子工学で環境を保護しようと考えている人がいます。彼は、常にトレードオフを考えています。たとえば、遺伝子操作によってマラリアの蚊の遺伝子に手を加えた場合、その遺伝子工学的なリスクと、何もしない場合にマラリアによって引き起こされる被害を予測して比較するのです。どちらの道を選択するかは、実際にマラリアの被害に悩まされている患者や住民たちに決めてもらいます。米国は民主主義国家として、きちんと当事者にリスクも理解してもらうという考え方が昔からあります。日本の場合、国民は知らなくてもいい、という考え方になるでしょうか。これは倫理の問題にも繋がります。その辺についてはどう考えますか?

石井 私は規制とは、科学的な側面と社会的なニーズが組み合わさったものであると考えています。たとえば、遺伝子治療など新しい医療技術が出てきた時、倫理的な観点から厳しく規制するのは簡単です。しかし、規制はいつか「リブート」する必要があると思っています。いつまでも厳しい規制を課していたら、イノベーションは起きません。厳しすぎる規制については、科学的な進歩があったり社会的なニーズが高まったらリブートするべきです。遺伝子治療の分野では欧州がまず規制をリブートし、昨年は米国が3つの遺伝子治療を承認してリブートしました。

MITメディアラボ・リサーチサイエンティストのプラティック・シャー主任研究者

伊藤 今、米国では遺伝子治療の分野でリブートが起きたという話が出ましたが、最近の米国の製薬会社の状況を見ると、新薬を開発してもコストが膨大すぎてリターンがとれないところまできているようです。そういった製薬会社を規制しているFDAの中で、レギュレーションのイノベーションに関わっているシャーに聞きたいのですが、米国の人はFDAや遺伝子治療についてどのように見ていますか。

シャー 米国民は、政府に対して盲目的に信頼することはありません。新薬を飲んでなにか問題があれば、最終的には製薬会社の責任であると考えています。そのため、みんな慎重になっています。一方で、欧米だけでなく日本でも決して規制当局が患者を助けたくないなどとは考えていないでしょう。ただ、米国の場合は当局を含め、スポンサーや製薬会社もオープンでコミュニケーション能力にたけています。そこは日本も学ぶべきかもしれません。

日本政府が考えるべき規制緩和

伊藤 日本人の国に対する信頼がどんどん下がっていっています。それに対して、政府もコミュニケーションに力を入れているのですが、最近の国民の考え方はどんな感じでしょうか。

中原 今までのように失態を防ぐとか、既存のものを守るということであれば、ある程度信頼は保てるかもしれません。しかし、新しいイノベーションを取り入れた制度環境を作ることができない、提案ができない、すなわち、なにもしない、不作為でいることで国民の信頼を落としています。そのため、新しいものを使って社会実装していくことで、この状況を脱却していく必要があるでしょう。私たちも、不作為の暴走を止めて信頼を回復するよう努力したいと考えています。

伊藤 インターネットの歴史を振り返ると、オンライン取引には税金をかけないとか米国はほとんど手放しで推進していました。一方で欧州では、インターネットのような秩序のないものは認めないということで、あまり積極的ではありませんでした。日本はというと、表面的には推進していないように見えましたが、コツコツと裏で推進のためにがんばっている人もいました。その結果、欧州ではインターネットのイノベーションが遅れ、日本は米国ほどではないけどベンチャーが育ちました。この傾向はフィンテックでも残っています。ただ通信は、基本は何をしてもいいという自由があり、そこに規制が入りました。一方で金融と医療は、基本は何もしてはいけなくて、承認されたらやってもいいという違いがあります。

中原 規制をすることによって、イノベーションを阻害してはならないというのは、政府としても大きな国是として考えています。そのため、徹底的な規制改革を進めていこうとしています。金融に関していうと、確かに規制されている業種もあるのですが、フィンテックに対応して縦割りの規制をもう一度アクティブベースで見直そうという議論もあります。医療については、再生医療に関して条件付きの承認制度が新しく認められました。その結果、シリコンバレーの企業が日本に本社を移すといった例もあります。今後も、規制制度を確実にイノベーションにあわせていこうとしています。政府も国民からの支持を得るため動いていることは間違いないでしょう。

規制と倫理について

伊藤 国民の中での医療制度に関するディスカッションはどのように行われているのですか?

北海道大学安全衛生本部の石井哲也教授

石井 そこの議論はまだ弱いと思っています。学問としての生命倫理の研究も、日本はそれほど強いとは言えません。内閣府には生命倫理専門調査会がありますが、倫理の問題は国が決めるのではないと思っています。もっと国民がディスカッションする機運を作るための、タウンミーティングをやったらいいと思います。

伊藤 米国では、進化論や温暖化を信じない人が増えています。そもそも科学を信じていないのです。大学に行っても意味がないと思っている人も多くいます。そういう国の政府は国民の意見をいろいろと聞き、日本みたいに国民が結構いろんな意見をもっている国の政府は国民の意見を聞かないという不思議なパラドックスがあります。米国民は科学に対する知識がどんどん低下しており、一方で宗教のベースがあるので、AIの話にして生命の話にしても、倫理の話がとても複雑になってしまいます。そういう意味では、日本は教育がきちんとなされているので、世界に貢献できる倫理を中心とした合理的な科学の進め方があるのではと思います。

中原 日本人は第4次産業革命の話になると、よく仕事を奪われるとか、人間の役割はどうなるのかという問題提起がされることもあります。それに対して日本政府は「ソサエテイ5.0(Society 5.0)」という取り組みで、第4次産業革命の技術を人手不足や環境問題、社会課題の解決につなげ、世界に向けて発信していこうとしています。

伊藤 官僚的な考え方によって、日本は規制改革について動きが遅いと思われていますが、案外他の国より進んでいるところもありますね。ビットコインの取引きも、今は円が一番多い。暗号通貨取引所も、日本では金融庁が認定しています。暗号通貨を狙ったハッカーによる被害が一番多いのも日本。そういう意味では、フィンテックについては先進国の中では日本が圧倒的にイノベーション寄りになっています。

伊藤所長は最後に、会場の来場者に対して、スマホで参加できる投票システムを使ったアンケートを実施した。質問は、日本はレギュレーションによって「欧米と比べて競争力が高くなるか」もしくは「欧米に遅れてなかなかベンチャーが育たない環境になるか」。投票結果は、前者が41%、後者が59%だった。

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元田光一 [Koichi Motoda]日本版 ライター
日本ソフトバンク(現ソフトバンク)でソフトウェアのマニュアル制作に携わった後、理工学系出版社オーム社にて書籍の編集、月刊誌の取材・執筆の経験を積む。現在、理工系(電子工学科)出身のテクニカル/サイエンスライターとして文筆業に従事。ICTからエレクトロニクス、地球環境、素粒子物理学まで、幅広い分野で「難しい専門知識をだれでもが理解できるように解説するエキスパート」として活躍。著書に『できるAndroidスマートフォン』(インプレス刊)、『iPhoneでいい写真を撮る魔法のテクニック』(共著・エクスナレッジ刊)、『50代からのiPad』(共著・エクスナレッジ刊)などがある。
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